第十四部 第7話 殺し文句ね
「決着は宙でつけたいものだな・・・」
その真意は奇しくも、エウレストンの考えに似ていた。彼はこれまで地上で起こった争いの全てを把握している。そして勝ち負けに対する関心よりも、戦闘があった地のその後を憂いていた。
その男は広く間取られた部屋の一角、前面が外に面したガラスを背にし、見るからに座り心地の良さそうな、一目見て高級品であることが分かる椅子に腰かけている。その前にあるディスクの上には、その男の頭部にあったであろう軍帽が置かれ、Noah’s-Arkのエンブレムが鈍く光っている。
「これ以上地上が汚染されるのは避けたいところですからね」
「そのための作戦なのだろう?・・・まぁ、他の官僚たちは反物質に固執しているようだがな・・・」
男はそう言うと腰を前にずらし、その身を椅子に深く沈めた。
男の名はルインズ・ハーミットン。Noah’s-Arkの大将の1人だ。彼は他の官僚とは異なり、前線に出るタイプの指揮官だ。そのため兵士からの信頼も厚い。
「ハーミットン将軍・・・少し堕落し過ぎでは?」
「止せ、アルマ、カタいことを言うな・・・それと、この場においてはルインズでいい」
机を挟んで対面に立つ女性はアルマ・キーリング。階級は少将であり、ハーミットンの腹心とも言うべき人物だ。ハーミットンとは10歳ほど離れているが、年齢を感じさせない妖艶さがあり、若い頃は美人であったろうと想像できる。実際、今でも彼女のファンを公言する者も多い。
「そうですか?では・・・ルインズ、その恰好はダレ過ぎでしょ?さらに腰を悪くするわよ?」
「・・・まだ57だ。年寄扱いか?他の座りっぱなしの官僚と一緒にするな」
一瞬、「それはもう〝初老〟でしょ」と言おうか迷ったが、これ以上実の無い話を続けるのもいかがなものかと思い止まった。
「それは失礼。ところでルインズ?あなたは反物質の方はいいの?」
そう言いながらハーミットンから見て右手にある3人掛けが余裕でできそうなソファに腰を降ろし、スッと脚を組む。本人も意識してその美しさを保っていることを公言しているだけあり、ミディアム丈のスカートから伸びる脚は美しく、〝美脚〟という表現が適切だろう。
「うん?反物質と言われれば〝いい〟と答えるが、ADaMaSと言われた場合なら〝いいわけがない〟と答えるな。それと・・・相変わらず美しい脚だな」
ハーミットンとアルマは夫婦でも無ければ恋仲でも無い。付き合いは長いが、過去を遡ってもそうした時期は存在していない。付き合いとしては軍属となって以降のことではあるが、アルマの入隊以降ずっと上下の関係にあり、互いに築いた信頼が上司部下の垣根を越えさせていた。
「目つきがイヤラ・・・しくないわね・・・まぁいいけれど。ADaMaSね・・・彼女たち、確か〝A2〟と名乗ってたわね。彼女ら、戦争に介入してくるのかしら」
「どうだろうねぇ・・・けれど、あの映像に映った彼らにはその雰囲気があったように思うよ?明言は何も無かったが、決意があったように見えた・・・まぁ、私としては彼らとコトを構えたくはないんだがね」
相手は街1つ、基地1つを跡形もなく消し去ってしまうほどの力を持った組織を打ち破るような者たちだ。それを成したMhwの性能は言わずもがな、それらを駆るパイロットたちも相当に高い能力を持っていると想像できる。いくら数の面において圧倒的優位があるとは言え、それを過信するほどハーミットンは愚かではない。
「とは言っても、これまでどちらかに迎合することもなく、超が付くほど高性能なMhwを生み出し続けた彼女らが動くのなら、他の官僚とは別に〝私たち〟で準備する必要はあるわよ?StarGazerも黙ってないでしょうし・・・」
「そうだな・・・彼らとのこの20年で人類そのものが疲弊した。ウチの官僚もそうだが、どうも好戦的でイカンね。情報ではアチラさんも何やらきな臭いコトを考えてるみたいだしね・・・」
