第十三部 終話 Rival(好ましいが敵である人物の手)
「ADaMaSのウテナとValahllaのディミトリー、2人とも死んだようですよ?」
そこはある意味で世界から隔離された場所だった。いつものようにミリアーク、ボルドール、ロンの3人が顔を揃えている。ウテナとディミトリーの死を告げに来たボルドールは、内心で喜びを感じつつ、それが表に出ないようにと必死だった。
「そのようね・・・自分でも驚いたけど、想像以上の喪失感ね・・・」
ミリアークにとって、BABELの2人、ボルドールとロンは仲間という認識を持っている。だが〝仲間〟とは?と問われると、ミリアークの答えは他者と異なるのかもしれない。
ミリアークの思う仲間は単純なものだ。〝目的を共有する者〟である。そこに友好や信頼は無くていい。さらに言えば、その関係性は目的を達するまでの一時的なものであるべきだとすら考えている。当然、その目的達成のため、利用できる人物も〝仲間〟に該当する。これは利害の一致を基に成立する関係性でしかないと言えるだろう。
ミリアークの脳内では、ADaMaSのガーデンでの様子が細部に至るまで鮮明に再生されいた。再生の中に居る自分自身のさらに内側から見える景色を見ているはずだが、その視界の正面には必ずウテナの姿が捉えられている。改めて、自身がウテナ・アカホシという存在を特別に思っていることを再認識させられているようだ。
おそらく普通の考え方でないことは理解している。その〝特別〟という感情が〝恋愛感情〟なのかと自分の内側を探るように視界を閉じる。残念ながら、ウテナを思い描くことで心拍に変化は見られない。彼に触れること、触れられることを想定してみたが、それで何かが得られるわけでも、感情に変化が起こりそうな予兆もない。たぶん、彼に対する感情は恋愛感情とかけ離れたモノなのだろう。
ミリアークには思い当たる感情がある。ウテナが反物質を生み出したという知らせを聞いた瞬間に脳内で移動してみる。その知らせを聞いた瞬間の自分と対面すると、出来得る限りいつもと同じを装う自分が見えた。もしかしたら他者はそれで騙せたかもしれないが、さすがに自分自身は騙せそうもない。口元はいつもの笑みを表面に浮かべているが、その内側で頬を噛んでいるのが分かる。
その目には「それほど興味はないわ」という冷たさが浮かんでいるように見えるが、その眼底の奥には羨望と悔しさが潜んでいるのが見える。その2つが同居していることが分かり、後は自分を卑下することさえなければ、その相手は〝好敵手〟と呼ぶことができる。
ミリアークにとってウテナとは〝好敵手〟という存在であり、それは文字を紐解いてみれば分かるとおり、同じ技術者として敵ではあるものの、好ましいと感じることができる人物であり、できれば互いに手を取り合いたいと願う対象だということだ。
改めて言うが、それがそのまま恋愛対象として見ているということにはならない。〝好〟ましいと思う人物の〝手〟を取るには、間に鎮座する〝敵〟である前提を覆す必要があるからだ。自分が闘わなければならないだろうと予測できている相手に対し、どれほど好意を持っていたとしても、それを前面に押し出すことができるとは思えない。ミリアークの考える〝恋愛〟という行為には、本音と建て前が一致していることが条件としてあったようだ。
「へぇ・・・ミリーにしては珍しいじゃないか。誰かに、それも男相手に感傷だなんて・・・惚れてたのかい?」
「そうかもしれないわね」
明らかにワインだと分かるグラスを手にしたロンを見上げたミリアークは、最初の刹那にこそ怪訝な視線を送ってしまったが、すぐにそれを打ち消すように、ウィンクと共にいたずらな色が瞳に宿った。ロンの反応を見る限り、臆した様子は微塵も感じられなかったことは幸いだ。
「貴女がそんな・・・いや、冗談でも彼が不憫でしょう」
