第三部 終話 記念日
「今日は記念すべき日になったな!」
ルアンクたちが常駐する基地では、皆が口々に賞賛を口にしていた。作戦の実行部隊が帰投するよりも早く、偵察用航空機によって〝勝利〟が知らされている最中、彼ら3機と2つの戦闘機部隊が夜空に光の隊列を見せている。その光が基地に近付くにつれ、空に青白く輝く月が戦闘機のシルエットを地上の人々に見せ始めた。
4つの滑走路の内2つに、戦闘機のそれぞれの部隊が列を成して着陸していく。これまでの一体どれだけの回数、この着陸を繰り返しただろう?そして、離陸したものの、着陸することが出来なかった戦闘機がどれだけあったろうか。
今着陸中のα隊、Δ隊は、この基地でもルアンクたちの居た部隊と合わせて3TOPを誇っていた。ルアンクが隊長を務めたε隊は、3人のMhw転向をきっかけにαとΔに編入されていたが、それぞれの部隊は、基地内の全部隊でも群を抜いて出撃回数が多い。戦争とは過酷であり非情なものだ。ほとんどの出撃で、全ての機体が着陸できたことは無い。今回の出撃ではほとんど出番が無かったとはいえ、2つの部隊がそろって全機帰投できたことを、彼ら自身はもちろん、基地の者全員、嬉しく思わないわけがない。
その2つの部隊の間にはMhw3機分のシルエットが見て取れた。空軍基地内にあって、Mhwの存在は異端だ。軍人も人間である以上、何かしらに〝妬み〟を持つこともあるだろう。実際にこの3機の性能を目の当たりにした者ならば、Mhwに乗る3人にそういった感情を抱いても仕方がない。戦場という1つの盤面において、チートと揶揄されてもおかしくはない性能を有した機体に乗るということはそういうことだ。
ルアンクたち3人は、そのことを理解していた。戦闘機乗りであった時代でも、TOP3の部隊に配備される戦闘機は最新鋭のものであり、それ以外の部隊の者から、そうした感情をぶつけられた経験もある。帰路の間、α、Δ両隊から声を掛けられた3人ではあったが、その返事に覇気は無く、気が付けば彼ら3人は全体の会話から外れた状態となっていた。
ベクスターは3機用に設定されている通信回線を開いた。コンソールの左下隅にThekuynboutとpierrotの文字が〝connect〟の下に表示された。
「なぁ、ルアンク・・・ちょっと気が重いのは俺だけか?」
ため息交じりのその声に、ベクスターの表情を思い浮かべることができそうだ。
「いや、僕も同じようなものだね。何もしゃべらないけど、ケビンもだろ?」
「そうっすね・・・できれば降りたくないっすよ・・・」
ケビンの声でも、その表情は容易に想像できる。
戦闘行動中、そんな先のことは微塵も考えていなかった。いや、考える余裕なんてどこにもないし、生きるか死ぬかの境目にその身を置いている時、その先の憂慮なんて考えることの方がどうかしている。戦闘機乗りであったころ、最新鋭機が優先して配備されることに、少なからずの優越感があったのも事実だ。基地内でも、最前線に送り込まれる回数が最も多いのだから、そのリスクと引き換えの優先であっても何ら不思議はないことのはずだ。でも、人の感情というものは、自己の立場にたったモノの捉え方をするものだ。それが最前線であろうがなかろうが、戦闘に出る回数が多かろうが少なかろうが関係がない。優先的に最新鋭機を回してもらえるから参戦回数が多いのか、参戦回数が多いから最新鋭機を回してもらえるのか。その答えは、その問いに答える人間が、どちら側の人間かによって変わってしまうということだ。
もちろん、常日頃からそんな険悪さが常駐しているわけではない。むしろ、戦闘がないときは仲が良いとさえ言える。これも戦争の弊害なのだろう。結局、1人の人間の命が失われたとき、人の理性はブレーキが故障する。それが親しい人であればあるほど。それが20年もの間続いているのだからなおさらだろう。
