第三部 第7話 月を背負う
「おーおー、ルアンクのヤロー、派手にやってんな!」
見上げれば、自分たちのさらに上空で、光の筋が踊っている。ベクスターは一瞬、ソレがスラスターの光かと思ったが、ピンクの光がThekuynboutのみが装備できるサーベルであることを教えてくれる。
「そんじゃ、コッチも始めるとしますかねぇ?」
「13機はちょっとヘビーだな。少し数を減らすよ?」
13機のMhw編隊は、すでに目で見える距離にまで互いの間を狭めている。長距離射程ならば、その射程内に入るギリギリ手前といったところか。相手のMhwはその形状からREVAZZで編成されていることが解る。REVAZZと2人の間には、互いの機体を遮るような構造物は何もない。ただ1本、真っすぐに伸びる道路があるが、車の往来は無さそうだ。
ケビンはブースターポッド上で逆手に所持しているレールガンライフルを直立のまま構えた。REVAZZに乗るパイロットたちからも、この姿は見えているだろう。だが、それが普通では考えられない異質なものであることにも、同時に気付いているはずだ。
すでに太陽は沈み、街明かりのないこの荒野で道路に間隔を置いて設置されている外灯と、いつもよりも大きいと感じる月だけが光源だ。その光源の1つ、月は青白い薄っすらとした光を携え、REVAZZが進もうとうする方向にある。その月を背にMhwが2機、そのシルエットを見せている。外灯の明かりはそれほどの効果を発揮していないのだろう。2機のMhwは月の光で影のようにしか見えない。最初、見える影に違和感は無かった。だが、目視では相手がこちらに向かっているのか、逆に引いているのか、またはその場で停止しているのかが判別できない影のMhwは、全身がすっぽりと月の内側に収まっていることに気付くと同時に、その月が地平線と接していないことに気付く。
「あ、あのMhw・・・空に居ると言うのか・・・」
このREVAZZの部隊は、これから目指そうとしているNoah’s-Arkの基地に、新型のMhwが3機配備された情報を得ていた。これまで侮ることこそしなかったものの、その基地にMhwが存在したことは無かったことでそこまで重要視されていなかった。さらには、たった3機程度ならさしたる違いがあるとも思えなかった。それが今日の昼に入った情報で自体が一変する。納入されたMhw3機、その全てがADaMaS製Mhwだという。
この部隊の隊長はこれまでの戦場で数度、ADaMaS製Mhwを敵味方問わず見たことがある。その中にADaMaS最初の1機、空戦型sksも含まれている。強襲の目標であった基地に、それが配備された情報は無かったが、一瞬、月を背景に浮かぶ影の持ち主がそれだと認識しかけた。その認識を思い止まらせたのは、情報に〝新型〟という文字が含まれていたからだ。
滞空できるMhwは少数ながら存在する。そして〝新型〟はADaMaS製Mhwである。となれば、目標の基地に配備された新型Mhwとは、空戦型sksの発展機である可能性が高いのではないか?
