第十三部 第11話 RESTART(再始動)
「改めて、我々A2の在り方が問われている・・・ということですよね?」
砂漠の夜は深い。そしてそれに比例するかのように、夜空は美しく輝いている。まだ陽のあった時間と比べると、何もかもが虚構だったかのように静かな、そして穏やかとも言える時間がそこにはあったが、A2がウテナ・ヒジリキという支柱を失ったことは虚構ではない。
Valhallaとの戦闘を終えたA2は、Pluriel腰部に格納されていた反物質精製装置を回収し、その戦場とは別の砂漠に身を置いていた。
今A2が所持している反物質は、Plurielと呼ばれた存在ではない。おそらく、Plurielとしての存在部分はディミトリーの身体に入っていたのだろう。ナナクルが正確に撃ち抜いたPlurielのコクピットに居たディミトリーは、ウテナと共にその存在が消滅していた。後に残されていたのは、Plurielという肉体と、同じくPlurielという魂を繋いでいたディミトリーを失い、ただ〝反物質〟というモノに戻ったソレだった。
「どうなの?アナタたち。アレ・・・扱えるのかしら?」
ミシェルはクルーガンたちの方に視線を送った。それは彼らの技術力や知識を訝しんでいるのではなく、そもそも反物質というシロモノが、ウテナ以外の人物でも扱えるモノなのかという意味だ。
「アレって・・・ああ、反物質の方ね。それなら問題ありませんよ?なぁ、クルーガン」
「そうっすね。〝あの〟反物質についてはキッチリ教えてもらってますし、あの人が何をどうしようとしてたのかも知ってますよ。だから、むしろ問題はMhwの方っすね・・・」
そこはknee-high内部にある食堂だ。ほとんどの者がそこに集まって居るが、よく見れば三姫の姿が無いことに気付いたクルーガンは、その1人であるアンの兄、ユウ・ハートレイに視線を送った。
「あの人はことMhwに関しちゃ〝神〟みたいな人だったからね。そう思う気持ちもわかるけど・・・」
視線を受けたユウは、クルーガンに対しては首を左右に振りつつ、言葉はしっかりとクルーガンの後を継いでいる。三姫のマドカは実の兄を失った。そしてアンは(あくまで兄としてのカンだが)想い人を失った。その2人と親友であるウルも合わせて、少なくとも今日という残り時間に姿を現すことは無いだろうとも思う。
「アナタたちねぇ・・・もう自信持っていい頃よ?と言うか、反物質を理解できてるんでしょ?どれだけアタマの中身、ウテナ寄りなのよ?」
「ミシェル姉さんの言うとおりよ?局長言ってたもの。〝個人の得意とする部分に関しちゃ、すでに僕より上だ~〟ってね。ついでにこんなコトも言ってたわ。〝アイツらだけで造っても、ちゃんと嚙み合えば僕より優れたMhwをカル~く生み出せる〟ってね」
クルーガンもヒュートも、自身という個人からの視点でウテナを比較対象(あるいは目標)としていたからこそ、「まだまだだ」という認識でしかなかったのだろう。開発チームとしてはジェイクを失ったものの、彼の分を補うに足るユウが加わり、意見を得ることの出来るパイロットは優秀な者たちが多数加わっている。さらに忘れがちだが、ウテナであってもOSの面ではセシルに遠く及ばない。ウテナが居なくとも、ADaMaS開発チームが生み出すMhwが、ウテナの生み出すソレを性能で上回ることが出来るというのは、ミシェル、ローズ、ナナクルの3人がウテナから知らされた共通認識だった。
「ふむ・・・では肝心なトコですが、このまま戦争への介入は続けると?」
そう言うとコールマンはそこに集まった一同を見渡した。元軍属パイロットたちに異論の色は見えない。
「ソレに答えるには、私たちの目的をもう一度再確認させてほしいわね・・・私たちの目的は〝外宇宙〟で異論はないかしら?」
