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第二部 pentagram(五芒星)
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第二部 第9話 牙と爪

 「あっぶねーな!思ってたより全然はえぇっ!」

Attis(アティス)の機体が、ほんのわずかに沈み込んだのが見えた。おそらくアキラでなければソレを見落としていただろう。機械であるはずのMhw(ミュー)だが、その動きは人間と大差が無いように見える。例えば人が走り出そうとする瞬間、蹴り足に重心が移動し、沈み込んだ脚が反動を使って最初の一歩、前へ進む原動力を得る。このとき、沈み込む深さが浅くとも、脚力が十分に備わっていれば初動は速い。

 「とか言いながらも、ちゃっかり避けてんじゃねーよ!なんちゅー反射神経してやがんだ!」

Mhwによる格闘戦は、その巨体故に間合いが広く感じられる。しかし、Mhwには人にない〝スラスター〟という推力を持っている。簡単に言えば、予備動作無しであったとしても、スラスターの推力を使って間合いを詰めることが可能であって、それはつまり、人間のような予備動作が必要ないことを意味している。だが、パイロットの技量が上がれば上がるほど、この予備動作は重要なモノとなってくる。機械同士の戦闘において、機械に任せた戦闘をしていたのでは型にはまった戦い方しかできず、パイロットが搭乗しているという最大のメリットを活かすことができないのだ。Mhwを制御するのはOSだ。パイロットは動作指示をしているに過ぎない。しかし、一般的に「格闘機乗り」と呼ばれる者たちは、このOSの制御を無視した操作ができる。正しく「Mhwを手足のように扱う」ことができる者たちである。そして格闘機乗りの最高峰に位置する者たちは、人体と同様にMhwを制御し、さらにMhwでなければ成し得ない動作を織り交ぜる。

 フロイトはAttisの初動に対し、沈み込みを悟られない程度の最小限に抑え、スラスターを足裏のみに絞った。これにより、スラスターの予備熱すら相手に感知させないことが前提の初撃だった。Mhwにも人体と同じく、重心は腰にある。もしも下手なパイロットがコレと同様なことをしようものなら、足裏から来る推力に上半身が負け、上体を反らしたような恰好となり、それこそ初撃という動作を行うに至らない。これを初撃という一瞬の動作の中に完結させる技量を持つヴォルフゲン・フロイトという人物が、相対するアキラの脳に危険人物であることを認識させた。

 Mhwは機械であり、操縦者が存在する。パイロットがMhwに腕を挙げさせようとしたとする。このとき、コクピット内の操縦桿から指示が発せられ、それがコンピューターで処理される。処理された結果が駆動系に伝達され、各関節がそれらの指示に従った可動を開始する。その可動内部では例えば、最初の歯車が回転することで2つ目の歯車が回転し、その先にあるピストンを動かす。これらの動きの結果として、Mhwは腕を挙げる。その仕組みは人間も似たようなものであり、外部から入力があり、それを判断し、脳が結果を伝達すると筋肉が動き、人は動くことができる。

 Attisの僅かな沈み込みを見たと判断した瞬間から、実際にイザナギが身を翻すように躱してみせる結果に至るまで、膨大な指示伝達がアキラの内でもイザナギの内部でも実行されていた。それはモニター越しに見た〝Attisの沈み込み〟という情報がアキラの目から入り、脳に運ばれた後〝回避〟という結果に変換され、それがアキラの手まで戻る。次にソレは、操縦桿を介してイザナギへと伝わり、メインコンピューターへたどり着く。その信号は回避を実現するための指示信号となり、イザナギの全身へ散らばり行動を起こした結果、Attisの爪が僅かの差で空を斬った。これほどに膨大な伝達を相手の斬撃到達に間に合うように完結させられる技量を持つアキラ・リオカという人物が、相対するフロイトの脳に危険人物であることを認識させた。