ハーミットンは机の上で肘立てて組んだ両手に額を押し付けた。正に頭痛がするといった風だ。方やアルマの方を見ても、そんなハーミットンの様子を受けてか、組んだ脚の上に肘を置き、手の甲で自らの顎を支えながら、軽いため息を吐いている。
「ウワサは聞いてるわ・・・mosとnoiseよね?ウワサどおりのシロモノなら、あってはならないモノだわ」
〝mos〟はStarGazer側が、〝noise〟はNoah’s-Ark側がそれぞれに〝切り札〟として開発している兵器らしい。〝らしい〟と言うのは、それがまだウワサレベルのモノであり、情報部でも詳細は把握できていない。ただ1つ分かっていることは、どちらも戦争における切り札では無い(見方次第ではあるが)という点だ。
「・・・大量殺戮兵器・・・と見るべきだろうからな。方や地球に住む人間、もう一方はコロニーに住む人間を標的にしているのだろう。だがな・・・最も忌むべきは、その開発を許可した者が居るということだよ」
その兵器の開発に成功したとして、実際に使用するかはまた別の話である。そうした兵器が抑止力に成り得るということはハーミットンも承知しているが、そもそも人間だけを無差別に殺すような兵器など、人が考えつくモノではない・・・いや、そうであってほしい。
「ルインズの圧力で開発中止とかはできないの?」
「公ではないからな。ま、仮に公となったところで、私のような現場上がりの意見が通るようなモノでもあるまい。特にこの件に関しては尚更だろうて」
結局ハーミットンは顔を上げることが出来ずにいた。それはアルマに申し訳ないといった類のことではない。自らの発した「きな臭い」という言葉に自己嫌悪してのことだ。何もきな臭いと感じるのはStarGazerやNoah’s-Arkの他の官僚たちばかりではない。それこそ他から見れば、自身からもそういった匂いが立ち昇っているのではないか。それこそ、外から見ればハーミットンは自らが忌み嫌う〝他の官僚〟と何も違わない〝Noah’s-Arkの大将〟なのだ。ある意味、大局的に見れば自分はここまで戦争を長引かせた者の1人に違いはないだろう。
「担がれた〝大将〟も大変ね・・・そのクセ、現場指揮はともかく、根本的な方針だったりには口出しできないんだもの。〝心中察するに余りある〟ってところかしらね」
そう言いながらも深いため息を吐くアルマは、実際にハーミットンの身を案じているのだろう。そう言えばここ数年で、恰幅の良かった体形は見る影も無いほどに痩せたようだ。日々見ていれば僅かずつだったとしても、3年ほど前のハーミットンを思い出すだけで、その差は歴然だった。
「悪い事ばかりじゃないんだけどねぇ?」
「ふーん・・・例えば?」
ハーミットンにとってアルマに他意は無い。それでも、軍人としてでもなく、友人としてでもなく、まして恋人に類するわけでもなく、彼女はハーミットンにとって特別と表現できるような存在だ。ふとハーミットンの頭には、そうした相手を何と言えばよかったのかという疑問が沸き上がった。もしかしたら自分だけではなく、今の世を生きる人々にとっても、そうした相手を示す言葉が忘れ去られているのかもしれない。
「少なくとも部下には・・・いや、戦友には恵まれたよ。キミも含めてね」
「アラ、殺し文句ね・・・私がオトコだったらだけど。けど、素直にありがとう。誰が誰を敵と見るのか・・・それ次第で世界の未来は大きく変わるわ。見極めどころよ?」
一般的ではなかったかもしれないが、言い直そうとしたとき自然と口から出た〝戦友〟という表現に満足しつつ、アルマの〝見極め〟という言葉に、その難しさを実感せずにいられないハーミットンにとって、〝誰が対面に立ちふさがり、誰が隣に並び立つ〟のだろうか。




