第三部 第12話 鏡月
「2人が合流するまで時間を稼ぐか・・・」
「後ろの2機が合流する前に撃破か離脱ってとこか・・・」
2人のパイロットが考えることを違えても、鍵を握るのはFAUABWSとpierrotの2機である部分では合致している。だが、目的が異なる以上、先に動く必要があったのはショウ・ビームスの方だ。
「癪だねぇ・・・1機ぐらいは落したいよね」
R-N・bullの持つARISのトリガーを絞ると、ビームがマシンガンのように連続斉射された。その集弾性も高いようだ。
「くそっ!やるしかないか!?」
ルアンクはARISの銃口の奥に発生した光を見逃さなかった。まずは横に避け、背部の翼だけを地面と水平に展開すると、機体そのものは直立のまま低空飛行を開始した。ひとまずR-N・bullとの距離を取る意味も含めて上空へ逃れようかとした矢先、ARISの銃弾が上空への進行を妨げるように飛来し、空を覆った。
「空には逃がさない!ってか、空に上がられたらソッコー撤収だけどな!」
「うわぁお!上がらせてくれないか・・・ならっ!」
上空への退避をR-N・bullによって拒否されたThekuynboutは、一気に機体を地面と水平に変えた。両翼の前方にビーム刃が形成されると、機体そのものが加速を始めた。
「マジかっ!こんな低空をMhwで飛行するってのかよ!フザけんなっ!?」
ルアンクは戦闘機に搭乗していたころ、戦闘機での超低空飛行の記録保持者だった。機体の垂直尾翼を飛行中にわざとへし折り、機体の上下を逆さにしてのその飛行は、戦闘機のキャノピーが地面すれすれの位置だった。尾翼を無くした機体のコントロールは当然困難を極めるが、さらにひっくり返った状態での飛行を安定させるだけの卓越した技量をルアンクは持っている。当たり前だが、この記録は現在も破られていないどころか、誰もマネしようとする者は現れない(機体をワザと損傷させるため、基地司令から禁止令が出された)。ルアンクからしてみれば、Thekuynboutの取った高度は、ショウの叫んだ〝低空〟に属していなかった。
通常のRay-Nardが装備する近接格闘兵装は、幅広のビーム刃を長い柄の両側から展開するツインビームサーベルと呼ばれるものだ。刃の形状は薙刀に近い。しかし、このシュターナが装備するものは、オーソドックスなタイプのビームサーベルである。それを瞬時に肩の辺りから引き抜き、ビーム刃を形成し縦に構える。その瞬間、Thekuynboutの翼が十字に交差した。もちろん、翼の前のビーム刃だ。
「押し切るっ!」
Thekuynboutはある意味、機体の全重量をその刃に乗せていると考えていい。当然ながらその推進力も凄まじく、「押し切る」と言い放つだけの威力がある。
「持っていかれる!?マズいっ!!」
R-N・bullは軽く地面を蹴って小さくジャンプをすると、可能な範囲の全スラスターを全開にして機体を後方へ推進させた。
両機がそのままの体勢で、Thekuynboutから見れば前方へ、R-N・bullからすれば後方へ移動していく。しかし、両者の移動速度は同じではない。当然、Thekuynboutの速度が勝っているが、現状でリスクが大きいのもThekuynboutの方だ。R-N・bull自身がスラスターを使っているため全重量ではないとしても、今の体勢ではシュターナを押しているような状態であり、それによって推力は大きく低下している。これは、Thekuynboutが本来飛行に最低限必要としている速度を下回る結果を招いていた。
「コイツの判断力はっ!マズい、落ちる!?」
押されていたのはR-N・bullの方ではあったが、先に鍔迫り合いを解いたのはThekuynboutだった。
今の僅かな時間の間でも、2機が移動した距離はそれなりだったらしい。気が付けば、シュターナの後方には湖が広がっている。湖面に波はわずかしかなく、満月に近いと分かる月が、まるで2つあるかのように湖面にも輝いている。
