第三部 第4話 pierrot
「それじゃ、僕で最後っすね!」
2人に背を向けたケビンは目の前に立つMhw、pierrotを足元から見上げていく。この機体最大の特徴であろう腰部に接続された多関節アームと、位置的にバックパックの両横にあるアームの先にあるブースターポッドにどうしても目が行く。
このpierrotにも翼は無い。マニュアルにも新技術は記載されていない。それでも、先の2体と同様にこの機体も空を主戦場とするMhwだ。FAUABWSとは対照的にシェイプされた姿そのものは決して悪くは無い。ケビンの感覚としてはカッコイイに分類される外観を持っている。
Mhwは基本的に背部バックパックに機体最大の推進力が設けられている(もちろん、それが絶対ではない)。このパイエロットにも背部にバックパックは存在するし、その形状はオーソドックスなものだ。しかし、実際にはアームを介して腰部に接続されているブースターが、あたかもバックパックに取り付けられた強化ブースターであるかのような印象を与えている。そうしたMhwはこれまで例外なく、高機動を目的としたものであって、空を飛ぶことはない。
このブースターポッド、アームの先端から両側に丸みを帯びた長めのポッドが接続され、それぞれの先端に大型のスラスターが備えられている。これらはアーム同様に多様な形状に変化させることが可能で、全部で4つあるスラスターを1つに集中させることや、アームとポッドの接続部を稼働させることで、そのポッドの上に足を乗せることも可能になっている。そしてむしろその状態こそが、pierrotの本来の姿だと言えるようだ。
「そいじゃあ、行ってくるッスね!」
ケビンの声と同時に背部のスラスターが一斉に噴射を開始した。わずかに膝を曲げ、戻す反動で飛び上がると同時に、スラスターアーム各箇所が機械音を上げ、ブースターポッドを足裏の位置に移動させる。もともとそれを想定された構造であるため、乗るというよりは、接続すると表現した方が正しいだろう。
「なぁ、ルアンク・・・あのpierrotって名前なんだけどな?」
「ああ、Pierrotの読み方を変えたモノだろ?つまり、玉乗りってコトだと思うよ?」
「だよなぁ・・・ケビンに伝えるか?」
「いや、止めとこう。少なくとも今は、ね」
両足の裏にジェット噴射を取り付けて空を飛ぶことを想像できるだろうか?pierrotの機体各所には通常のMhwよりも多いサブスラスターが存在する。これの役割が姿勢制御であることは明白だ。各サブスラスターを細かく噴射させながら、ブースターポッドによる機動に対して懸命な姿勢制御をしている様は、大玉の上でフラフラしながら観客を楽しませるピエロそのものだ。
それでも徐々に安定を増していくpierrotは、Mhw3つ分ぐらいの高さを維持したまま、各所の制御を繰り返している。どこかを動かせば、やはりバランスを崩しそうになるが、崩れてから安定までの間隔が繰り返す度に短くなる。5分と経たない間に、機体のどこを可動させても肢体は安定を保ったままでいられるようになっていた。
「ケビンってMhwの曲芸師だったか?」
「いや、戦闘機乗りだったと記憶してるけどね・・・認識、改めてもいいかもしれないね」
ルアンクとベクスターのやりとりはもちろん無線の電波に乗っていない。だからこそ、pierrotのコクピットから、ケビンの嬉しそうな声が電波に乗ってスピーカーから流れて来る。
「いよぉし!だいぶ慣れたっすよ。ちょっといろいろ試してみるっすね!!」
「おー、いいけど、落っこちんなよ?」
「んだと?ベク!ボクの曲芸みてビビんなっすよ?」
ケビンの言葉に「曲芸」が含まれていることに気付いた瞬間、ベクスターはマイクスイッチから慌てて手を離した。ついでにケビンがpierrotのカメラでこっちを見てるとマズいと思い、顔を下に向ける。自然と浮かび上がってしまう苦笑いを隠すためだ。
「アイツ、自分で〝曲芸〟って言ったよな・・・」
「ああ、言ったね。認識共有ができててなによりだ」
ベクスターとは対照的に、ルアンクは全く動じずに空中に浮かんでいるpierrotを見上げている。ただしその表情には〝呆れ〟が浮かんでいるように見えた。
しかし〝曲芸〟とは言い得て妙だ。機体の四肢のみならず、機体全体を巧みに操り空中でのバランスを維持するpierrotに、最初に見えた不安定さは微塵も無い。それどころか、pierrotは地面という起点が無いにも関わらず、前転、側転、バク転に宙返り(もともと宙だが)を次々に繰り出している。それも、1つ1つの動作を途切れさせることなく、流れるような一連の動作となっているのだから驚きだ。
ピエロという職業は、その曲芸を極めて人々に笑いや笑顔を届ける。しかしそれは、大道芸やサーカスといった場面においてのことだ。ピエロにはもう1つの側面がある。〝Coulrophobia〟を植え付ける存在だ。一般的には〝ピエロ恐怖症〟と呼ばれている。昔から、これを題材にし、ピエロを悪役に据えた映画などが作られてきたほどだ。地面に接することなく、Mhwの常識をもってすれば奇妙としか言いようのない挙動を示し続けるpierrotが、StareGazerのパイロットたちに対して、Coulrophobiaを引き起こさせる可能性すらあるのではないだろうか。それには機体色も重要な役割を担うだろう。ピエロのイメージ的カラーとは何だろうか?世界的なハンバーガーチェーン店に居るピエロは、赤白のボーダーインナーに黄色のツナギを着ている。派手な印象のあるピエロではあるが、このpierrotの機体は赤と白に塗り分けられ、それほど奇抜な配色はされていないようだ。
「正直言って、目の前の空中でMhwが踊ってたら、俺ならガン無視しちゃうね」
「あー・・・それは解るな・・・できれば出会いたくない相手だね・・・」
この荒野に用意されたMhw3機は、いずれも〝中空〟戦闘を意識した機体だ。乗り手が元戦闘機乗りであることを考慮した結果だろう。そしてこの3機には、それぞれに中空での〝在り方〟に(現状では)唯一無二の特徴が持たされている。
ThekuynboutはMhwでありながら、戦闘機同様の機動性を有している。Mhwとして本来有する機動性も合わせれば戦闘機以上であることは間違いない。パイロットにかかる負荷を度外視すれば、戦闘機並の推進性能がありながら、急旋回、急停止が可能なのだ。夏の終わりに、特に夕焼けに映える赤トンボを思い描いてほしい。あのトンボと同じ機動性を確保した機動兵器は存在しない。このThekuynbouが生み出されるまでは。
FAUABWSの軌道をUFOに例えたが、実戦を考えた場合にもっと近い存在がある。タンポポの綿毛がそれだ。空中をフワフワと漂い、掴もうと手を伸ばすと、自らの手が作り出した気流で綿毛がスルリと手から逃れていく。実際にFAUABWSに向けてライフルを撃てば、その風圧でヒラリとはもちろんいかないが、パイロットであるベクスターの技量でそれらしく振舞うことは可能だろう。Mhwが宙を漂う様そのものが異質なことに加え、目の前でヒラリと躱されようものならば、〝この機体に当てられない〟と錯覚しても不思議ではない。
pierrotの空中での在り方を表現することは難しい。他の2機のような“飛行〟でも〝浮遊〟でもないその様子は、宇宙空間に似ていると言っていいだろう。重力という制約がある中で、Mhwほどの質量を物理法則を無視するかのように躍らせるその様子は、Noah’s-Ark内でいつしか〝気狂いピエロ〟と通称された。