第二部 第7話 encounter
「全機、被害状況を。まぁ、大きな被弾は無かったと思うけれど」
空戦型sks部隊との戦闘に勝利したpentagramだったが、この日の任務はそれだけではなかった。この戦線は、過去3カ月間もの長い時間、戦力が拮抗した状況を継続している。Pentagramは、この均衡を崩すために配置されたと言って過言は無い。
Noahs-Arkからすれば、空戦型sks部隊を失ったことが大きな痛手となっているはずだ。この戦域において、主力もしくは、切り札だった可能性が高い。にもかかわらず、各地での戦闘行動が続行されている事実は、アイに正体不明の不安を植え付けていた。
「隊長、ちょっといいですか?空戦型って全部で21機でしたよね?」
「ん?ああ、そうだと聞いてるぜ?」
「この戦域に、21機全ての空戦型を投入しているって可能性、あると思いますか?」
「まぁ、無い、とは言い切れないんじゃねぇの?実際、ついさっき6機と遭遇したワケだしな」
Noahs-Arkは6機もの空戦型スケィスを失った。だがその見方は本当に正しいのだろうか?全21機中6機ならば、30%の損害率だ。数字的には決して小さな数字ではないが、それ以上の目的がこの戦闘にあり、まだ6機の損失で済んでいるという見方はあるだろうか?
pentagramが配備されたこの戦域は、StareGazerにとって重要な場所だ。この戦争を地球圏という大きな戦域で見た場合、ここ地球を敵の本拠地と認識することができる。StareGazerが敵の本拠地、つまりこの地球上で、明確に拠点として考えることができる場所はここを含めて3カ所しかない。StareGazerとしてはこの3カ所、何としても死守する必要があると同時に、Noahs-Arkから見れば、この3カ所を殲滅することは命題であるはずだ。全戦域でも貴重と言えるADaMaS製Mhw(厳密には〝製〟ではないが)21機を投入してきても、不思議は無い。
「アイさぁん、こっちの情報が洩れてるってことは考えられませんか?」
「こっちって?」
「え?いや、ウルたちですよ。ペ・ン・タ・グ・ラ・ム」
ウル・ハガクレの言うことは正しい。戦争だけに限った話ではないが、情報とは大きな武器であり、その入手のため、スパイ的なことが物理的にも電子上でも行われている。事実、詳細までは不明だったが、ADaMaS製Mhw5機が配備される情報はNoahs-Arkに渡っていた。
「そうね・・・その線はあるわね。それに対抗するために、空戦型sksが投入されたっていうのは理に適うわ」
ウルは士官学校でも優秀な成績を修めている。外見や普段の様子からそうは見えないが、戦術論などの分野においても、優秀である。
「アイさん・・・でもその場合だと、たぶん本命は違うはずですよ?ADaMaS製Mhw5機相手に、6機の空戦型じゃあ、役不足です。21機全部同時ならまだ解りますが」
「そうね・・・私もそう思うわ」
空戦型sksは、あくまでADaMaSによる改修機だ。空戦型に改修されたsksであり、細部でADaMaSによる調整がされていたとしても、ベースがsksであることに変わりはない。ADaMaS製Mhwは外見上、既存のMhwに近いものがほとんどだが、特異な武装、性能を除いたとしても、素の機体性能そのものが他を凌駕する。それは、自分たちの乗るpentagram用Mhwが証明している。
「隊長・・・いや、誰でもいいわ。過去も含めて、この戦域におけるADaMaS製Mhwの確認情報ってあったかしら?」
その問いに答える者は誰も居ない。コールマンから直接指揮を命じられているアイ・タマズサはStareGazer内でも極めて優秀なパイロットであり、戦場における様々な情報、時に不必要とさえ思える情報であっても、全て頭に入っているのがアイ・タマズサであることを全員が承知している。
「ADaMaS製Mhwは稀少種よ。数えるほどしか存在しない・・・可能性があるとすれば・・・情報だけはあった新型3機かあるいは・・・」
「Attis・・・赤い爪持つ悪魔・・・だな?」
「そうね・・・Attisが一番可能性高いでしょうね」
アイの持つ情報にある新型3機は、pentagram用Mhwよりも開発が後だ。その3機がすでにロールアウトし、実戦配備されたとするには早すぎる。そう判断したアイは、頭の中にあるAttisの情報を引き出した。それほど多くはない。
Attisは外見上でsksと酷似している。違う点はと問われれば、バックパック両横から斜め下に突き出したように配されているプロペラントタンクと、sksに特徴的な額部アンテナが無く、代わりに人で言うところの耳辺りから斜め前方に突き出したロッド状のアンテナぐらいだ。ただし、通常のスケィスが白を基調とした配色であるのに対し、Attisはダークレッドと黒に近い赤で配色されている。この全身の配色と、特徴的なアンテナの形状こそが〝悪魔〟と揶揄される由縁だ。しかし、最大の特徴は別にある。通り名にもある〝爪〟がそれだ。
sksは他機種でも使用されている量産型のシールドを装備している。Attisにもシールドが装備されているが、その形状は異形だった。全体的に楕円形の細いシールド本体の両翼に、可動式のシールドがそれぞれに接続されている。これを広げることで盾としての面積が確保されるが、問題はそれが折りたたまれたときだ。折りたたまれることで、腕部内側を残して前腕、手、さらにその少し前方を包むような形状となり、見た目としては前腕が伸びたような印象を与えるソレの先端には、大型のクローが5枚存在している。このクロー、中の3枚は先端がかぎ爪のような形状をしている。それに対し、両サイドの2本は直線のものだ。その外見は、まさしく〝悪魔の手〟を周囲に認識させるに十分だった。
「確かその武装、掌とでも言うべき箇所に拡散ビーム砲、あったよな?」
「そうね・・・攻防一体、おまけに乗りてがあの〝ヴォルフゲン・フロイト〟だからね。正直言って、相手にしたくない組み合わせよ」
「オレとしては、サシでヤり合ってみたいけどな」
「そう言わず、全員にお相手してもらいたいところですなぁ」
ノイズの混じったその声に聞き覚えは無かった。pentagramの誰しもが、己の〝油断〟を呪った。特にこの部隊の〝目〟であるウル・ハガクレは顕著だ。自分がレーダーに注意を払わなかったせいで、この声の主が接近していることに気付かなかった。
「あ、アイさん・・・ごめんなさい!」
「ウル、アンタのせいじゃない。ここまで近付かれてんのよ?普通ならアラートが出るでしょ?コイツ・・・カンゼオンとは別種の、自機の存在を攪乱することに特化した仕掛けがあるのよ・・・ADaMaS製ならそれぐらいヤルわ・・・コイツの存在に考えが及んでいたのに接近を許したのは、指揮者である私の責任よ」
イザナギ、コノハナサクヤ、シズカゴゼン、ジライヤ、カンゼオン、それぞれの頭部に備わっているモノアイが捉え、アキラ、アイ、リッカ、タクヒ、ウルにモニターで見せたものは、その爪でいともたやすく大木を切り倒し姿を現したNoahs-Ark所属のADaMaS製Mhw「A-010 Attis」だった。それは、その内部に乗る声の主、ヴォルフゲン・フロイトの脅威が実体となって現れた瞬間だった。