「2人とも・・・Mhw乗りに転向して良かったって思うか?」
「う~ん、さっきまでなら良かったって即答したっすけどね。今はこの前置き前提で、やっぱり良かったって答えるっすね」
ケビンにしては持って回った言い方だ。だが、言いたいことは分かる。ルアンク自身も、誰かにそう問われれば同じような回答になるだろう。
「オレは良かったって即答できるぜ?コイツなら、StareGazerの連中を壊滅させられる」
ベクスターはそう言っているが、声の端々に、心底からそう思っているわけではないことがうかがえる。彼にとってStareGazerが仇であることに変わりはないが、それと基地内の仲間のこととは別物である。〝仇〟という執着が、彼に心底からの本音ではない言葉を語らせているに過ぎない。
ルアンクは、その問いに対する2人の答えに、彼らの決心を見た。
「憎まれようが、恨まれようがってヤツかな?2人とも、カッコイイね」
「バ~カ、これはオマエから教わったコトだっての」
「そっすよ?そうでなけりゃ、こんな決心は出来ないっす」
Mhwへの転向が、この2人と一緒で良かった。ルアンクは心の底からそう思った。基地の仲間を護るために、自分たちにできる最大限のコトをする。今にあっての最大限とは、〝Mhwに乗る〟ということだ。自分たちがナゼMhwに乗るのか?その理由をみんなが知っている必要はない。理由を知り、理解を示し、共に歩いてくれる仲間が1人でも居れば、それが先頭であったとしても、堂々と歩いて行ける。それは、2人に問いかけたようでいて、実際には自分自身に問いかけた問いに対し、ルアンクがたどり着いた答えだった。
「ハハ・・・先頭を行くのにThekuynboutほど相応しい機体はないね。ベクスター、ケビン・・・2人が付いてきてくれてホント良かったよ」
2人の反応に一瞬の間があった。声を聞かなくとも、戸惑っている様子が手に取るように分かる。直球過ぎる言葉というものは、時に相手を硬直させる効果がある。それが〝照れ〟というものであり、広い捉え方をすれば、〝愛〟だ。
「・・・オマエ・・・よくサラリとそんなコト言えるな・・・こっちが恥ずかしいわ」
「いや、まぁ、嬉しいっすけど、ちょっと・・・ね。音声だけで良かったって思ってるっすよ、ホント」
これが対面であったなら、2人はどんな表情をしていただろう。それぞれに相手の表情を思い描いているところへ、1本の通信が入った。
「コラ!アンタたち!!ありもしない被害妄想にふけってないで、さっさと降りてきなさいよっ!・・・もぅ、ホンとバカなんだから」
どうやら3機専用だと思われていた回線は、その3機のサポートを主とするオペレーターともつながっているらしい。そのオペレーターとは、ベクスターの婚約者である〝オピューリア〟だ。
「オペ!?聞いてたのか・・・念のために確認しときたいんだが・・・」
「な~に?」
「この回線って、聞くことできんのって他に、居る?」
「・・・安心なさい。私だけよ。それより下を見て見なさいよ。みんなの顔見えるでしょ?」
Mhwのメインカメラを、これから3機が着陸しようとする地表の方へ向ける。そこには、ほぼ基地に存在する全員ではないかと思うほど、人が溢れかえっている。顔が解る程度に拡大すると、映る範囲の全員に笑顔を見える。こちらに向けて手を振る者がほとんどだ。中には、今着陸したばかりのα、Δ隊のメンバーも見える。
「ず、ズイブンな歓迎受けてないっすか?」
「・・・ああ。どうやら、僕たちは胸を張ってみんなのところに帰れるみたいだな」
「オペ・・・すまない。それと、教えてくれてありがとう」
オピューリアの次の一言で、AIR-FORCEの初陣は終わる。
「いいけど、今のも今までのも、基地内放送に乗っけてたから、みんな聞いてるわよ?」
やはり地上に降りるのは止めようかとホンキで思う3人だった。