第四部 第3話 射幸心
「これがN3-systemよ」
ミリアークはセキュリティを解除した後、扉を開きながらそう言った。彼女が生み出したこのN3-systemを他の誰かが真似ることは不可能だろう。それは、彼女の頭脳と、IHCの財源を無制限に使用できる権限が根底にあり、尚且つ、世に存在するNEXTを研究対象とする術を持ち得て初めて完成させることができるからだ。
N3-systemは正式名称を〝NEXT-Neural-Network-system〟と言う。開かれた扉の先には、暗い部屋の中央に3Dホログラムだろうか?無数の点を青白い線でつないだものが集まって球になっているものが浮かんでいる。文字通り、Neural-Networkを表現しているのだろう。
「起動させてみても?」
ボルドールはその映像がスクリーンセイバーのようなモノなのだろうと考えていた。そのホログラムに触れる事で起動し、空間認識によって実際に触れるように操作することができるN3-systemの本来の姿に切り替わると考えた。
「もう起動してるわよ?その点がNEXT。線は個人間のつながりね。点の色でその能力値を大まかにだけど、表してるわ」
N3-systemは、この世界に存在しているほとんど全てのNEXTを把握するシステムだ。NEXT-Levelは一般的に超能力の類では無いとされている。だが、ミリアークに言わせれば、どちらも人の脳が引き起こす現象であり、その正体はと問われれば、究極的には電気信号だ。機械的に考えれば、人の脳内で駆け巡る電気信号の影響を、人体外にまで及ぼすことができる者がNEXTであり、また、その電気信号を受け取る能力に長けた者も同様だ。旧世紀の頃、障害を持つ者のために、この脳を巡る電気信号を活用した様々な試みが成されている。
ミリアークは膨大な人数を調べた。NEXTが発する信号を分類し、幾つかのカテゴリーを作った。それぞれの能力を数値化し、優劣を与えた。そして、NEXTが持つ他者とのつながりを追い、まだ見ぬNEXTを特定することができた。
人はよほどの世捨て人でもない限り、1人では生きて行けない。人は、ソレが良きにしろ悪しきにしろ、必ず誰かと繋がっているものだ。その他者を想う気持ちもまた、ミリアークに言わせれば〝電気信号〟であり、誰を好き、嫌いに代表される〝感情〟も、ミリアークからすればただの電気信号でしかない。そしてその信号自体は、何もNEXTだけが持つモノでは無い。それを辿り、マッピングすることで、このN3-systemは形成されている。
「じゃあコイツは・・・人類の全てをマッピング可能ってコトですか?」
「そうね。でもそれは理論上の話よ?流石に全人類ともなれば、コンピューターの処理が追い付かないわね。だからコレは、NEXTと認定するために設定した数値を超えた者だけに限定しているのよ」
NEXT-Levelの数値化。これはそれほど難しいコトではない。問題は、調査対象の数であり、影響力を外にまで及ぼすことが出来るかどうかを境目に、信号の強弱を計ればいい。ミリアークは膨大な被験体データから、NEXTと認定するためのレベル値を〝100〟に設定していた。
「その点を選択してみるといいわ。個々の簡易データが表示されるわよ」
「どれどれ」
空中に浮かぶ赤い点に向かって手を伸ばす。近付いて分かったが、その点は直径5cmほどの球体だった。人差し指と中指をその球体に近付けると、不思議な事に触れる感覚が指先にあった。ゆっくりと不規則に回転していたN3-systemは、ボルドールが触れると同時にその回転を止め、触れた球体から吹き出しかのようにデータが目の前に展開した。その一番上にある文字は、その球体の主を示していた。
「あら、偶然にしてはいい人を選んだわね。あのAttisのパイロット、ヴォルフゲン・フロイト少佐よ?」
「このTOTALってとこですね?・・・これは驚いた・・・彼がそうだとは聞いたことがありませんでしたな・・・」
ミリアークは一歩下がってN3-system全体を見渡した。両腕を組み、その全体的に青白く光る群体に恍惚とした表情を見せる。
「コレのおかげでね、NEXT-Levelの理解がズイブン進んだわ。アナタには分かりやすく伝えておこうかしら」
世界では〝NEXT-Level〟が能力のことを指し、それを有する人を〝NEXT〟と表現することが多い。この表現でいうNEXT-Levelについては簡単に言えばテレパシーに近いものという認識が一般的だ。実際には、人が脳内で考える様々な感情や、特に相手に対する意志に敏感であり、こと戦場においては〝敵意〟を察知することで、物理的レーダーよりも高精度で敵機を補足することが可能だ。戦争という長い時間は、NEXTという存在をそういう者だと世間に認識させているが、ミリアークに言わせれば、これらはNEXT-Levelの一部に過ぎなかった。
NEXT-Levelとは、個々が持っている人間が有する能力の内、特出したモノを指す。この定義であれば、なにも意識の共感だけに限ることは無い。例えばの話だが、簡単に言えば人間が速く走る限界を9秒台だとした場合、それを超える速さで走る者はNEXTだということになる。つまり、人間が有する能力全てにおいて、NEXTである可能性が潜んでいることになる。
「そうなると、これまでに認識されているNEXTである者の数が爆発的に増えませんかね?」
「私もそう思ったけれど、そんなに生易しいモノじゃないみたいよ?NEXTって」
NEXTが発する若しくは受け取る電気信号の量によって、NEXTの数値化は可能だった。その波形で分類分けも出来た。反面、得た能力値のどこからがNEXT-Levelなのかの線引きには時間を要した。膨大な調査を必要としたその研究は、人類という生き物を3つにカテゴライズした。
NEXTではない者に与えられた数値は0~100。例えば世間では達人と呼ばれる部類の人物で80~90程度しかない。達人と呼ばれる者でもその数値なのだから、NEXTであることと技量は別物だと考えることができる。この時点で、人類のほとんどがこの枠に収まることが想像できた。
そして100~200。この数値を弾き出す者たちに、ミリアークは〝N-Lesser〟という名称を与えた。これは外への影響力を基準に200という数値が設定されている。
NEXTは200以上の数値を示す者だ。上限は無い。そして、ボルドールが偶然に表示させたゲンフォール・デユバインの能力値は、899という数値を表示していた。
「はて・・・NEXTだということは解りましたが、899が高い数値、ということで?」
「そうね。彼はこの中でもトップレベルだわ。カテゴリーレッド。1つの壁と考えられる800を超える者をそうカテゴライズしているわ」
「ふむ・・・まだ空欄の項目もありますね」
「ええ。直接カレを調べたワケじゃないから、詳細は不明なのよ。今はその辺りの研究と開発にかかってるわ」
ミリアークが言うには、その研究が完了し、開発が成功すれば、測定器から10キロ程度の距離であれば、詳細を把握することが可能になるという。今のN3-systemは、完成にはほど遠いということだ。
「今はまだ、NEXTたちの繋がりに頼ったシステムでしかないのよ。詳細データのあるNEXTも居るけれど、全体の数からすれば1/100程度よ」
N3-systemが画期的なモノであることは間違いない。人類の中には、自分がNEXTであることを知らない者も多く存在するだろう。N3-systemはNEXTを見つけ出すことが出来る。そして、NEXT-Levelのカテゴリーを知ることで、自分が何に特出しているのかを知れる。開発者以外で、このシステムを初めて目にした人類であるボルドールは、その素晴らしさを知ると同時に、ミリアークがコレをどう使おうとするのかに、興味の大部分を割かれていた。