頭で冗談だと理解していても、心理的には心中穏やかでないことが見て取れるボルドールにとっては、ウテナの死という事実は喜ぶべきコトだったのかもしれない。ミリアークからしてみれば、「それこそウテナが不憫でしょうに」とは思うが、それを表現するつもりは無い。
「これからどうするつもりなんだい?」
「どうも何も、新しいアクションを起こす気はないわよ?・・・どっちかって言うと、加速させるって感じかしらね?」
本当ならウテナと協力関係を築きたかったとは思う。そのために仕掛けを施していたのも事実だ。だが、ウテナという個人そのものが失われた今となっては、ミリアークの望んだ未来は永遠に失われたままだ。彼を手に入れるために施していた仕掛けが必要なくなったのなら、手に入れるためのプロセスを削除していいのなら、もはやこの世界に猶予を与える必要も無い。
「いよいよ武力としてのBABELをお披露目かい?ずいぶんと待った気がするよ・・・今から楽しみだ」
「そこは同感ですね。早く実戦で我が愛機の性能を存分に味わいたいとは思っていましたからね・・・で、どれから始めるので?」
二人ともに不敵な笑みを隠そうともしていない。本人たちにしてみればよほどの自信があるということなのだろうが、彼らのMhw、HanielとUrielを造ったミリアークからすれば、それはMhwの性能が植え付けたモノであって、彼らのパイロットとしての技量ではないということに気付かない彼らを「不憫だ」とも感じる。とは言え、彼らは〝仲間〟だ。ここは2人をその気にさせておく方が都合がいいだろう。
「私の設計した機体よ?アナタたちに合わせたんだから、期待してるわ。その実力を私に見せて頂戴。その相手はそうねぇ・・・」
そこまで言葉を選んで紡いだところで、ミリアークはうつむいたまま黙ってしまった。
おそらく反物質はADaMaSによって回収されている。アレが彼らの手にあるうちは、兵器として活用することはしないだろうから放置してもいい。だが、現状で最も脅威と考えるべきが彼らだということも事実だ。今後、増えることはないにしても、あそこにはADaMaS製Mhwとそれを駆る優秀なパイロットが居る。
一方で2つの軍はどうなのだろうか?どちらにも言えることだが、彼らそれぞれの内にあるBABELにとって最大の脅威はその物量だ。ほとんどのパイロットが烏合の衆だとは言え、中にはもちろん優秀なパイロットの存在があり、彼らの指揮によって烏合の実力は何倍にも跳ね上がることがある。〝脅威度〟という視点で見たとき、3つの勢力に優劣をつけるのは難しいのかもしれない。
「どうした、ミリー?」
「・・・いいえ、何でもないわ。彼らにはしばらく潰し合ってもらいましょう。こちらが無駄に消耗する必要は無いわ」
表情にこそ出しはしなかったが、自分で言った言葉に驚いた。ミリアークの中で、優先順位の一番はADaMaSだと決めていたからだ。
3つの勢力が潰し合うのは理に適う。Noah’s-ArkとStarGazerは元々そういう間柄だ。そしてADaMaSが反物質を持ち去った事実は双方がすぐにでも知るところだろう。そうなれば、両軍はそれぞれに反物質の奪取を試みると予測できる。
他方、BABELがADaMaSを強襲し、反物質を奪取したとするならば、両軍の次のターゲットが自動的にBABELとなる。コトを急ぐという観点から見れば、こちらから動かずとも向こうから来てくれるのだから、それが最も理想的に見える。
他にも様々な考えが浮かんでは消えていく。しかし、どれもがひどく空虚なものに思えて仕方がない。ナゼかと自問してみると、思いのほか簡単に答えが返って来た。結果の見えているモノに興味など湧くはずもないからだ。世界の全てはミリアークによって〝計算〟することができた。そして答えを出すことができた。その唯一の例外がウテナだったということだ。〝大切なモノは失って初めてわかる〟と誰かが言っていた。どうやらそれはミリアークにとっても例外では無かったらしい。
個人としての目的を失ったこの戦争に、ミリアークは何を見ようとするのだろうか。




