第十四部 第3話 何でこんなモノ造った
「準備の方はすこぶる順調なようね。軍の動きは?」
コーヒーカップを片手にしたミシェルは、knee-socksのブリッジから見える外に闇と無数の浮遊物の奥で光が複数瞬く様を見ていた。
暗礁宙域。簡単に言えばスペース・デブリの集まっている宙域を指す。20年にも及ぶ戦争は宇宙空間でも繰り広げられ、大なり小なりその宙域の数は増える一方だ。地球圏という括りで見ても、大規模な暗礁宙域の数は100を下らない。
A2が身を潜める暗礁宙域は大規模なものだ。その中心には、戦争被害によって廃棄されたコロニーが3つ存在し、その内の1つは彼らによる補修・改修によって、気密性が保たれた状態を維持している。
「両軍とも戦力を宇宙に上げているようですね。地上で探しても見つからないから、追って来たんじゃないです?ま、合ってるんですけど」
ミシェルと同じようにコーヒーカップを片手にしたオピューリアが、戦闘時のオペレーションシートに腰かけたままに答える。今日のブリッジ担当は4人。ミシェルとオピューリア、それにクルーガンとマギーだ。
Valahllaとの戦闘後わずか2週間ほどの間に、Noah’s-Arkとは2回、StarGazerとは3回の戦闘を余儀なくされたA2ではあったが、A2の全戦力を出さずともこれを退けてきた。言い方は悪いが、A2各部隊の連携などの練度向上に役立ったとさえ言える。
追跡を一旦振り切ったA2は驚くべきことに、3隻とも自力で宙に上がった。3隻は全て、単独オプション無しでの大気圏離脱能力を有している規格外の戦艦だ。もちろん、軍部などのレーダーには映っただろうが、そんなコトが可能な戦艦など数えるほどしかなく、大気圏離脱でほとんどの場合に使用されるマスドライバーに監視が集中していたことも手伝って、A2は宙域に上がった後、姿を消すことに成功していた。
「それにしてもココ、これからやろうとすることに関しちゃ、天国みたいなトコっすね」
「そうねぇ・・・コレだけ資源として活用できるモノが豊富にあるんですもの。にしてもアンタたち、よくこんなコト思いついたわね。コレなら予想よりも全然早く完成しそうね」
彼らが造ろうとしたものは、戦艦サイズの物質が通り抜けることの出来るトンネルの入り口と出口だ。当初、コレを1から製造する予定だったが、彼らはこの暗礁宙域でおあつらえ向きの〝素材〟を目の当たりにした。
円筒形であり、その内部に戦艦が収まることなど造作もないほどの直系を有する廃棄されたコロニーは、内部で人が生きる人口の大地とするに足る堅牢さまでもを有していた。
「コロニーもビックリじゃね?まさかデッカいビームサーベル携えた戦艦が輪切りにしてくるなんて、ソーゾーもできんしょ?」
Knee-socksには艦体の両サイド下部に大型のマニピュレータが装備されている。さらにこの内部には、マニピュレータが掴めるビームサーベルの柄が内蔵されているのだが、そのサイズは規格外であり、柄だけでMhw1機分ほどある。実際の戦闘ではまだ未使用だが、戦艦が巨大なビームサーベルを振りかざして突貫してくるところを想像すれば、それはもう笑うしかない光景が浮かんで来る。
「想像できないと言うより・・・本来なら、何でこんなモノ造ったのよ?ってツッコむべきだと思うのだけど?」
一瞬中空にある空間を見上げたマギーは、口にしていたロリポップキャンディーをコロリと転がし、半ば呆れた様子で笑顔を作った。いろいろ想像したものの、よくよく考えれば戦艦が近接格闘するワケがないと思い至ったのだろう。
「ところで、アンタたち・・・ウテナのやろうとしたことは実現できそうなの?・・・あ、いや、そもそもどういう原理なの?」
「え?ああ・・・いや、そんな難しい話じゃないっすよ?今までのコトを繋げていけば導き出せるっす」
「・・・ウテナの考えたコトなんて、繋げるコト自体、一般人には困難だって判ってるかしら?・・・まぁ、いいわ。聞かせて頂戴」
マギーとは異なり、完全に〝呆れた〟ため息を1つ吐いたミシェルは、先を促すようにクルーガンに手を差し向けた。
「反物質が物質を消滅させる〝仮説〟はいいっすよね?要するに、考え方をソコから発展させればいいっすね」
反物質は人間から見ると結果として物質の時間を超過速させ、その物質を風化させる。鍵は〝時間の超過速〟だった。
反物質そのものは、根本的に時間という概念が適応されない物質だと考えられる。仮に、反物質のどこか一方から物質が進入し、対角にある一方から出たとしたならば、ソレがどう見えるだろうか?
例えば1時00分00秒に一方から反物質に進入したとする。反物質の内部には〝時間〟がそもそも存在しないのだから、その反物質の一方から一方までの距離が10kmだと仮定して、進入した物質が時速10kmで進んだ場合・・・しかしもう一方から出た時の時刻は1時00分00秒だ。時間が存在しないのだから、その内部を通過するとき、〝経過時間〟というものが無くなるのだ。
では内部を通過中はどうなっているのだろうか?ここはもう少し、〝時間の超過速〟を正確に把握すれば答えが出る。超過速とは対象に対して外から見た時の便宜上の呼び方であり、実際には確かにそこに存在するが維持することができない〝時間の停止〟した〝安定状態〟が覆され、無制限に停止が解除され続けることでそれは起きる。これは言い方を変えれば、例えば1秒という時間が無制限に引き延ばされているということだ。
ウテナはこの現象を人の死で表現していた。「そんなものは人の死方じゃない」がソレだ。指一本を動かすどころか、瞬き1つすら出来ない状態のまま、寿命を全うする。気が狂おうが何だろうが、その一生分の感覚の中では呼吸の1つすらしないのだから、自ら命を絶つこともできない。
「ちょ、ちょっと待って?やろうとすることは何となく解ってきたけど、それは実現不可能だって言ってるのと同じじゃないの。2つの大きな問題がやる前からあるじゃない」
「さっすがミシェルさん。そのとおりっす」
1つは、反物質の内部を通過する以上、反物質と接触するのだから、その通過しようとする物質そのものが消滅してしまうということ。これでは出口にたどり着くどころか、触れた瞬間に消滅するのだから、入口を通過することすらできない。
もう1つは、仮に反物質を伸ばすことが出来たとして、外宇宙にまで伸ばすのにかかる時間が必要だ。それはつまり、宇宙船で直接外宇宙を目指すことと時間的に変わりがない。何億光年、いや、それ以上かもしれない途方もない距離がそこに存在する。
「まぁ、フツーならそう考えるんすけどね?ソレって結局、反物質の本質をちゃんと理解できてないってコトと一緒なんすよ。なんせ反物質ですからね・・・時間なんて気にすることも無かったんすよ」
「・・・呆れるしかないわね。一様解説してもらうとしてもよ?さっき〝何でこんなモノ造ったんだ?〟って言ったけれど、その対象を変更するわ・・・アノ人が造った本当にトンデモないモノって、アナタたちね」
これまでも呆れてはいたが、さらにその深度を深めたミシェルはコーヒーを口にした。だが、喉を液体が流れないことに気付きカップを見れば、カップの底が姿を現していた。