「上空の戦闘機部隊、交戦中なのは解っているが、そっちでMhwは確認できるか?」
しかし、その返答が来るよりも早く、その隊長機の右肩が砕け散った。それは、円筒形で先端が円錐状に尖った磁気を帯びた鉄の塊だった。
「おいケビン。いいけどよ?この距離で当てられるのか?」
「どうっすかね?そもそも狙撃の練習なんて入隊時に生身でやったぐらいっすからね。ま、コイツのターゲット補正をあてにするっす」
REVAZZの隊長機は解りやすい。その頭頂部に指揮系統強化のためのブレードが有る。それを持つ機体の胸部にターゲットサイトを定めるが、さすがにpierrotが接地していないことに加え、敵機が前進していることで、照準に小刻みなブレが生じている。
「まぁ、数減らし目的だけど、減らなかったらワリぃっす」
「わーったよ、とっとと撃て」
「あいっす」
pierrotは立て続けに3度トリガーを絞った。電磁気力で加速された弾丸が、まるでカタパルトから真っすぐに飛び立つ戦闘機のように射出される。3発の間に存在する瞬きにも等しい間であっても、ほんの僅かなブレが生じたのだろう。目に見えるわけではないが、3つの弾丸の描く軌道はレールから放たれた瞬間であっても、ほんの僅かな違いがある。その差は、着弾点において最大となって表れた。
初弾はターゲットである隊長機の左肩を打ち抜いた。次弾が捉えたのは、隊長機の斜め後方に居たREVAZZの頭部だ。最後の弾丸は、命中した2機の間を通り、最後尾に並んでいたうちの1機を貫いた。命中箇所は胸部。初撃で1機を仕留めたことになる。
隊長機が被弾の影響で機体を若干左回転させながらよろめく。
「全機散開!動きを止めるな!!」
言い終えるよりも早く、後方でおおきな地響きが発生した。そして同時に、レーダーに表示されていたはずの見方機シグナルが1つ消失する。爆発や飛散こそ無かったものの、僚機が落されたことを理解した。まだ稼働する2機を含めたREVAZZ12機がその進撃速度を早めつつ、まるで月が綺麗に見える位置を探そうとするかのように四方へ散らばった。やがて、角度を変えたことで前面に浮かぶシルエットが、昇る朝日が徐々にその姿を現すかのように、機体の姿へと変えていく。
「KissTissにeS・・・だが間違いない!アレがADaMaS製の新型だ!!全機、余力は無しでいい!あの2機を叩き落せっ!!」
FAUABWSとpierrotを中心に、その前方で扇状に広がった陣形のREVAZZ部隊が、手に持つ銃火器の銃口を2機に向ける。その陣形からの12機による一斉射は、ターゲトに逃げ場を与えない。それが地上ならば。
12の銃口が一斉に火を噴き、おびただしい数の弾丸が2機目掛けて集約されていく。そのうちのいくつかの射線は、ターゲットとの接点がなかったが、それは相手に逃げる方向を失わせるためのものだ。
「ケビン!行くぞ!!」
「もちろんっす!こっちは近距離射撃で行くっす!!」
pierrotは足の裏に接続されているブースターポッドを全開にし、急上昇を仕掛ける。その動きを追うようにREVAZZのマシンガンが上へとその射線を変えていく。熱を纏った弾丸が夜空に美しい放物線を無数に描いていくが、その線がpierrotと交わることは無いようだ。
「そんな・・・まだ上に行けるのか・・・」
FAUABWSはゆらゆらと揺らめいているように見えた。そこに弾丸が飛来する間際、ほんの僅か瞬間的に出力を上げて移動する。慣性や惰性が全くなく、機動予測などできようはずもないその緩急を織り交ぜた動きは、見る者に〝瞬間移動〟を連蔵させるに足りた。
「あ、当たらない・・・?て、テレポートなどと・・・そんなバカなっ!」
「そいじゃあ、コッチからも・・・」
見慣れない物体が突如目の前に現れた時、人はどうするだろうか?その物体との距離が近ければ、ソレが何であるかを確認するよりも早く、手で振り払おうとしないだろうか?今、REVAZZに乗るパイロットたちの心境はこれと似ている。目の前の既知であるMhwという存在が、実は未知な存在だったのだ。その存在が実在であることを確かめようとするかのように、なおもマシンガンを乱発射させる。
「また!消え・・・ナニっ!?」
弾丸が当たると思われた瞬間、FAUABWSはその位置から姿を消した(ように見える)。そして、その場に残されていたものは、今まさに推力を得た直後のミサイルだった。闇夜に白い雲を残しながら、地上のREVAZZ目掛けて6発のミサイルが飛翔し始める。自分の目で見ている事象を脳が理解するよりも早く、新たな事象が発生する。熟練であったとしても、判断力の何割かを奪うには十分だ。6発のミサイルは2つずつの3組に分かれ、3機のREVAZZへ目標を定めた。