第四部 第2話 猜疑心
「貴女にしては、随分と時間をかけた」
明かりの少ないその部屋は、ミリアークの座るディスクの他に応接に使えそうなローテーブルとソファや、大きなTVに代表される一通りの家電製品が揃っている。奥にある扉の向こうには、寝泊りが出来るよう、ホテルのスイートルームと比較して遜色のないベッドルームがある。それとは逆側に、厳重なセキュリティが見て取れる、もう1つの部屋への扉がある。
ミリアークと比較して、倍はあるのではと思うほど体格のいいその男の名は、〝ボルドール・ラス〟といった。StareGazerへMhwを供給する13Dの最高責任者である。ボルドールはセキュリティの高い扉に守られた部屋の方へ視線を向けた。
「それはそうよ。だって、NEXTよ?むしろ、誰も解明できなかった彼らをここまでバラしたことを称賛して欲しいぐらいだわ」
ミリアークの表情から怒りの心情は読み取れない。一見、卑下するかのようなボルドールの言葉に対する反応からは、2人の間にある程度の信頼関係があることをうかがい知れる。
IHCのミリアークと13Dのボルドール。互いに与する軍が敵対関係にある軍需産業の責任者が、1つの部屋で談笑ともいえる会話をしている。互いに同種の企業なのだから、接点が無いとは思わないだろうが、親密であると考える者がいるだろうか?
2人は互いに、軍需産業における大企業の重役だ。企業であるということは、産業の目的が〝利益〟であり(ミリアークに限ってはそうではないが)、戦争兵器の開発はその〝手段〟に過ぎない。企業に戦争に対する大儀があるわけもなく、利益のためならばライバルと言える2社間であっても協力関係を築く。これは今大戦に限った話ではない。過去連綿と続く人類が引き起こした戦争の歴史において、そうしたことはしばしば起こるが、それが表立つことは無い。
「いやいや、コレを開発できるのは貴女ぐらいなものでしょう?」
ボルドールは見つめる扉の先を顎でクイと示した。
「いいえ、もう1人いると思うわよ?まぁ、あの人は作ろうとはしないでしょうけど」
対してミリアークは、両肘をディスクにつけたまま、手を組んだ上に顎を乗せている。
「誰です?」
「・・・ADaMaSのウテナ局長。カレ、反物質の精製に成功したらしいわ」
表情に変化こそ無かったものの、声に僅かな抑揚があったことを、ボルドールは聞き逃さなかった。そこに感じ取ることができた感情は〝嫉妬〟である。
「ああ、Noha’s-Arkのディミトリー中将が依頼主でしたね。となると、戦争のパワーバランスが大きく崩れますね・・・」
今ここには居ないが、この部屋をよく訪れる人物がもう1人存在する。その男も2人と同じような立場にある。異なるのは、それぞれ責任を負う企業が異なるという点だ。3人は、ある意味において世界の調整者だった。この3人が、戦争で使用されている兵器の供給数をコントールし、必要な技術を他社間で共有させていた。
「ところが、そうでもなさそうよ?ディミトリー中将は反物質と一緒に姿を消したようだわ。反物質がウワサどおりのシロモノなら、それだけで十分、第三の勢力になるわね」
やはり最後の方、特に〝第三の勢力〟を口にした辺りでは、感情に揺らぎが感じられる。今回は〝怒気〟が含まれているように思える。反物質の精製は、NEXTの解明と双璧を成す技術者や科学者の夢だ。それに成功したというウワサが真実ならば、ミリアークにとってADaMaSのウテナという存在は無視できない者に成ったことを意味する。
「新たな勢力・・・ですか。やりますかね?」
「アナタはどう考えてるのかしら?」
「どうあっても厄介な相手ですが、一番マズいのは、ディミトリーとウテナが手を組むことでしょうなぁ。ただでさえADaMaSの存在は疎ましいですからね」