 二人が争っているのは、Mhw1機分の間合いだ。アキラのイザナギにとっては、密接すれど腕をフックのように降り抜けるだけの距離が理想であり、フロイトのAttisにとっては、腕を前に突き出した先にイザナギが存在している距離が理想だ。

 2機は目まぐるしく、しかし示し合わせたかのように、交互に互いの間合いを取り合った。互いに一呼吸すらの暇も与えられない攻防が続くが、どちらの攻撃も相手の機体にかすりもしない。映画などで目にする、よく練られた殺陣のようにすら感じる。

 数えることすら許されないほどの応酬の中、Attisの振りかぶりが今までよりもわずかに大きい。その隙を逃すまいと一歩踏み込もうとしたイザナギに衝撃が走った。Attisが足のつま先を利用してそこにあった切断された巨木の一部を蹴り上げた結果だった。Attisが現れた時に切り倒された木だった。これが衝突した衝撃は、前に踏み込もうとしたイザナギをその場に押しとどめ、ほんの一瞬、動きを止めるに十分だった。Attisとフロイトが、その作り出した隙を狙わないわけがない。

 横薙ぎに振るわれる爪を躱すだけの時間をイザナギは持っていなかった。そのことに気付いたアキラは、自らの刃で爪を受け、その軌道を上方へ誘導した。ソレは驚いたことに、互いの刃が初めて衝突した瞬間でもあった。イザナギから見て左上方へ逸れた爪が、キラリと光を反射する。その光が無ければ、アキラは死んでいたかもしれない。Attisの振るう刃は爪の形状をしていたが、刃そのものは内側だけでなく、外側にも存在したのだ。アキラの生まれた国に遥か昔実在した武士が振るったという、燕返しと呼ばれた剣技が脳裏に浮かぶ。

 フロイトのAttisは、あたかも手の甲で上から打ち付けるかのように爪の外側にある刃を振り下ろした。初撃を逸らす反動に耐えるため、屈んだ体制にあるイザナギにこれを躱す術はないとフロイトは確信していた。

 Attisの裏拳とも言える刃は空を斬った。そこに存在するはずのイザナギの姿は無い。いや、正確にはさらに下。まるでうつ伏せに寝るかのようだ。

「オイオイ、さらに下かよ!って、な!?」

フロイトは自分の目を疑った。今、目の前で起きているMhwの動きが、いくらMhwだからと言ってとても本当にできる動きだとは思えなかった。うつ伏せた状態から脚を上方へ持ち上げ、スラスターを最大限に活用することで、まるでイザナギの身体がシャチホコのように足裏を見せたかと思った次の瞬間、足裏の向こうから太ももが見え、その向こうから胸が見え、光るモノアイが見えた。その向こうに伸ばされた腕の先、手に持つ刃がまるで牙かのようにAttisに突き立てられようとしていた。

 イザナギの牙はAttisに当たることなく、地面を突き刺した。イザナギの目の前にAttisの姿は無い。気が付くとAttisとイザナギは背中合わせに立ち合っていた。

 振り下ろした爪のおかげというべきか。イザナギと真正面で向き合っていなかったAttisは、瞬時にスラスターを最大出力で噴射した。Attisはイザナギの牙を、その持ち主であるイザナギの脇をすり抜けるかのように躱していたのだ。

 「ってぇ~・・・軽くムチ打ちになりそうだよ。なぁ、アキラ・・・オレのコレ、Astaroth(アスタロト)って言うんだ。AstarothのTEST(テスト)機体。A(エー)-Tes(テス)。そこからアティス。これがコイツの機体名さ、アンタのその牙、名前はあるのか?」

「き、牙?ああ、コイツか?」

イザナギは右手の方に握っている武器を持ち上げて見た。確かにこの形状、2本であることと合わせて牙のように見える。アキラはさらに牙に見えるよう、切っ先を下に2本を揃えて見せた。

「ば、バンピィアって言うんだぜ」

本当は〝バンパイア〟と言いたかった。

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