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NEXT  作者: system
第四部 BABEL(混乱の塔)
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第四部 第4話 自負心

 「それで、BABEL(バベル)の方はどうなの?」

N3-system(エヌスリーシステム)について続きを聞きたかったボルドールとしては、話の腰を折られた格好になってしまった。だが、N3-systemが1つの完成に漕ぎつけた今、BABELを本格稼働させるタイミングであることも承知している。

「我々3人の他、軍需で関わる複数の企業TOPが名前を連ねてますよ。人選に関しては貴女の想定したとおりですな」

「そう。なら、近いうちに全員招集できるかしら?できるだけ早い方がいいわね」

ボルドールが手にしていたタブレット型端末に目を落とした。そこには、ミリアークの名前を先頭に合計13名の名前が記されている。画面右上の辺りをタップすると、カレンダーのようなものに表示が切り替わった。それぞれの日に色とりどりのバーが伸びている様は、カレンダーというよりは、何かのグラフのように見える。

「少々遅い時間でも良ければ、明日にでも招集できそうですな。このまま全員のその時間、押さえておきます」

縦に時間軸があるその表に、新しいバーが21:00以降に伸びた。その色は黒だ。

「仕事が早くて助かるわ。そろそろロンも来る頃かしら?」

「呼びました?」

2人がN3-systemの部屋から出ようと向きを変えた先に、その声の主は立っていた。その男はボルドールに比べて華奢に見える。端正だが細い目つきに鋭さが滲み出ている。

「いいタイミングね、ロン。これが第1段階まで完成したN3-systemよ」

 ロン・クーカイ。13Dと肩を並べるStareGazer(スターゲイザー)お抱えの軍需産業〝GATE(ゲート)-MECHANIX(メカニクス)(GM)〟の代表を務める男であり、ボルドールの見ていたリストの3番目にその名前がある。GMはMhw製造の他に、戦艦や宇宙空間における人の大地であるコロニーのメンテナンスも行っているほど大きな企業だ。

 「ああ、オレはソッチには興味無いからいいよ。ソレはミリーに任せるさ。それより、始めるんだろう?BABEL(バベル)。楽しくなりそうじゃないの」

ミリアークを〝ミリー〟と呼称するのはロンだけである。だからと言ってこの2人が特別な間柄ということは無い。ロンは見た目に切れ者の雰囲気を滲ませているが、それ以前にカルさを感じる発言の多い男だった。それでもGMの代表を務めるのだから、見た目に反した彼の内面は、ミリアークやボルドールでも把握しきれていないと思わせている。

 ロン・クーカイという男は、GMに普通の社員として入社した、言わばただのサラリーマンであった。彼の生まれは裕福とは言えず、むしろ、貧しい部類に入る。よくある、そういった環境でも負けずに頑張った者ではない。彼は自分の〝楽しみ〟を最優先させることが至上であり、人生そのものをゲームに見立てている。ゲームには勝敗が存在する。しかし、彼は〝勝負〟を楽しむのではない。ゲームに勝つことが楽しいのであって、そのためならば、正攻法だろうと裏工作だろうと厭わない。GMへの入社は、彼の〝GMを乗っ取れるか?〟というシミュレーションゲームの場であった。

 GMという企業は、Mhw(ミュー)製造でこそ3位(1位はIHCであり、2位が13Dだ)という立場だが、企業そのものの収益という面から考えれば、13Dを抜き2位にある。〝収益率〟という部分だけで見れば、IHCすら抜いて1位の座にある。聞くだけなら、率を上げるために社員への当たりが厳しそうなイメージを持つところだが、実際には社員からの人望も高い。そして、それすらも彼のゲームにある項目(クエスト)の1つだった。

 ロンが次のゲームに選んだ舞台は〝世界〟であり〝戦争〟だ。戦争をコントロール下に置き、その戦争というツールを使って世界を意のままにすることができるか?彼がBABELに関心を示す理由はここだ。BABELは戦争をコントロールする強力なツールになる可能性を秘めている。最終的にBABELを自身のコントロール下に置くことが出来れば、世界そのものを制することと同義になると考えた。

