第二部 終話 見据える者
「アイさん!Attis後退です。隊長、帰って来ますよ」
えーっと・・・なんでだろう?素直に喜べないのは気のせいかな?私、ちゃんと1晩断ったわよね?いや、言ったのは覚えてるんだけどね、アイツ、「あんがとよ」って返して来た気がするのよね~。ちゃんと聞こえてなかったのか、Attis相手で頭の処理能力が一時的に低下してたのか・・・もともと一般常識が底辺だってのは、そのとーりなんだけれど。
「ウル、アンタ、ポチっとな、したわよね?何を撃ったのよ?まさかAttis?」
「アイさん、流石にアレは狙えませんよ~。敵の母艦みたいなデッかいのですよ?」
そっか・・・この子、ゆーても士官学校主席だったわよね。主席だからっていきなりADaMaS製Mhwって不思議だったけど、ADaMaS製に相当する〝ナニか〟を持ってる子だって、改めて認識したわ。
この子とカンゼオンって、たった一撃で戦局を覆せる力を秘めてるのね。部隊としては心強い。私としては、この子は部隊の目と耳だって考えてたけど、いや、それで合ってるんだけど、同時に切り札でもあるのね。この子からの入力を私が処理して、3人に指示を出すってスタイルだと考えてたけど、ちょっとチガウっぽい。チガウのは私の役割。私は〝攻撃〟を指示するんじゃなくて、この子を〝護る〟ための指示を出すことになりそうね。
「なるほどね・・・旗艦にぶち込んだから、相手が慌てて撤退を決めたってとこかしら。なんにしても、ウル、助かったわ。ありがとう」
「!?・・・なんかこそぐったいですね・・・でも、嬉しいです」
「アイさ~ん、たいちょ、戻ってきましたよ~」
「オーイ、たいちょー!お疲れ様~」
あ・・・忘れてた・・・いや、忘れたかった。
もちろん、部隊の隊長だし、生きて帰ってきたことは喜ばしいことよ?無傷じゃないどころか、片腕引きずってるけど、イザナギも無事?だしね。ただね~、離れる前のあの発言はナイよね。うん、アレはセクハラ認定できるわね。そう!セクハラよ!よし、対応はソレでいいとして、とりあえずはスルーしておこう。
「おーう!腕吹っ飛ばされちまったけど、帰って来たぜー」
「とりま、生きてたからいいんじゃないですか?」
「もぅ、いろいろ疲れたから、とにかく基地に帰りましょう」
疲れたのは本音よ?できることなら、基地に戻ってMhw降りて、シャワーだけさっさと浴びてそのまま寝たいわよね。准将、許してくれるかなー・・・ダメだよな~。さすがに報告はしないと、だよね・・・アレ?ちょっとまって・・・そもそもなんだけど、准将への報告って本来私じゃないんじゃないの?それって隊長の仕事よね?
「隊長?基地に戻ったら、戦闘データは後日、誰かにやらせますけど、Attisと直にヤりあったんですから、コールマン准将に報告、お願いしますね」
さらっと押し付けちゃおーっと。どうよ?この自然な押し付け方。
「えー・・・ヤダよ。オレぁ疲れてんのよ?あのAttisとヤりあってきたのよ?むしろサービスされちゃいたいぐらいだぜ?」
あ、私のアンテナが反応しちゃったね、コレ。サービスだって?おうおうおう、どんなサービスがご希望なのよ?激痛必至の足つぼマッサージでいいか?ん?
