第三部 第9話 気狂いピエロ
空を飛ぶ乗り物の種類は多い。旧世紀以前から人々は様々な方法を試みた。そしてその時代、映画に代表される想像の中で、奇想天外な飛翔方法が描かれてもいる。映画というものは想像の宝庫だ。特に未来が描かれた〝SF〟と呼ばれるジャンルにおいて登場する様々な機器は、全くの絵空事ではないことが多い。それが〝ファンタジー〟というジャンルであったのなら、そもそも〝空想〟なのだから、人はそこに〝夢〟を求めるのであって〝現実〟を求めない。そう、〝SF〟には「実際に起こるかも」や「実現できるかも」といったリアルさが求められる。ウテナがそれを参考にしたかは定かでないが、pierrotの〝足の裏に直接ジェットエンジンを搭載して飛ぶ〟という姿は映画に見ることができる。
「うーん、Thekuynboutみたいな〝飛ぶ〟っていうイメージとはちょっと違うっすね。でもまぁ、コレはコレで楽しいな」
pierrotは足の裏側にブースターポッドを装着するような形で飛翔する。移動速度についてもThekuynboutほどの速度ではないが、FAUABWSを上回る。そして、滞空性能はFAUABWSのようにはいかないが、Thekuynboutと違い滞空することができる。 ThekuynboutとFAUABWSの両方の特性を持つようなpierrotだが、問題は航続距離だ。pierrotは機体重量を軽くする必要があった。そのことが原因かは定かでないが、Mhwの中でも軽い部類に入るeSの外観を持っている。そこに追加のエネルギータンクなどは存在せず、ブースターポッドそのものに内蔵される分が最大だ。エネルギー消費の効率はADaMaS技術陣によって向上しているが、それでも限界はある。2機と比較した場合、その航続距離は格段に短いものとなってしまう。
「まぁ、コイツの真骨頂は空中での自在さにあるんだろうけど、オートバランスがあっても難しいっすね・・・」
ケビンの言うとおり、ADaMaSがpierrotに搭載したオートバランサーは秀逸なものだ。しかし、これの発動中は、機体全身を使って姿勢制御を行うため、他の行動(例えば攻撃)などに支障が出る。そのため、ケビンはオートバランスと手動による姿勢制御を巧みに制御している。そうして制御されたpierrotは、重力の支配領域にある空中における振る舞いに狂気を感じさせるようだ。
「な、なんなんだ、アレは・・・空中でMhwが踊っている・・・だと?」
あくまでREVAZZのパイロットが感じた印象は、だがしかし、その様を見た者を代表するにふさわしい表現だ。pierrotの持つライフルが弾丸を射出する度、僅かな反動で姿勢を崩す。オートパイロットに任せた場合、次弾に対する挙動と異なってしまうことを嫌ったケビンは、手動で姿勢制御を行っている。まだそれを自分のモノにできていないケビンの操るpierrotが、各部に配されたスラスターの噴射に合わせて踊る様は、一見すると滑稽に見える。
「見た目に惑わされるな!あんな状態で当た」
REVAZZの部隊内でも、階級が上に位置するパイロットであったろうその声は、もともと言いたかったであろう内容こそ伝わりはしたものの、最後まで言い終えることもできなかった。
「中尉!くそったれ!そんなラッキーパンつあっ!」
中尉と呼ばれたパイロットのREVAZZは、pierrotの持つライフルから射出された弾丸に、その胸部を貫かれた。コクピットの存在する場所だ。そして、中尉と叫んだパイロットのREVAZZは、やはりpierrotの放った弾丸に右肩を撃ち抜かれた。
「こっちからも攻撃を仕掛けるぞ!アイツ、きっちり狙ってやがる!!」
REVAZZの兵装はマシンガンやバズーカが多い。バズーカには強力ではないにしても誘導性能があり、マシンガンは乱射性能に優れる。本来ならpierrotのような挙動を示す相手には有効性の高い兵装と言えるはずだ。
pierrotの〝ような〟相手ということは、pierrotはその中に含まれていない。このことにREVAZZのパイロットたちは気付くことができるだろうか?
「くそっ!当たらねぇっ!!オイ!アイツに取りつくぞ!この距離は不利だ!!!」
「近接戦闘を仕掛けるってのかよ?・・・なくわねぇか。よっしゃ!付き合うぜ!」
残存機のうち3機のREVAZZが、それぞれランダムな軌道を描きながらpierrotとの距離を詰め始める。
「あらら、それは悪手じゃないっすか?こっちは空に居るんすよ?」
ケビンの言うことはpierrotにとっては正しい。Mhwが空を飛ぶには、本来ならばサブフライトシステムが必要だ。呼び方はともかく、簡単に言えば、Mhwを乗せても飛行できる性能を有した航空機だと考えればいい。これらの航空機は、Mhwほどの重量物を乗せた上での飛行能力が必要となるため、一般的に航続距離が短くなりやすい。そのため、地球上であれば、基地周辺での防衛任務などで運用されることが多くなる。そして、この2機(Mhwと航空機)1対の戦闘ユニットには死角が存在する。真下だ。
航空機には真下を見ることのできるカメラが装備されていることが多い(これは戦闘機には無い。必要ないからだ)。しかし、上に乗るMhwからは、航空機そのものが真下の視界を奪ってしまう。航空機が真下をカメラでとらえることが出来るため、文字どおりの死角ではないが、少なくとも、攻撃手段が限られてしまうことになる。熟練パイロットともなれば、腕を伸ばして航空機の真下へ攻撃を行う者も存在するが、その精度は低い。
こうした理由から、空中の敵に対する最も有効な手段は〝距離を詰める〟ことであり、その欠点が周知されているからこそ、真下をカバーする機体が同時出撃していることがセオリーだ。しかし、pierrotは単独であり、サブフライトシステムを使用していない。それでもpierrotは空に居るのだ。
pierrotはブースターポッドと足裏の接続を解除し、ブースターポッドの方を基点として腰部の接続アーム部を稼働させた。空中にあったpierrotの機体が、地上と水平になる。
「こっちを向いているだと!?」
pierrotはライフルを両手で構え、狙いも正確に引き金を絞った。今度は反動の方向から狙いのブレが少ない。続けざまに放たれた3発の弾丸は、ほぼ真下に迫ったREVAZZのモノアイから機体内に入り込み、そのまま真っすぐに股間から飛び出し地面に深い穴を開けた。機体を縦に貫く弾丸を射出するレールガンライフルは、これまで以上の恐怖を相手に与えた。
「へぇ・・・この向きだと安定するっすか・・・今の反動記録使って、帰ったら制御システムプログラムの見直しっすね」
「おーい、ケビン!そっちはどーだ?」
ベクスターの声だ。そちらの方へモニターを向けると、FAUABWSを相手にまだ生き残っているMhwは2機だけだ。モニターを再び自身が相手にしているREVAZZに向けると、残っている機体は3機。ただし、そのうち1機は右腕が肩の部分から無くなっている。
「こっちは3機残ってるっすけど、1機は右腕ないっすね」
「順調じゃねーか。上のルアンクの方もほとんど終わったみたいだしな。コイツら、退かねぇならとっとと片づけるか」
「うーん、退かないっぽいすね。そこは尊敬するっす。けど、根性で勝てるほど、戦争は甘くはないっすからね」
少し距離を置いていたFAUABWSとpierrotは、残存するREVAZZを前に合流を果たした。これは図らずも、StareGazerにとって好機となった。2機の合流地点から遥か遠方で、微かに光るものがあったが、ベクスターとケビンはソレに気付くことができなかった。