 驚くことに、この考えを彼は2人と共有している。最後のBABEL掌握を含めてだ。その上で彼ら3人は共に協力することを選んだ。ある意味で、ミリアークとボルドールの2人はロン・クーカイの仕掛けたゲームにプレイヤーとして参加したと言えるだろう。もちろん、3人がそれぞれに持っている〝秘め事〟があることを、個々に予測しているだろうことは、やはり個々に想像している。

 この何とも奇妙な関係性を維持した3人が主導するBABELに名を連ねる者は、皆一様に軍需産業に関わりのある者たちだ。3人からしてみれば、全体をコントロールするために管理下に置く必要があったというだけで、彼ら個人の能力に必要性を感じているわけではない。他の10人に脅迫的な強制力を発揮するのではなく、彼らが自ら参加したいと思わせることが理想であり、現実的だ。それを可能にするために最も効果的なコトは、企業としての収益ではなく、個人としての資産増を示せばいい。それが大きければ大きいほど、彼らはBABELから離れられなくなる。

 仕組みは簡単なものだ。兵器は高額なものだ。おいそれと買えるものではないが、今のNoah’s-Ark(ノアズアーク)StareGazer(スターゲイザー)は互いの動きに合わせて資金を投入する。この〝互いの動き〟が重要なポイントだ。それぞれの軍が自らの意志でMhwに代表される兵器の導入を決定していると思っている。そのオーダーのほとんどは、BABELに名を連ねる者たちが責任者を演じるそれぞれの企業に出される。供給が途切れないよう、全ての兵器量を把握し、パワーバランスを保つ役目をBABELが負う。軍から放出された金は、一度企業に吸収され、その一部がBABELに報酬として流れる。一部とは言うものの、そもそもコストの高い兵器なのだから、一部であっても一般人には途方もない金額となる。それをたった13人で分配するのだから、およそ個人で使い切れないと思える額の何倍にも膨れ上がることが容易に想像できる。

 人類が〝お金〟という益を得て以降、金は権力を容易に生み出すツールとなった。「お金で幸福は買えない」に類する言葉が世間を賑わした時代もあったが、そうした時代であっても、「お金が無ければ幸福は手に入らない」と考える者が必ず存在する。そう考える者にとっては、それが真実だ。やがて、文明の高度化が加速すると、お金が有ることで手に入れることができる〝幸福〟はそれを持ち得る人にとって増えていくことになった。

 人間という生き物は、〝益に縛られた〟存在だと言えるのではないか?個々の益に応じた幸せを見出す能力は、万人に共通だ。益が増せば、増した分の新しい幸福を手に入れる。その逆に、益が減ったならば、その範囲における幸せを見出し、自らを納得させる能力を持つ。だが時に、自らを納得させることが出来ずにもがき苦しむ者も存在する。自らを騙していることを理解している者もいる。一度上がった階段を降りることが出来ないのもまた、人間だ。

 人がお金に縛られるのは、何も個人の性格に因るものではない。自分の意図とは無関係に手にしてしまったお金が、もともとお金に執着の無かった人を変えてしまう。ミリアーク、ボルドール、ロンの3人を除くBABELの10人は、どのタイプであったかはともかく、皆一様に〝益に縛られた〟人だった。

 「N3-systemも完成したし、いいタイミングじゃないかしら?BABELのメンバー掌握は済んでるんだから、ロン、ここからが本当のゲームよ?」

口元を僅かに綻ばせ、妖艶な表情をロンに向ける。

「解っているさ。それがしたくて、アンタたちと手を組んだんだから。3人ともそれぞれの最終目的は異なるんだ。win-win(ウィンウィン)も可能だろう?互いに勝者でいたいねぇ」

ミリアークの表情や視線を意にも介さず受け流す。ミリアークの前で黙っているボルドールにも、思案の様子が見て取れる。

 〝BABEL〟とは聖書に登場する塔だ。人は天にも届かんとするほど巨大な塔の建造を開始した。それを知った神は、自身への冒涜と受取り、それまで共通であった言語を乱し、人々の意志疎通を不可能にした。こうして建設途中で放棄された塔を〝BABEL(混乱の塔)〟と呼んだ。この塔はその存在が事実であるとする説もある。自らが頂点に立つ組織にその名称を付けた3人は、その結果が物語るように、世界に混乱をもたらすのだろうか?それとも、本来の目的であったように、世界を統一し、人類の象徴となるのだろうか?

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