第三部 第10話 射線
「ルアンク少佐、高高度先行してる僚機からMhwの機影1です。かなり距離はありますが・・・」
「・・・機種は分かる?」
「待ってください」
遠方に1機だけ。この普通ではあまり考えられない状況が、ルアンクに一抹の不安を抱かせた。StareGazerの拠点はさらに遠くにあり、その1機以外に移動拠点と成り得そうな大型艦の機影が無いのだから、その機影の持ち主は正真正銘の単独行動だと考えていい。
戦争下での単独行動ほど危険な任務は無いだろう。ルアンクが知っている限りでは、そんなことを実行するようなバカは、あのAttisのパイロット、ヴォルフゲン・フロイトぐらいなものだ。しかもそれはAttisを受領後のこと。要するに、確かな特出した技量を持つMhwパイロットと、超が付くほどの高性能機体があって初めて実現できる作戦行動だということを示す。ルアンクの感じる不安がソレに起因することは間違いない。
「きました。Ray-Nardです・・・これは・・・」
Ray-Nardとは、Noah’s-Arkの高性能機sksに対抗するべく、13DとGMが共同開発したStareGazer側の高性能機体だ。そのパイロットはエースと呼ばれる者が多い。sksと同様にコレをベースとした派生機も多く、特定のエースパイロット専用のカスタム機体も存在する。
「ああ、位置からしてスナイパー特性を強化されたカスタム機だろうね。位置情報をくれ。そっちに向かう」
「了解しました。下の2人には?」
「言ったところで注意の払いようがないよ。間に合えばいいが・・・」
僚機からRay-Nardの位置情報を得ると、ルアンクはすぐさまThekuynboutをそのポイントへ向け、最大出力でその場を後にした。
ルアンクたちはMhwパイロットとの交流が決して多い方では無い。Noah’s-Arkにもスナイパーに特化した機体やパイロットは存在するが、彼らと直接話したことが無い以上、一般的なことしか知識として持っていない。そこから引用すれば、スナイパーは1発撃つ毎にその位置取りを変えることが多い。スナイパーにとって、自身の位置が知られるということは命取りになるからだ。よほどのパイロットなら別だろうが、基本的には〝待ち〟が主体であり、待つものは〝タイミング〟だ。当たると確信しなければ、スナイパーは引き金を絞らない。
ここまでその存在を隠して来たその機体が狙っているタイミングは、間違いなくThekuynbout、FAUABWS、pierrotの3機を狙撃できる瞬間だろう。例え仲間が落とされようとも、援護射撃が入ることは無かった。彼らは偶然に3機のMhwと遭遇したのではなく、最初から3機のMhwを標的としていた可能性が高い。この編成と配置、そしてこの作戦には、そんな雰囲気がある。
戦闘開始からまだそれほど時間は経過していない。これは時間との勝負だ。Thekuynboutがスナイパー特化型Ray-Nardに到達する方が早いか、ソイツが狙撃のタイミングを得る方が早いか。
スナイパーに特化された機体の多くは、狙撃体制に入った場合にモニター機能が一部失われる場合が多い。人間とは違い、装備しているライフルを構えはするが、ライフル本体に配置されているスコープを直接覗き込む必要はない。大体の場合、スコープと機体がモニター連携しているため、スコープの映像をメインモニターに映し出すことが出来る。その分、通常の視界は妨げられることになるが、パイロットの意識次第で周囲の状況を把握することは可能だ。Ray-Nardのカスタム機を操るパイロットならば、なおの事だろう。
「こっちが察知されるのは構わない・・・ヤツの狙撃に間に合えすればそれでいい」
視界の真正面はただひたすらに夜空が広がっている。視野の端々で高速に流れていく風景を感じながら、Thekuynboutのコクピット内でルアンクは独り呟いた。
主戦場は落ち着きを見せ始めている。結果だけ見ればNoah’s-Arkの完勝と言っていいだろう。地上に残っているMhwもREVAZZ3機を残すのみだ。どこの戦場でもそうだが、撤退する敵機を執拗に追って撃破することは、その機体が特殊な機体(例えばADaMaS製)でない限り、あまりされていない。ベクスターもケビンもREVAZZが撤退するのならば放置するつもりだったが、圧倒的戦力差を見せつけられても攻撃の手を緩めない敵機を不思議に思っていた。