現在、全世界におけるMhwの製造は、Noha’s-ArkはIHCがそのほとんどを担っており、StareGazerの方では13D、GMを筆頭に、他3社ほどでほとんど全てを担っている。他にもMhwを製造する企業はそんざいするが、そのほとんどは3社いずれかの傘下にある企業だ。早い話、Mhw製造のトップ3と関連性のないMhw開発企業はほとんどなく、今となってはその分類の頂点に位置するのがADaMaSだということだ。
Mhw製造を主産業とする企業にとって、ADaMaSは脅威だ。手掛けるMhwが強力であることはすでに証明されている。幸いだったのは、このADaMaS製Mhwが量産されることはなく、且つ、両軍に供給されていることだった。もしもこれがどちらか一方に供給されていたとすれば、戦争はすでに終結していたかもしれない。そう思わせるほどのMhwを製造するADaMaSは、ミリアークのみならず、どのMhw製造企業においても〝疎ましい〟存在であることは容易に想像できる。
最強の破壊力を持つ反物質と他を圧倒するMhwを、もしも1つの勢力が独占的に有するとしたならば、その勢力が今のこの世界を掌握することは間違いないだろう。そのそれぞれを持つ者こそ、ディミトリーとウテナである。
「確かにソレはサイアクのシナリオだわ。でもたぶん・・・ウテナはそうしないでしょうね。ディミトリー中将は分からないけれど」
「ADaMaSも何がしたいんでしょうね?まぁ、今までの状況のままなら我々としても許容できる範囲ではあるのですが・・・」
「そうねぇ・・・お金が必要ってのは、あると思うわね。けれどここでいう目的とは違うのでしょうね。できればコッチに引き込みたいトコロだけど・・・」
「|こっち・・・まさか、BABELにですか!?」
ボルドールは思わず身を乗り出した。その様子を見たミリアークはクスクスと笑みを浮かべる。それまでゆったりとした物腰であった大男が、突然に慌てる様子が滑稽に見えたのだろう。
ウテナという人物がコチラ側に入る可能性を見たこの大男の胸中に、どんな思いが駆け抜けたのだろうか。〝焦り〟だろうか。それとも〝嫉妬〟?いずれにしても、ミリアークからすれば〝男〟というものは御しやすい生き物だった。彼女の経験則に従えば、男にとって重要なコトなど〝権力〟と〝金〟と〝女〟しかないと認識するに十分なようだ。
「そうよ?まぁ、その可能性はほとんどないでしょうから、安心していいわよ?」
少し悪戯な表情を浮かべ、視線をボルドールの方へ向ける。〝悪戯〟な視線に気づいたボルドール自身は、可能な限りの平静を装い、普段と何一つ変わらない様子を強調するように答えた。
「・・・何を安心するんです?我々と目的を同じにするのなら、ADaMaSの技術力は歓迎しますが」
ミリアークは「ホントかしら?」と返したい衝動を、寸前で押し留めた。ミリアークに男女間の戯言を楽しむ趣味は無い。自身の容姿など、自分にとってはどうでもいいが、この世界においては、十分な威力を持つ武器となると自覚している。さらに言えば、自分のソレが男性だけでなく、女性に対しても(作用は異なるが)絶大な威力であることを理解しているミリアークは、ソレの使いどころがココではないと判断した結果だった。
ミリアークにとって、もう1人を含めた3者間でのバランスは、要はキツネの化かし合いだと考えている。彼らにも〝野望〟や〝欲望〟があることは理解してる。それらを巧みにコントロールし、自分の目的に対する利とするか。ミリアークだけではなく、他の2人も同様の考えを持っているだろう。2人が共謀しているとは思わないが、彼らとすれば、ミリアークを上手く使い、新たな技術や兵器を生み出させ、そこから生み出される利益を得ることが大筋の目的なのだろうが、ミリアークだけは利益は手段の1つであり、目的が異なる。最終的に3人の望がそれぞれに叶う可能性はある。表向きはそのために3人が揃っている。
その3人が中心にある組織がある。それを3人は〝BABEL〟と名付けた。