「くっそ・・・速いってのはそれだけで凶器だな・・・」
Mhwが装備する武装の中には、こん棒のような殴打を目的とした武装も存在する。それらは重量が有り、近接戦闘において取り回しに不利があるが、一撃の破壊力は大きな有利となる。このこん棒が同じ速度で剣とぶつかった場合、折れるのは剣だ。しかし、もしも剣を振る速度がこん棒のソレと比較したときに1.5倍程度あれば、今度は逆に、こん棒の柄のあたりが折れるもしくは、こん棒そのものを両断してしまう。ThekuynboutとR-N・bullの激突と、その後の速度にそこまでの速度差が無かったことが、ショウの命を長らえさせた。
「思ったよりも厄介なヤツだ・・・コイツ、ホントにMhw乗り始めて間もないヤツなのか?・・・後ろの2機も来るな・・・それほど時間は残ってない・・・か」
R-N・bullの望遠カメラで実際に確認すれば、2機の姿を捉えたかもしれない。しかし、Thekuynboutを目の前にした今、それをするだけの余裕は無い。ショウは現状から、すでに目的そのものを達成することが極めて困難であることを理解している。今考えるべき優先事項は、この戦域からの離脱だ。おそらく、前方で踏ん張ってくれていたREVAZZは全滅しただろう。この場合、何としても自分だけは生還し、今回の戦闘で得た3機のデータを持ち帰ることが唯一出来ることだ。そしてそれは、この戦闘の結果がどうであれ、今後の戦闘にとって有益なものである。
「ヤツに撃つ隙をあたえるわけにはいかないな・・・ここは落す気で詰めるっ!!」
戦場で生き残るということは何よりも難しい。それを成し得たとき、戦闘としての結果がどうであれ、パイロットにとっては大きな成長がもたらされる。ルアンクは豊富な戦闘経験を持つ。しかしそれは、戦闘機での経験であって、Mhwのものではない。相対するパイロット、ショウ・ビームスの経験は17年に及ぶ。これは圧倒的な差だ。
「こういうことも出来るんだぜ?」
R-N・bullは再びフルブーストで正面にThekuynboutを捉えたまま一気に湖面上を後退した。Thekuynboutの速度はすでに経験し、計算に含まれている。距離を取られることがマズいと判断したルアンクがThekuynboutを湖上へと滑り込ませると、2機の距離が見る間に縮まっていった。
R-N・bullはいつの間にかARISを狙撃用の形態に戻していた。その銃口はThekuynboutの方を向いているが、狙撃形態の銃口が安定しない。
「そんなんで当たるかよ」
「それじゃ、サヨナラだ」
R-N・bullは突然銃口を足元に向け、引き金を絞った。至近距離で湖面をビームが直撃した瞬間、Thekuynboutの目の前には〝水の壁〟が立ち上がった。
「なんだとっ!?」
その壁の周囲には水蒸気が立ち込め、全ての視界を奪い去っていた。湖面に映っていた月は、その姿を飛散させ、今はどこにも見当たらない。
水の壁が立ち上がった瞬間に起こった爆風で押し戻されたThekuynboutは、そのまま後退し、飛び立った岸まで舞い戻った。前方の視界は奪われたままだったが、レーダーを見ても、R-N・bullのものと思われる機影は見当たらない。
「水蒸気爆発・・・みたいなものか?驚いたな・・・ソレで推力を上乗せして飛び去ったのか・・・やるね」
「ルアンクっ!無事か?」
「もう1機いたんすね?凄い爆発みたいなのあったっすけど、落したっすか?」
Thekuynboutのコクピット内に2人の声が届いている。どうやら追いついてきたようだ。
「Ray-Nardだったが、逃げられたよ」
「逃げた?オマエから?へぇ・・・」
「でもまぁ、その1機以外は全部落としたっすから、こっちの完勝でしょっ!」
確かに作戦行動としては勝利したと言える。しかし、R-N・bullの飛び去った湖面、まだ水蒸気が月を映すことを許さないその先を見つめるルアンクは思う。
「この戦闘は、僕の完敗だな・・・Mhwってのは、どうにも奥が深い・・・」




