第三部 第3話 FAUABWS
「それじゃ、次は俺の番かな」
ベクスターは腰に手を当てたまま、仁王立ちで自身のMhw「FAUABWS」を見上げた。この機体に翼は無い。見た限りで空を飛ぶとは思えないほどの重量感を持つ機体だが、その名にはFlight-Armor-Unitとある。そしてそのユニットにはBack-Weaponがシステム化されていることが解る。Flight-Armor-Unit-And-Back-Weapon-Systemだ。
「コレって、背面武装装置一体型飛翔装備ってコトっすかね?」
「まぁ・・・文字で理解すればそういうことになるなぁ」
「飛べるんすか?コレ?」
「ADaMaSが造ったんだから、飛ぶんじゃないのか?・・・知らんけど」
Thekuynbout同様に、だが緑の光を放ったFAUABWSは、その代名詞であるユニットに存在する各部のインテークに見えるような箇所から熱風を噴出した。それは最初、白い湯気のように見えた。その後、白い靄を見ることは無かったが、インテーク周辺の外装が揺らいで見える。そこからは相当な高温が発せられているようだ。大きなものは4つ。胸部の左右に肩から前に下がるように付いているものと、それと対になるように背部にあるが、背部のものは一段と大きい。
「アレって熱核エンジンだとしたら、かなり燃費悪いんじゃないんすかね?」
ケビンの疑問も当然のことだが、ルアンクがその問いに何かを答えようとするよりも早く、何かが回転するような音が辺りに響き渡った。耳をつんざくような高音だったその音は、時間の経過と共に静かに、でも確かな回転音を奏でている。
「おい・・・ケビン・・・アレ、見ろよ・・・浮いてる・・・よな?」
ルアンクとケビンはそれぞれに雰囲気が異なってはいるものの、一様に驚きの表情を浮かべずにはいられなかった。スラスターの噴射が行われているわけでもないFAUABWSの足が、地面とほんの少しの距離を置いている。実際には車1台分ぐらいだろうか?ケビンはただ純粋に、FAUABWSが浮いている事実に驚いた。そしてルアンクは、浮かんだ理由に皆目見当が付かないことに驚いていた。
「浮いてるッすよ、アレ!すげぇ!浮いてるよ、オイ!」
「ああ、やっぱり浮いてるな・・・けど、どうやって浮いてるってんだよ?」
「よし、離陸成功だな。ほんじゃちょっと試運転、行ってくるわ!」
FAUABWSが動き出した。その姿はまるでアイススケートだ。StareGazerに配備されているMhwに、Lyuutという機体がある。その機体は通常よりも二回りほど大きな脚部にホバーの性能を有し、地面に接地することなく、滑るように移動する。しかし、実際に見たところで足と地面が離れていると確認することは困難だと言える程度しか空間は無い。にも拘わらず、FAUABWSは徐々にその高度を上げていく。
「ベク、聞こえるっす?ソレ、どうなってんるんす?」
「ん~?いや、詳細は俺も知らんのよ。ADaMaSの新技術って記述はあったけど、詳細は書いてなかったんよね」
「新技術っすか・・・ソイツって、その新技術とやらのテストも兼ねてるってことっすか?」
正体や原理の分からないものに身を委ねるというのは心地良いものではない。もちろん、先人たちがその不安を、時には犠牲を伴いながらも乗り越えてきたおかげで人類は空を飛ぶことができ、その先で人類は宇宙に進出することができた。
ルアンクは隣で不安そうにしているケビンとは異なり、FAUABWSには視線も送らずに思考の深淵に身を置いていた。
「ケビン、ADaMaSが不確実なモノを寄越すことはないだろう・・・だが、新技術ってのは聞き捨てならんね」
「・・・それは解るッす。既存の物理とは違うって解釈っすよね?それも、Mhwをああも自在に空を飛び回らせる技術っすからね・・・」
今、目の前で起きている事実を的確に捉えているケビンに驚きつつ、ルアンクは空を見上げた。その空を、既存の航空機では不自然と言わざるを得ない軌道でFAUABWSが舞っている。実際に実体験があるわけではないが、目撃したことがあると言う人物たちが見たUFOは、こんな軌道を描いていたのではないかと思わせるほどに不思議な動きだ。
「そうだね・・・Mhwをこうも自由に飛行させてしまう技術が、まったくの新しい技術だと言うならば、それはもう、技術革新と言えるだろうからね」
例えば、炎という存在は初めからあった。これを人類が扱う術を持つことで、地球から見た歴史は大きく変わった。もしも人類がその技術を手にしていなければ、あるいは人類という種は捕食される側の動物だったかもしれない。例えば電気もそうだ。水や風も同様と言えるかもしれない。そして核もそうだ。それらは全て、人類が扱えた時点で技術呼び、そこに革新があった。
科学反応は人類が初めて発見した。しかし、そうなることを発見しただけであり、2つの異なる物質が混じる結果は、そもそも定められていたことだ。ルアンクの考える〝新技術〟とは、〝新発見〟を扱う〝術〟のことだった。
「コレが普及しようモンなら、Mhwの戦闘そのものが変わるっすね・・・」
「ああ、そのとおりだな・・・この技術開発が進んで、ADaMaS以外でも、ある程度誰でもコレを搭載したMhwが操れるようになったとしたら、Mhwに脚は不要になるな」
「まだそこまでの段階には無いってコトっすかね?」
「たぶんな・・・現に、3機のうちアレが搭載されているのは、FAUABWSだけだしな」
「そうっすね・・・ベクっ!操作性とかはどうなんすか?」
ケビンの問いかけにFAUABWSからの応答は無い。スピーカーから時折聞こえる息遣いがベクスターの無事を知らせるのみだ。普段のベクスターならばこんなとき、洒落た返答が複数矢継ぎ早に返って来ることを知っているルアンクとケビンは、返答が無いという異常事態に顔を見合わせる。
「ベクスター!」
たまらずケビンの手から無線マイクを奪うようにして、ルアンクが問いかける。
「・・・少し黙っててくれ・・・今、降りる」
ようやく聞こえたベクスターの声に安堵するものの、2人は声を発することなく、ベクスターが降りて来るのを待った。
「いやースマンスマン。このFAUABWS、ヤバいわ!飛んでて楽しいんだけどよ?ちょっとでも気ぃ抜くと落ちるな、コレ」
コクピットから降りてきたベクスターの額には、汗がびっしりだ。それが集中によるものなのか、冷や汗によるものなのかは、2人に知る術も無い。
「オマぇなぁ!・・・いや、それほどなんすか?ベクのFAUABWSってヤツは・・・」
「ああ、コイツはとんだじゃじゃ馬だぜ?機体を安定させるのがエゲツナイ」
「恐ろしく安定しているように見えたが?」
「いやいや、コイツの飛行と機体の安定は別モノなんよ。もちろん手動でもフルコントロールできるが・・・正直、コイツが普及できるシロモノだとは思えないね、今の段階じゃ」
背後に立つFAUABWSを振り返り、その顔を見上げる。FAUABWSの重厚感と先ほどまでの飛行体験が、改めて威圧感となってベクスターに刺さる。
もしかすれば、これがベクスターでなければ、FAUABWSのパイロットであることを辞退していたかもしれない。それ以前に、再び大地に降り立つことが出来なかったかもしれない。しかしベクスターは笑った。
「これからよろしく頼むぜ、相棒。直ぐに乗りこなしてやるからな」
そう語るベクスターに応えるかのように、開かれたままのコクピット内コンソールに、
「Maganun-Flight-System DOWN」の文字が浮かんでいた。




