第三部 第11話 舞い降りる翼
「どれほどMhwが優れていようと、経験に勝るものではないということを教えてやる」
狙撃体制にあるR-N・bullのコクピットで独りつぶやいたショウ・ビームスの言うことは正しい。Thekuynbout、FAUABWS、pierrotの3機はADaMaS製Mhwの銘に恥じない恐るべきMhwだ。その3機それぞれのパイロットについても、おそらく既存Mhwとは異なる概念での操縦をマスターできていることに驚きを隠せない。その2つの〝脅威〟が図らずも演出した戦場で、そのコントラストを目の当たりにした者が、初見であるが故に、経験による冷静を一時失ったことは理解できる。しかし、あの3機が出撃した場所がNoha’s-Arkの空軍基地だということを忘れてはならない。
Mhwが配備されたことの無い基地に3機の新型、それもADaMaS製Mhwが配備される情報が入ったとき、もっとも重要な情報だったことは、パイロットの転属があったかどうかだった。これが無いと判明したとき、戦闘機とMhwの混成隊と合わせて、スナイパーの援護要請が行われた。これに対応した結果、ショウ・ビームスとR-N・bullは今ここに居る。
基地司令の下した決断が、史上初のADaMaS製Mhw撃破という戦果に成ろうとしている。根本的に、戦闘機とMhwでは戦術論がまるで異なる。戦闘機乗りがMhwを乗りこなすということは、難しいことではあるが不可能なことではない。実際、あの3機のパイロットはそうなのだろう。しかし、Mhwによる戦闘経験は実際に経験を積み重ねない限り、どうやっても補うことはできない。それは自身で生き残りをかけて培う他ない。
戦闘機とMhwの決定的な違いとは何か。それは1機が持ち得る〝汎用性〟だ。Mhwは1機で様々な役割をこなすことが出来る。そして汎用性が高いからこそ、一芸に秀でることも可能だ。REVAZZの残された3機が、自分のために敵機をコントロールする役割を買って出ていることをショウは理解していた。僚機が次々と落され、その仲間の仇が目の前に居るにも関わらず、だ。その痛みすら伴いかねない決断を彼らに取らせているのは他でもない、戦場における勝利という経験則だ。Mhwの汎用性が生み出す無限とも思える可能性の中から、自身の感情などを一切押しのけ、最適解を導き出し実践する。そこまでした先で勝利したという経験が無ければ、人という生き物はそれを成し得ることは無い(経験があっても、感情を押し殺すことは難しいものだが)。
空を舞う3機のMhwパイロットには、そういった経験が感じられる雰囲気は無かった。そして、そうした〝雰囲気〟を読み取ることができるか否かも、やはり経験に裏付けられたものだ。ショウは数多くの戦場経験があり、様々なタイプのMhwを乗りこなす才に恵まれたことで、軍内部では教導的立場を担う場面も多い。StareGazer全軍の中に合って、彼は指折り数えられるほどのエースパイロットである。
「だが!その前にっ!!」
ショウがそう言うや否や、ARISのバイポッドが地面から離れた。ARISの銃口が見つめる先は空だ。銃口から描かれるその先に、放たれるであろう弾丸(実際はビーム兵器だが)の動きが止まるような標的は何もない。それでも、R-N・bullは迷うことなく引き金を絞った。銃身はぶれることもなくその弾丸を射出する。波形の短い鮮やかな黄色い光が、線となって上空を飛ぶ。まるでそれに吸い寄せられるかのように現れたのは、Thekuynboutだった。
上空で大きな爆炎が現れた。R-N・bullのコクピット内で、ショウにThekuynboutの接近を知らせるモノは何も無かった。相手が3機編成であったこと、それらが全て、空を飛ぶMhwであったこと、その3機のうち画面に捉えていた2機はREVAZZを相手にしていたが、残りの1機が相手にしていたのが戦闘機であったこと、こうした戦場には、はるか上空に索敵に特化した航空機が存在する場合が多いこと。これらを過去の経験と照らし合わせ、その場合に起こり得るリスクを導き出す。最も足の速いMhwによるこちらへの強襲あるいは、狙撃機体によるこちらの補足。基地の特性上、後者は無い。そして同様に、前者の場合の進行ルートは空だと予測できる。
ほんの僅かな間で行われたことに、ショウ・ビームスの技量が確かなものであることが理解できる。望遠+暗視スコープを注視したまま、銃口を持ち上げる軌道上で、ほんの一瞬に捉えた黒い影があった。その黒い影が、スコープの中心から下方向に向かって消えた直後、ショウはトリガーを引いていた。敵機の移動速度、方向、弾速、これらを考慮した偏差射撃を、ショウは〝カン〟と〝経験〟で瞬時にやってのけたことになる。
「これで3機全てだっ!!」
R-N・bullがまるで振り子のように再びARISを地面に接地させると、スコープの中央には3機のMhwが重なって見えた。FAUABWSとpierrot、そしてREVAZZだ。REVAZZは左に進行中。そして、pierrotが着地の直前。ショウはトリガーに指をかけ、自分でも気づかないような息を1つ吐いた。
「落ちろ!」
その言葉と同時に、画面の全てが黒く染まった。いや、黒ではない。だからと言って、白でもない。白に限りなく近い青が、夜の闇で黒く見えている。ショウはトリガーを引く代わりに、戦闘開始から初めて、スコープではない通常のカメラに切り替えた。そして同時に、使えるスラスター全てを使って、強制的にR-N・bullを立ち上がらせ、その場から少し後退する。同時にARISをもっとも近接射撃できる形状へ変化させる。
「チッ・・・オレとしたことが、Mhwとビームライフルの爆炎を間違えるとはね・・・」
ショウは実際に爆炎を見たわけではない。判断したのは音の方だ。ルアンクは咄嗟にビームライフルと前腕の接続を解除し、進行方向斜め下に放り投げていた。R-N・bullが放ったビームの射線上に割って入ったビームライフルが、Thekuynboutの身代わりとなって爆散していた。そしてその爆炎に紛れるように、ルアンクはThekuynboutを急上昇させていた。一気に成層圏付近に達したThekuynboutは、先行していた索敵航空機に別れを告げると、スラスターと合わせた全力急降下を開始した。
戦闘機ではあり得ない方向に身体に重力がかかる。あっという間に地面が目前に迫る。スラスターと翼の全てを使って急制動をかける。急上昇、急降下、そして着地までにかかった身体への負担は計り知れない。それでも、そこまでした甲斐あって、ギリギリではあったが、狙撃の前にR-N・bullの眼前に立つことができた。しかし、困ったことに気付く。
「うぇ~・・・きっつ・・・間に合ったはいいけど、ライフル無いしな・・・他に武器ないんでね、コイツ」
Thekuynboutはあくまで飛行することが前提の機体だ。ビームサーベルですら、背部翼基部に固定されている。
「まいったな・・・こりゃ超低空飛行仕掛けて、搔っ捌くしかないか・・・?」
「コノヤロウ・・・目的達成はもうムリか・・・いや、コイツだけでも落とすか?」
両者の思惑が交錯する戦場は、加速度的展開を迎えることになる。




