第十四部 第5話 あのヒトが認めるまで
「いいわよ?なんなら手伝うけど・・・いや、むしろ協力させて?」
ミシェルにも満面の笑みが広がっていく。クルーガンの背筋は寒気を覚えるに飽き足らず、どうやら完全に凍り付いたらしい。
「あ~あ、クルーガーン・・・やっちゃったねぇ。ま、とりあえず話続けてみ?」
「あ・・・う・・・ハイ。えっとですね・・・」
完全に目が泳いでいる。ずっと3人に囲まれた位置に居るが、その誰とも目を合わせるだけの勇気は無いらしい。おそらくどう説明すれば理解し易いのかを必死に頭の中でシミュレーションしているのだろう。
方法としては至ってシンプルだ。反物質を形成させた後、その内部に空間を生み出し、広げていく。状態としては、出入口の無い反物質の袋が内部に出来上がる。この過程はイメージし易いだろうが、問題はその内部に出来上がった空間が〝何なのか?〟ということだ。
クルーガンが自ら言ったように、一般的にイメージされるのは〝真空〟なのではないだろうか。実際、その空間は〝真なる空間〟に間違いないのだから、〝真空〟でいいのだろうが、アタマの柔らかい(もとい、中身が流れ出た)者からすると、真空ではないと言う。
先ほどまでの〝1つ目の問題〟から考えを流用すれば、その空間は反物質から生み出された空間であり、ソコにはやはり、時間軸が存在しない。そしてその空間は物質ではない。その空間を言葉にするならば、「時間軸の存在しない真空」と表現できる。彼らA2の技術者たちはコレに〝無時空〟という名称を与えていた。
「無時空ねぇ・・・うん、珍しくセンスはいいわね。その無時空に船を位置させて移動・・・なのかしら?するってコトは分かったけれど、そもそも反物質に覆われてるんじゃ、内部に入ることが出来ないんじゃなくて?」
どうやら〝冷たい笑顔〟も含めて冗談だった(イラっときたのは多少なりとも事実だろう)が、想像以上にクルーガンがホンキで怯えたことに気が引けたのだろう。ミシェルやオピューリアの表情に感嘆の色が僅かに、笑みと一緒にチラリと見える。質問の語尾も柔らかなものだ。
「そうですよね?もし入口を開いたとしても、周囲の空間?が中に引き込まれるイメージがあるんですが・・・」
「ああ、気圧差とかで見る現象っすね。大気のある地上だったらそうなったかもしれないっすけど、宇宙空間ならそうはならないっすよ。なんせ、どっちも真空っすからね」
水を張った水槽の中に、空のペットボトルを沈めたところをイメージすると分かりやすい。水中でペットボトルの蓋を開ければ、内部に水が流れ込むことは明白だ。ならばペットボトルの内部に水を満たした状態で同じことをした場合、どうなるだろうか。これもまた明白で、何も起こらない。時間をかければペットボトルの中の水と水槽の中の水は混じるだろうが、これの認識を水から無時空と真空に戻した場合、無時空には文字どおり時間の流れが存在しないのだから、混じりようもない。
「へ~・・・ってコトぁさ?反物質で包まれた無時空?さえ作っちゃえば、あとはヘーキな顔して反物質消しちゃって無時空に突っ込んじゃえはいいってコト?」
マギーの言うことは正しい。反物質は結局のところ、時間軸の存在しない〝物質〟であり、無時空は時間の存在しない〝空間〟なのだから、どちらに包まれて移動したとしても結果は同じだ。
「まぁ、そうなんすけどね?実際には無時空に入ったらもう一回反物質で包むっすよ。なんせ、精製装置で保持できるのは反物質の方っすからね。あと、衝突回避ってイミでも反物質は必要っすね」
「もぅ・・・ソレよ、ソレ!どーせコッチは理解不能なんだから、勿体付けないのっ!」
「あ・・・」
どうやら3人がイラっとくるポイントが明確になったようだ。本人の性格やクセなんかも作用するのだろうが、是非とも以後は気を付けておきたい。
反物質は無時空を保持しているわけではない。進行方向と逆側に入口があったとした場合、反物質は無時空をその場に残して移動してしまう。これを防ぐ目的もあるが、何より宇宙には様々な障害物が存在する。デブリ、小惑星、なんなら惑星もそうだ。時間軸の異なる移動である以上、それらと衝突する可能性は低くない。惑星であればその所在や公転などを計算することで回避できるだろうが、デブリとなるとそうはいかないだろう。その場合、反物質に覆われてさえいれば、デブリは衝突の瞬間に消滅することになる。
「なるほど・・・だから宇宙で作る必要もあったし、その大きさから隠す必要もあったってコトですね?」
「ヘタしたら何かの巨大ヘーキに見えるかもしれないもんねぇ・・・」
感心しているオピューリアとマギーだが、どれほど内容を理解できているかは5割あったらいいところだろう。そう言えばマギーはついに口から棒だけになったロリポップを取り出した。
「まぁ、何でもいいわ」
「えぇ・・・ここまで説明しといて、ナンデモイイって・・・」
背筋が凍り付く思いまでして説明を繰り広げたのだ。内容が理解しがたいコトは承知してるが、それでもそう言われてしまうのはどこかやるせない。
「アラ、チガウわよ?アナタたちのコトだからヤるだろうとは思っていたし・・・実際、出来るんでしょ?・・・なんせ、ウテナの下であのヒトが認めるまでになったワケだし」
それはミシェルの本心だったのだろう。そうだと言うことがクルーガンにも感じ取れたらしく、それまでの表情から一転、代わりに浮かび上がったのは〝喜び〟を色濃く滲ませた笑顔だった。
「モチロンっすよ!僕たちは外宇宙に行けるっす!新しい人類の故郷を見つけ出す可能性を、それこそ無限に広げるコトができるっす」
嬉しそうなクルーガンをその眼に写しつつ、ミシェルは深い思考の中に沈み込んでいった。
全てはディミトリーがADaMaSへやって来たあの日、まだ言葉だけの存在でしかなかった反物質から始まったと思っていた。しかし実際のところ、ウテナはいつからこの未来を描いていたのだろう?ミシェルの知るウテナならば、反物質がもたらす〝時間軸の別次元〟が想定できていたのではないか?もしそうなら、それを成すために莫大な資金が必要と成る。おそらく、それだけの資金を用意できるのは軍と世界屈指の大企業ぐらいしか無い。事実、資金面で言えば反物質はNoah’s-Arkに出資させ、外宇宙に向けては自身が、Leefがその出資を請け負っている。ミシェルからすれば、そして今になってみれば、ソレすらもウテナの計画の中に含まれていたことなのではないだろうか。そして他方、この結果に至るコトが出来たのは何よりウテナの持つ技術力があったからこそだが、それだけでは無理だったはずだ。彼がソレを成すには世界が彼を認識し、彼の技術力を世界に認識させる必要があった。ADaMaSという企業の全てはそのためだったのではないだろうか?
ウテナが他者を利用するという発想を持っていたとは思わない(アレはそんなにズル賢くない)。だが彼は、〝現実的〟な〝夢想家〟だ。他者を利用することなく、到底達成するとは思えない夢を実現させる。結局のところ、本当に彼に必要だったのは同じ夢を見ることができる〝仲間〟だったのだろう。
彼の望んだ〝仲間〟はここに集った。今や彼の夢はA2どころかADaMaSに残った仲間、Leefの一部すらも巻き込んで共有されている。
もしかしたらウテナにとって、ディミトリーもその1人だったのかもしれないとミシェルは思わずに居られなかった。