「そうっすね。局長に言わせりゃ、〝人類の救済的なコトは知らない〟って言いそうっすけど、基本そのとおりで、後の事は後で考えりゃいいっすよ」
ウテナにとっては外宇宙に行くことそのものが目的であり、そこでの地球型惑星の発見や、果ては人類の移住はオマケでしかない。もちろん、経営思考を持ち合わせている者たちであれば、そこに利益を生み出す術を考えるだろうが、「どーせ行くのなら」的発想だ。ならば、A2に集まってくれた元軍属のパイロットたちはどうだろうか?と各々へと視線を巡らせば、再び耳にした〝外宇宙〟という言葉に目を輝かせている。
「まったくもぅ・・・聞くまでも無かったわね。なら決まりよ。ソコを目指すには反物質の存在は必要不可欠。そしてその存在はどうしても争いを生むわ」
「そうね、姉さん・・・もうアレを他の手に渡してはダメね。開発チームはすぐにでも実現に向けて必要なモノを揃えて。できたモノは何としてでも護り抜くわよ」
ローズの眼に力が籠っていることは誰の眼にも明らかだった。それを見て取ったコールマンは「ふぅ」と1つため息をつき、改めて一同を見渡すと言葉を続けた。
「これよりA2は宙に上がる。技術チームはユウ以外、Mhwの宇宙空間仕様への変更と並行して、ワームホール・・・でいいか?発生装置開発に着手。ミシェル、ローズ、ナナクルは開発の渡りをつけてくれ」
「えっ?いや、オレは?装置開発、すっごくやりたいんですけど」
ワームホール精製装置開発から名指しで外されたユウは、どこか困惑した様子でありつつ慌てて自分を指さしコールマンに視線を向ける。視線を受けたコールマンはと言えば、「ヤレヤレ」と聞こえてきそうな表情だ。
「A2のパイロットで宇宙空間の実戦経験があるのはキミだけだよ。キミには指導を頼みたい・・・もっとも?皆それほど適応に苦労するとは思わんがね」
最後まで言い終えたコールマンの口角が上がり、含みのある笑みが現れた。
「・・・了解です。ビシビシ行きます!!」
どうやら適応訓練を早々に終えて開発に加わる意欲が溢れかえったようだ。
「・・・ちょっと待ってくれ。いいのか?ソレで」
集まるには集まったものの、ずっと顔を伏せたままだったナナクルが静かに口を開いた。戦場に出ていたパイロットたちは皆、ウテナのMhwを貫くknee-socks主砲の光を見たはずで、そのブリッジではトリガーを引くナナクルの姿を見たはずだ。ナナクルには自身が思うに〝責められる〟覚悟があった。
「イジめて欲しいのならヤるけど、結局イジりにしかならないわよ?」
そんなナナクルの様子は誰の眼にも明らかな様子だったが、隣に立つミシェルがほぼほぼ呆れた顔でナナクルを見やると、困惑したのはナナクルの方だった。
「いや、しかし・・・俺はウテナを撃ったんだぞ・・・?」
「ナニ?負い目?あんなのアナタにしか出来ないでしょうに。たぶんだけど、むしろみんな感謝してるわよ?」
ミシェルが一同の様子を確認する必要もなく、全員が軽くうなずいている。そこへ予想外の声が割り込んできた。その声は聴きなれた可愛らしいと表現できる声だった。
「いやぁ、我が兄ながら・・・親友にあんなこと頼むとか、ほんとゴメンね~。まったくぅ・・・私に頼めってのね」
全員が声の方に視線を向けると、マドカ、アン、ウルの三姫が揃っている。不思議と顔には笑顔が広がっている。
「マドカちゃん!大丈夫・・・そうね?今までどこに居たのよ?」
「え?いや、3人で〝祝!プルリエル撃破祝勝会〟と称したホームパーティーだけど?」
これがナナクルへのトドメとなったのだろう。安堵とも呆れとも取れる表情を浮かべたナナクルは壁に体を預けたまま、ズルズルとその場に座り込んだ。