「・・・と、まぁ、言いたいとこなんだがな?」
言ってるじゃないか・・・
「今回はオレが行くわ。ヤツとヤりあって、最後にお互い帰ろうかってなって思い知ったんだけどな。この戦争の勝ち負けって何よ?オレたちStareGazerかヤツのNoah’s-Ark、どっちかが全滅することか?」
なによ・・・いつになく真面目じゃない。Attisとの戦闘によっぽど思うところがあったのね。
「そうね。この戦争に勝ったとして、勝った方は何を得るのかしら?負けた方は何を失う?ウルにとってはこれからだから、聞くのツライかもしれないけど、この戦争に意味があるのかは知りたいわね・・・隊長、私も同行します」
隊長は隊長なりに考えて戦争してるのね。いや、pentagramだけじゃない。この戦争に関わってる者全員、この戦争そのものに疑問を持ちながら関わり続けてるんじゃないかしら。けど、それと准将への報告ってどうつながるんだろう?この人が准将に何を聞こうとしてるのかは興味あるわね。
私たちpentagramは、この後特に何事もなく基地に戻ったわ。最初、戻ったイザナギを見て整備の人たちから落胆の色が滲み出てたけど、相手があのAttisで、しかも頭部を吹き飛ばしたって聞いて、逆に色めき立ってたわね。まぁ、私たちStareGazerからすれば、〝赤い悪魔〟って恐れられてる存在だモン。そのドタマ吹っ飛ばした隊長は、さながら勇者扱いね。
ほどなくして、隊長と2人で准将の部屋を訪ねたわ。他の3人は、よっぽど疲れたのね。3人とももう休むって言って部屋に戻っていった。
「・・・以上がAttisとの戦闘状況だぜ」
「・・・大したものだね。あのAttisと互角か」
「互角ねぇ・・・じょーちゃんの一発で大局的には戦闘に勝利したと言えるかもしれんが、オレとアイツの闘いとしちゃぁ、引き分けにもならん」
〝大局〟なんて言葉、隊長、知ってたのね・・・まぁ、欠損した部位の質量としたら、とーぜん腕持ってかれた隊長の方が分が悪いけど、頭部って結構重要よ?サブカメラとかあったでしょうけど、メインのカメラやセンサー類を失ったAttisと、片腕無くしたイザナギなら、引き分けでもいいんじゃないかしら。いや、別に隊長のフォローする気なんてサラサラ無いけどさ。
「ふむ・・・何か言いたげだね」
「ああ、ある。けどよ・・・正直なところ、いろんな意味で言っていいのかどうか・・・」
「では、軍属であることを抜きにすればどうかな?言いやすくならないかい?」
「うーん・・・じゃあ言うわ。この戦争って、上のヒトたちにゃあ〝目的〟ってモンがあるのか?」
うん、いい質問だわ。この質問に答える前に、准将が胸の階級章を外して机に置いた。それも裏返しで。
「ふー・・・これは私の個人としての考えだ。今のこの戦争における目的はズバリ〝戦争〟だと考えている」
ん?戦争の目的が戦争?・・・一瞬戸惑ったけど、なんだろう?分かる気がする。
「アイ君。分かるかな?」
「はい。でも間違ってたらすいません」
過去、世界で起こった戦争を見れば、対立する2者間であっても〝協議〟は常に存在した。いわゆる話し合いで解決ってことよね。でも、私の知る限りで、そうした類のモノはここ10年、聞いたことが無い。いえ、10年じゃすまないかも。それはつまり、〝平和的解決〟を放棄しているのであって、もっと言えば、解決そのものを放棄しているようにさえ感じるのよね。
「戦争を終わらせるつもりがあるように感じられないんです・・・大儀って言うんでしょうか?ソレが感じられないんです」
「うん。正しい見え方だ。やはり君たちは優秀だよ。だが、私を含め、pentagramは軍属だ」
そう言うと、准将はそっと机の上に手を伸ばし、裏にしておいた階級章をひっくり返した。ハッキリとその階級が見えたし、私自身、自分の胸にある階級章を見たわ。
そう。私はStareGazer。軍人。でも、この会話はナニ?これじゃあ、次の戦闘でどう戦えばいいのか分からない。ウソじゃ困るけど、大儀が無ければ戦争なんてできっこない。
