第十四部 第10話 それほど遠くはない
「また新たな艦隊が上がってきたようですよ?」
セシルの座るシートの前に並んでいるモニターには、中心に丸い球体が映し出されている。その球体の周辺には浮かんでいるように見える円筒形のものと、もう1つ球体がある。コンピューター内で立体的に映し出されているソレは、いわゆる地球圏を現した地図のようなモノだ。
セシルの声に反応したミシェルとナナクルは、互いに一瞬目線を交わし、セシルを挟むように近づいた。
「どれ?」
セシルの右横に位置したミシェルは、セシルの座るシートの背に肩肘をかけるようにしてモニターを凝視している。そうした様子は視界の隅だったり雰囲気だったりで何となく察したりするものだ。中央の地球を模した球体から宙に上がってきていることを示す点線の先にある3つの点を指示した。
「これですね。戦艦3隻・・・所属はNoah’s-Arkですね」
「数日前から次々に上がってくるな・・・これじゃあ地上の戦力が空にならないか?」
「さすがに残してるでしょう?言ってもNoah’s-Arkだもの。それだけの規模はあるわよ。それにしてもこの動きと位置・・・」
ミシェルは残している右手をモニターの方へすっと伸ばし、人差し指、中指と親指を揃えてモニターに触れたかと思うと、揃っていた3指から親指だけを離して間隔を広げた。どうやらモニターにはタッチセンサーが組み込まれていたらしく、ミシェルの指の動きに合わせて最初に触れていた箇所が拡大された。
「ええ。この3隻にこれまで上がってきているいずれの艦隊とも合流するような雰囲気、無いんですよ。それはこれまでの他の動きとは明らかに異なりますし、動きにハッキリとした目的地が設定されているように感じますね」
「うーん、と、なると・・・」
次いでミシェルとはセシルを挟んで反対側からも右手が伸びてきた。ただミシェルと違ったのは、指し伸ばされた指先が人差し指と中指だけだったことだろうか。モニターの左上部辺りにその2指を触れさせると、モニター中央に向かって滑らせた。
それは現状の動きから推測できる移動先、つまりはセシルの言った〝目的地〟を、指先の動きに合わせてモニター中央に映し出させた。
「ここか?・・・軍事要塞モンテゼーロ」
「おそらくはそうかと・・・」
最後にセシルが、画面中央に呼び出された菱形のようなマーカーを人差し指1本で軽くタップした。一瞬で表示されていた地図がモニターの半分の大きさに縮み、セシルの触れた菱形から伸びた直線が残りの半分の空白部分に繋がったかと思うと、そこにはモンテゼーロの実際の写真と、その詳細なデータが表示された。
「モンテゼーロ・・・って確か巨大な隕石を改造したのよね?しかも、そのの半分ほどが氷の塊だったわよね?水資源衛星でもあるけれど、軍事要塞としてもそれなりの規模よ?3隻だけって・・・」
「ああ。過ぎるとは言わんが、増援だと考えた場合には十分とは言えないだろうな。Noah’s-Arkは物量に困っていないってんなら猶更だ」
「でもこれ・・・やっぱり予想どおり、前面衝突に向かう前兆・・・ですか?」
セシルの言う前面衝突はA2内ですでに予測された事態ではある。それまでの両軍において、戦闘行動の勝敗はMhwで決まると言っていい。もちろんその物量は重要な要素ではあるが、ADaMaS製Mhwという存在は、戦闘の勝敗を左右するとまで言われたものだ。そんな時代の最中に現れたのが反物質だ。これはある意味、戦闘の勝敗を決定づけるADaMaS製Mhw以上の存在だ。ADaMaS製Mhwがすでにそうであったように、両軍にとってその2つは喉から手が出るほどに欲したモノだ。
ADaMaSの壊滅とValahllaの崩壊。もっと端的に言えば、ウテナと反物質の消失は、それぞれの軍で戦争を指揮する者たちに焦りを生む結果となる。こうなったとき、それぞれの考えるコトと言えば、根本への攻撃だろう。地球に住む人間と宇宙に住む人間。それぞれへの直接的な攻撃がソレである。それは互いに予測ができ、自らの攻撃は届くが相手の攻撃は阻止するという考えが容易に浮かぶと、地球とコロニーの間にある宇宙空間が、結果的に雌雄を決する場所と成る。
セシルたちA2がこの数日で目にしたものは、それが現実に成ると知らせるような艦隊の動きであった。Noah’s-Arkは月面基地を基点とし、StarGazerは宙に浮かぶ巨大な宇宙要塞、ヘカトンケイルに戦力を終結させようとする動きだった。
「まぁ、遅かれ早かれ、でしょうね・・・面白くはないわね」
そう言いながら自身の体が浮いた状態のまま、セシルの座るシートを押すように片手を動かすと、ミシェルの体はまるでエアーホッケーのパックのように、後方へと流れていく。ミシェルの体が流れる先にあるのは、Knee-Socksブリッジの自身が座る艦長席だ。
その様子を横目で見ていたナナクルは、その動きにちょっとした憧れでも抱いたかのような表情を見せると、自身も次いでミシェルの後を追った。その場に残された状態になったセシルは、二人の後を視線で追った。
「うおっ、っとと」
ナナクルは宇宙空間という場所に身を置いたことがこれまでに無かった。それはADaMaSのほとんどの者がそうだったが、ミシェルだけは違う。彼女はLeefのトップであり、各コロニーとも何度となく商談をする。当然、宇宙空間というものに慣れている。中空でバランスを崩して一回転してしまったナナクルに、どこかにぶつかってしまわないように手を添えてその動きを制した。その様子を見ていたセシルは、差し出された手が添えられた場所が頭だったことで、ついには堪え切れずに噴出した。
「む、難しいモンだな・・・」
「そんなコトないわよ?マドカたちなんて、もともと宇宙に居たのかってぐらいにスイスイ泳いでるわよ?・・・運動神経かしらね?」
ナナクルが何かのスポーツに精通しているなどという話は、ADaMaSの誰も聞いたことが無い。本人としては決して運動神経が悪いつもりは無いが、他から見れば控えめに言っても運動神経がいいとは言えない程度だろう。
「そこは慣れですねぇ・・・それで?私たちはどうするんです?」
「どうもしないわ。私たちは別に戦争を止めようなんて思ってないもの。勝手に両軍でツブし合うって言うのなら、どうぞご勝手に、だわ?」
割と真顔のまま、それでも呆れを滲ませた表情で軽く首を左右に振るミシェルに、今なお頭を押さえられたままなナナクルは、ミシェルの手という安定があるのをいいことに、空中で胡坐をかくような姿勢をとった。
「ワリとツンだな。そんな顔しなくてもいいぞ?セシル。時が来れば結果的にってヤツだし、その時ってのはそれほど遠くはないさ」
彼らA2は自分たちが成そうとすることを理解している。そのために必要な道具を、まさに今組み上げている最中だ。かつて反物質が、Plurielがそうであったように、この戦争という環境を取り巻く中心にソレは位置することになる。




