第三部 第1話 空を飛ぶ者
「うん、空を飛ぶにはいい天気だ」
ルアンク・ボティーヌの見上げる空には、わずかに雲が白さを覗かせている箇所以外、澄み渡った薄い青が、見える限りの空を染めあげていた。ほぼ真上から降り注ぐ太陽は、視線によっては目を開けていられない。
「飛ぶって言っても、俺たちもう戦闘機乗りじゃないぜ?」
「そうっすよー。それに飛ぶって言えるのって、ルアンク隊長の機体ぐらいでしょ?」
ルアンクの両脇に並ぶように立つ2人、ベクスター・マイネルとケビン・エデューソンは、ルアンクと共に戦闘機からMhwへとパイロット転換を果たしている。この転換は、戦場におけるMhwの優位性からNoah’s-Ark内で盛んに行われていたが、戦闘機とMhwを比較した場合の生産コスト差が大きいという背景とともに、その操縦の複雑さから実際にMhwパイロットとして転換を完了した者はそれほど多くは無かった。
ルアンク・ボティーヌ少佐は空軍におけるエースパイロットだった人物だ。対戦闘機戦における実績は言わずもがな、彼に至っては少なくないMhw撃破実績を持っている。Mhwにとって頭上を抑えられるという不利を計算したとしても、Mhwの持つそもそもの汎用性はそれまでの兵器をはるかに凌駕しているのだから、戦闘機でのMhw撃破ともなればたとえそれが1機だけだったとしても階級が上がるほどの功績だ。
岩山が多く顔を覗かせる荒涼とした砂漠地帯に立つ3人は、目の前で自分たちの対となるように立ち並ぶMhwを見上げていた。ルアンクの前に立つMhwはsksに見えなくはないが、面影を残す程度でしかない。もともとスリムな印象のあるsksをさらに全体的にシェイプしたような素体と、薄く長く変更されている各部アーマー類によって、sksが本来持っているシャープなイメージがより先鋭的となっている。
この機体最大の特徴は背部だろう。そこにはどう見ても戦闘機の可変翼だと言い切れる翼が備わっている。しかし、その取り付けられた向きを考えれば、翼ではなくスタビライザーなのかもしれない。よく見れば、その翼は単独パーツになっており、稼働するであろう接続アームとスラスターが一体となったパーツによって、機体背部と連結されている。現状では2枚並ぶ背ビレのようなその翼の間には本物のスタビライザーも見える。
パイロットが戦闘機乗りとして名を馳せたルアンクであることを考えれば、この機体が空を飛ぶ機体である可能性は高い。空力特性を持っているように見えるこの機体は、その名を〝Thekuynbout〟と言った。
ベクスター・マイネル中尉とルアンクは幼馴染だ。軍に入った時期がルアンクの方が早いおかげで階級に差はあるが、会話の様子からそれほど上下関係は互いに気にしていないようだ。ベクスターの入隊以来、ケビンも同じだが、ずっと空軍で同じ部隊に属していた。
「ベク、オマエの機体って、これでイケるのか?」
「そりゃ、オマエのThekuynboutってワケにゃいかんだろうさ。けどコレでイケるってんだから、ADaMaSってトコロは恐ろしいな・・・」
ベクスターの前に立つMhwは、IHC製Mhwである〝KissTiss〟に似ている。キスティスはスケィスの前に開発された中距離支援型Mhwであり、その最大の特徴は両肩の後ろからせり出す、背部バックパック一体型のキャノン砲だ。ところがこのKissTissらしきMhw、そのキャノン砲がバックパックに収納されたような状態で背面腰部に位置している。代わりに、大型のビームキャノンとミサイルポッドが大型のスラスターと一体型になっている別装備を、まるで頭から被っている袈裟のように装着している。Flight-Armor-Unit-And-Back-Weapon-Systemと正式名称を持つその装備は略称され、FAUABWSと名付けられた。これはそのまま機体名称となっているのだが、実物を見る限りではおよそ空を飛べるとは思えない重装備Mhwだ。
「ADaMaSが恐ろしいってのには同感っすね。ベクのはまだいいでしょ?僕のなんて、制御できるなんて思えないっすよ、コレ・・・」
「あー・・・確かにな。いや、ホント、ADaMaSってトコは怖いねぇ」
ケビン・エデューソン少尉とベクスターは同じ年齢だ。彼もまた、入隊からずっとルアンクの部下であり、ベクスターとは親友と言えるほどの関係を築いてきた。戦闘機での戦場では2人のサポート的立ち回りが多かったが、彼ら3人による連携飛行、戦闘行動は空軍基地内でも戦闘機乗りの模範となっていた。
ケビンの前に立つMhwはIHC製Mhw〝eS〟の外観を持っている。eSはいわゆる量産機だNoah's-Arkでもっとも多く配備されている。sks開発に向けて先行開発された機体であり、量産化に向け各部を簡素化した機体であるため、eSそのものに目立った特徴は無い。ケビンの目に映るMhwも、一見するとeSそのものに見えるが、ただでさえ軽量な機体をさらに全体的に軽量化されている。
このMhwはFAUABWS同様に、その装備に特徴が色濃く表れていた。装備している長尺のライフルはグリップが逆手になっており、その尺の半分は強力な電磁波を発生させる板であることから、これがレールガンだということが解る。さらに、腰部から多関節アームにより接続されている大出力ブースターが存在し、アームの位置によって背部バックパックのようにも、コレに乗るような状態を作り出すこともできるこの機体は〝pierrot〟と呼ばれた。道化師のことである。
これら3機は彼ら3名の専用機として開発されたものであり、ADaMaS製Mhwだ。戦闘機パイロットであった3名の能力が活かせるように製造されたこれら機体は、それぞれに飛び方が異なるが3機とも宙を舞う。この3機による小隊は、Mhwによる編成でありながら、〝AIR-FORCE〟と名付けられた。
「2人とも、マニュアルは頭に入ってるかい?」
3人はMhwへのコンバート訓練で優秀な成績を修めている。ただしそれは、地上を〝歩く〟ことが基本的な移動手段であるMhwだ。当然ながら、空を飛翔するMhwについては、そのシミュレーターすら存在しないことが物語るように、その操縦方法どころか、コクピット内の各種操作が根本的に異なる。
「入れたつもりだがなぁ・・・」
「そうっすね・・・コレばっかりはやってみないとなんとも・・・」
「まぁ、万が一事故っても、ここらには何も無いからなぁ・・・心置きなく飛んでくれ」
天気は快晴。これがレジャーで飛ぶ何かなら、さぞ気持ちいい空を体験できたことだろう。例えレジャーでなくとも、3人はもともと戦闘機乗りだ。3人とも、空を飛ぶことに憧れ、そのスキルを身につけ、いつしかそれを職業とした者だ。
空を飛ぶことに憧れを持つ者は少なくない。遥か昔、初めて空を飛んだ人物は憧れを胸に抱き誰も成したことの無い偉業に挑戦し、これを成した。そこにある危険を常に背負ってきたはずだ。初めて飛行機を飛ばした者、初めて気球を飛ばした者、初めてパラシュートやグライダーで滑空した者、また、身一つで空を飛んだ者。今の3人は彼らと同じだ。これから行われるのは、空を漂う〝浮遊〟ではない。彼らは初めてMhwで空を飛翔した者という称号への挑戦だった。