「僚機の仇でも取ろうっていうんすかね?もう撤退でいいっしょ?」
「ケビン!油断はするな。コイツら動きが何かヘンだ。そうでなくてもコイツらはStareGazerだ。来るなら徹底的に叩くぞっ!」
残されたREVAZZ3機は、思ったよりも距離を置いて2機を囲えるように動いている。3機ともマシンガンを構えているが、その射撃数は数えるほどだ。それよりも、FAUABWSとpierrotの2機を有効射程に収めていないように感じることに違和感を覚える。
「コイツら、何かを待ってるっすか?」
「なんだって構わんさ!ただ、この状況はウザい・・・ケビン、降りるぞ。降りてヤツらを誘い込もう!」
ケビンとしても歯がゆさは感じていた。どことも明確ではないが、あるタイミングを境に敵機の動きが変化していた。すでに撃破したMhwのパイロットたちを含めて、彼らのパイロットとしての技量は高いものだったのだろう。こちらが空中に居ることで平常が失われていただけで、今の3機の絶妙な距離感こそが、彼らの本来の技量だと感じる。
そう考えると、今の彼らの動きは攻めあぐねているのではないと気付かされる。この動きの意味するところは〝心理戦〟なのではないだろうか?もしもこちらが地上に降りるのを待っているのだとしたらどうだろう?そもそもこうした疑心暗鬼こそがヤツらの狙いなのかもしれない。もしもそうだとするならば、ベクスターのように早い決断で攻め切ったほうが得策なのかもしれない。
おそらく明確な答えを出せないであろう疑念が、ケビンの行動を鈍らせた。その間にも、FAUABWSは一足早く大地に降り立とうとしているようだ。ケビンも慌てるようにFAUABWSの後を追った。
「降りてきたぞ!ここだっ!!あとほんの少しだ!eSの方の着地点を誘導するんだっ!!」
彼らREVAZZ3機のパイロットには見えているモノがあった。それはベクスターとケビンには見えていないものだ。遥か遠方でこの5機の動きを注視し続けているRay-Nardから伸びる射線だ。そしてそのRay-Nardが、狙撃と射撃、超遠距離から近距離までの射撃戦にカスタムされた〝Ray-Nard・bullet(通称でR-N・bullと呼ばれている)〟であり、パイロットがどのカテゴリーであろうと、どんな機体であろうと乗りこなすオールラウンダー〝ショウ・ビームス〟であることを、ベクスターとケビンは知らない。
「よし・・・良くやってくれた・・・そのまま降りろよ・・・2枚抜いてやる」
Ray-Nardはもともと重量感のある機体だ。特徴的なのは、背部にバックパックを装備しておらず、スラスター類は大型化している腰部リアアーマー内側と、ふくらはぎ部分のアーマー内側に配置されている。その派生機である高機動型Ray-Nardは、さらに大型の大出力スラスターを要するバックパックを装備している。ビームスの操るR-N・bullはこの高機動型をベースにしている。特出すべきは両肩、頭部、武装であり、両肩には膝下の外装と同じものが配され、その内側にはジェネレーターと出力の高いスラスター3基が内蔵されている。ノーマルと比較してかなり大型化された肩が、R-N・bullの外観特徴だ。そして頭部の形状はRay-Nardと同じだが、装備しているライフルのスコープ後端と有線ケーブルでつながれたヘッドスコープが追加されている。望遠、暗視、熱源の3種カメラが中央に配置され、専ら狙撃時に使用する。R-N・bull専用に開発されたライフルは、この機体最大の特徴だと言っていい。All-Range-Interchange-Shootingの頭文字から「ARIS」と名付けられたこのライフルは、バレル部の伸縮、変形構造によって超長距離~近接の全ての射程をカバーできる。
シュターナはその巨体を大地に寝かせ、上体を反らせたまま微動だにしていない。構えるARISはバレルを最大まで延長し、先端のバイポッドを展開させることで、完全な狙撃体制が整っていた。




