第三部 第5話 制空権
ルアンク、ベクスター、ケビンの3人が所属する基地は、今現在であっても〝空軍基地〟のままだ。この戦争は長い。しかし、その開戦時よりMhwは実戦投入され、その有用性が高い評価を得た結果、戦闘行動の主役は驚くほどの速さでMhwへと切り替わっていった。しかし、特に戦闘機が戦場に無い戦闘は無い。Mhwにとってその存在は制空権を委ねる相棒となるからだ。
〝制空権〟。これはMhwにとって無視のできない要素だ。もちろん戦闘機の用途や性能によるが、例えば爆撃機であれば、Mhwでは絶対に届かない高度から一方的な絨毯爆撃を行うことができる。仮に通常の戦闘機であったとしても、ミサイルロックさえ取ることができれば、後は高高度からそれを発射するだけでいい。一発でMhwを撃破できずとも、部位破壊、それすらできずとも行動の制限ができる。これはMhw同士の戦闘にも援護として有用であり、搭載の全弾を撃ち込み役目を終えれば後は帰還すればいい。Mhwが主力の戦場であっても、自軍の戦闘機が全滅したがために撤退を余儀なくされるケースは数多存在するのが今の戦争だ。
彼ら3人が所属する空軍基地は、数ある部隊の中でもトップクラスの戦闘実績を持つ、言ってみれば戦闘機のエース基地である。この基地で育成される戦闘機乗りのスキルは高く、ここから他の空軍基地へパイロット育成官として巣立つ者も少なくない。だが、その個々のスキルの高さが、現在行われているMhwパイロットへの転向を妨げる原因となっている。
戦闘機とMhwでは操縦方法がまるで異なる。方や空を飛び、もう一方は陸を歩く。操縦方法が同じであるはずがない。熟練したパイロットは一様に、それが戦闘機であろうとMhwであろうと、状況に応じて判断するよりも早く、体が反射的に機体を操作する。それを成すのは、なによりも経験値だ。そしてそれは、見方を変えればクセと言って差し支えない。この身に染み付いたクセが戦闘機からMhwに乗り換えたときであっても、戦闘機と同様に出てしまう。しかし、戦闘機とまるで異なる操縦方法である以上、パイロットの意志とは無関係な挙動となってしまう。これが戦闘行動中であればあるほど顕著となるのだから、搭乗機の変更が容易であるはずがない。ルアンクたち3人は、これを克服することができた者だ。実質、それを成し得た者はこの基地でこの3人しか存在しない。そうした背景もあり、100機以上の戦闘機が常に出撃可能状態であるのに対し、Mhwは彼らの3機しか存在せず、ついでにその3機が3機とも〝制空権〟を有するMhwだと言うのだから、この基地は空軍基地のままでいいという基地司令の判断もあり、この基地は空軍基地のままとなっていた。
時刻は夜20時を少し回った。基地内の各所では、夕食を終えた兵士たちが、それぞれの時間を楽しんでいる。読書をする者や、テレビでサッカーを観戦する小集団、テーブルを囲んでポーカーに勤しむ(テーブルの傍らには握りしめられた紙幣がある)者といった具合だ。そんな隙間を縫うようにして、基地全体にアラートが鳴り響いた。
「偵察機より入電!Mhw13機、戦闘機35機接近中。α、Δ部隊へ緊急発進を要請!次いで、AIR-FORCE順次発進願います」
基地内に響いた女性による出撃要請に、要請を受けた部隊の者はもちろん、そうでない部隊の者もどよめいた。直前までそれぞれに興じていたものを放棄する。本は閉じられ、立ち上がると同時に尻ポケットにねじ込まれた。ポーカーの手札は全てが途中でオープンとなり、それぞれに積まれていた紙幣はより一層に皺が刻まれるように無造作に握られる。テレビの中のサッカーだけが、何事もないとばかりにプレーを続けている。