「今はね、ガマンなんだ。正直、軍内部でも疑問を持つ者はわずかしかいない。もしかしたら、世間でもそうだよ。でもそのわずかな人々は待っているんだ。誰かが、それはおそらく軍属でない者だと思うけど、動き出すその瞬間をね」
准将が何の目的でpentagramを創ったのか、なんとなく解った気がしたわ。准将は信頼できる。信頼できる上官が待つというのなら、それを信じられる私は、みんなとその瞬間が来た時のために備える。その瞬間以降に私の〝大儀〟があるような気がする。今はただ、その〝大儀〟に、光が宿っていることを願うわ。
「「戦争の目的、か・・・」
窓の外に見える景色は赤く染まり、そうさせている張本人である太陽の姿はほとんど見えない。机の上では、まるでコールマンの自問に応えるようにグラスの中にある氷が〝カラン〟と心地よい音を室内に響かせた。
アキラとアイが報告に来たとき、まだ透明であったその中身は、彼らの退出後に褐色なものへと注ぎ変えられていた。コールマンはそれほどアルコール類を好まない。付き合いや将校としてのたしなみ程度だ。それでも手を出しただけの〝重さ〟が3人の会話にあった。
戦争には〝大儀〟と呼ばれる目的が存在する。それは、戦争に関わる者全員が持っているはずのものだ。大儀の無い戦争行為はただの〝虐殺〟であり、人から支持される要素は微塵も無い。そしてこの大儀は、個々によって異なり、相対する2者間にあっては、互いに理解できるものではない。そしてそれは、難しい言葉を並べ立てる必要も無い。ただ単純に、地球という至宝を奪い合っているだけのことなのだから。
深い思考に潜り込んでいたコールマンを呼び戻したのは、やはりグラスの中で氷が奏でた心地よい音色だった。どれほど考えようが、答えを得ることのできない難問に囚われていたことに気付いたコールマンは自らを嘲笑した。
「ハハハ・・・いっそ、軍人辞めて農家にでもなれば、こんな世界と決別できるか・・・いや、そうするには、世界が戦争に染まり過ぎたな」
ブランデーをグラスに注いだところまでは記憶にあるが、それを口にした記憶が無い。グラスの底と机の境界に、まるで透明な溶接痕かのように水滴が溜まっている。それでも氷が残っているのだから、グラスの中で揺らぐブランデーの冷え具合が想像できる。グラスに手を伸ばし、半分ほどの量を一気に喉へ流し込む。ブランデーの本来の楽しみ方でないことは承知しているが、氷で薄まったとは言え、それでも喉をヒリつかせるような刺激が、一気に駆け降りていく。
喉を走った刺激と、程よいアルコールが、コールマンの思考を加速させた。
「結局、人は人である以上、争いからは逃れられない生き物だな」
争いが起こる根底とは、つまりは〝利権〟と〝文明〟だ。人は求める利権を宇宙にまで拡大し、文明はそれを可能にするほど高度化した。この2つを手放すことは、人間にできることではないのだから、争いの無い世界などというものは存在しないし、生み出すことも敵わない。人にできることがあるとすれば、起こる争いを可能な限り早く終わらせることぐらいだが、それを成す側は自身の利害を求めてはならないのだから、その達成は不可能に近い。
「私はそれを成そうとする者たちと出会うことができるだろうか?」
それはコールマンの決意でもある。その意志を持つ者が現れたとき、必ずその力になることを自らに課している。pentagramはその〝力〟とするためだ。そのために人選をし、ADaMaS製Mhwを入手した。この目的のために、15年の歳月を使った。
「最後の鍵だけは、僕の手の内に無いからな・・・」
コールマンが見つめる先は窓の外だ。その景色に応えは無いが、求めている相手を、その心ではしっかりと見据えることが出来ている。
「必ず世界は動く。それまでは・・・」
手にしたグラスを窓の方へ向けると、外から差し込む光を七色に取り込む。
「残りの半分は、pentagramの出発に」
グラスに残ったブランデーを少し掲げ、一思いに飲み干した。