「AIR-FORCE出撃は13番格納庫よ!集まってもいいけど、邪魔はしちゃダメだからね!」
「おいおい、オペ、煽んなよ・・・」
「まったくだ。まぁ、期待の表れだと考えるしかないか」
ルアンクとベクスターが飲みかけのコーヒーをテーブルに戻す。その後ろでカレーを運んできたのはケビンだ。
「自分、まだ飯食ってないっすよ・・・」
「諦めろ(×2)」
これがベクスターだけだったなら、多少の掛け合いが有り得たかもしれないが、ルアンクと揃ってとなると諦めるしかないと考えたケビンは、そっとカレーをテーブルに置いた後、悩ましい視線をカレーに残したまま、2人の後を追った。
向かった13番格納庫では3人よりも早く整備士が集まっているが、明らかにいつもより多い。非番の者やそれこそ隣近所の格納庫担当者も多数集まっているようだ。
「なんだぁ?出撃ってときに整備士がこんなに要らんだろ?」
「そうそう!それに中には普段から機体を見てる人も居るじゃないっすか」
「まぁ、そう言うなや。邪魔はせんからよぅ。実際に飛ぶトコ見んのはほとんどのモンが初めてなんだから、まぁ、許してやれぇい」
若干の訛りがあるような喋り方をする初老の男性は、年齢に似つかわしくない隆々とした肉体を誇っている。整備士仲間でもリーダー的役割の人物で、専らルアンクのThekuynboutの整備を担当している。そう言えば初めてThekuynboutの整備をしたとき、その簡便さにずいぶんと驚いていたことを思い出しながら、ルアンクは答えた。
「構いませんよ。ココにとってみたら、今回の出撃は祭みたいなモンなんですから。それより、戻ったらまた頼んます」
そのまま足を止めずに3人はそれぞれのMhwに乗り込むためのクレーンに乗り込む、アームが彼らをコクピットの高さへ運ぶ間、下からはヤンヤの喝采が聞こえてくる。ルアンクの言った〝祭〟というのは、あながち間違っていないらしい。
コクピットのシートに体を固定させ、Mhwを起動させる。直ぐに基地指令室から指示があった。さっきの敷地内全体放送でみんなを煽った女性だとわかる声だ。
「α隊が先行して発進完了です。順次Δ隊が発進しますので、巡航速度を合わせて北上してください」
「おいおい、オレたちMhwだぜ?走れっての?」
ちゃちゃを入れたのはベクスターだが、オペレーターの女性もどうやらベクスターのことを知っているらしい。
「何言ってんのよ、もぅ。ベク、アンタたちの機体データは知ってるわよ?ちゃっちゃと行って空を制してきなさいな」
「おぉ、コワイ。ヘイヘイ。オレたちAIR-FORCEが出るんだ。初陣だからって、制空権は誰にも渡さんさ」
「よし、解ってるならいい。2人とも、出るぞ!」
それぞれのMhwの特徴的な稼働音が格納庫内に鳴り響く。さすがにその場で離陸は無理なので、とりあえず、徒歩で格納庫を出る。出たところではこれまた想像以上のギャラリーが集まっていた。離陸時のスラスター噴射を解っているのだろう。格納庫出口付近から少し距離を取っている。
「2人とも?離陸と同時に先行するα隊に追いつくぞ。戦闘開始前に何としても合流だ」
「了解!(っす)」
3機の離陸と同時に、眼下では歓声と悲鳴が入り混じっていた。誰もがMhwの離陸を始めて経験したのだ。想定していたよりもスラスターの噴射による乱気流が広範囲に及んだ結果だということが、悲鳴の理由だろうと想像できるが、それが巻き上がる砂塵によるものなのか、数は少ないが気流が女性のスカートを悪戯した結果なのかは彼らには分からない(実際は両方だったが)。そしてこれから、Mhw史上初めての〝制空権〟を巡る戦闘が開始される。