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第十三部 parent(親)
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第十三部 第10話 trigger(引き金)

 「A2所属の全員、聞け。これから主砲のトリガーを引いてウテナごとヤツを貫くのは俺、ナナクル・ダーマットだ。皆、それをしっかりと覚えていて欲しい」

ブリッジに到着したナナクルは、主砲のトリガーがある席に向かわず、その前に艦長であるミシェルの座る席に向かった。肘置きに備えられている通信用の受話器を持ち上げ、全ての回線をオープンにしたおかげで、いたるところから流れ出るナナクルの声は、ハッキリと聞こえるものの、静かで平坦な音声だった。

 その通信が終わっても、誰も何も言わない。実際には様々な喧騒があるはずなのに、誰の耳にもひどく静かな静寂がそこにあるかのようだ。感覚的にシンと静まり返ったブリッジでは、誰も身動ぎ1つせず、まるで時間が静止しているかのようなその空間を、ナナクル1人だけが静かに歩き、そして本来の目的であるシートに腰を降ろした。

 〝パンっ〟

その音が響いた時、決して驚くでもなく、慌てるでもなく、ただ静かにゆっくりと、そこに居た全員の視線がナナクルに集まった。当のナナクルはと言えば、両手で頬の辺りを強く打ったのだと思われる状態で、ナナクルの目はそれぞれ左右の指に見え隠れしている。部分的にしか見えないにもかかわらず、その瞳には確かな決意が宿っているように見える。

 「・・・ウテナ、聞こえるか?こちらの準備はOKだ。オマエの好きなタイミングで出ていいぜ?・・・心配すんな、キッチリ撃ち抜いてやる」

もちろんウテナの耳にも、1つ前のナナクルの放送は届いている。ナナクルのソレが終わるよりも早く、コクピットの中でウテナだけは「それでみんなが騙されるワケないだろう?ったく・・・みんなを見くびり過ぎだ、バカたれ」と独り言ちていた。

 ある意味、その1つ目の言葉は〝ウテナ以外〟に向けられた言葉だった。だが2つ目の言葉は違う。ウテナだけに向けられた言葉だ。最後の一文に、ナナクルの覚悟を見たウテナは、自然と口角が緩む。

「ああ、聞こえてる。勝負は刹那だ、頼んだぞ、親友・・・泣いてるか?」

「バカ言うな。泣く要素が見当たらん。いいから、とっとと行きやがれ」

 実際、ナナクルの頬を伝うものは何もなく、目が潤むことも無い。ソレは〝狙いを定める〟という実務レベルでも支障を来たすし、心情的にも脆くなるのだから、意識的にそうした感情は排除している。今この瞬間でなければ、ソレは確実に頬を伝っただろうが、他の時間に比べれば比率的に無いに等しい今の瞬間だからこそ、そこに込めた決意が揺らぐようなことは無い。コレが示し合わさずとも出来る2人は、なるほど確かに〝親友〟なのだろう。

 時として集団の中にあっても、特定の人数にのみ交わすことが許された会話というものが存在する。決して拒んだワケではないのに、その少数は輪を広げることを良しとしない雰囲気を纏い、その他大勢も不思議なことに、ソレに負の感情を抱くことなく見守るという状況が生まれることがある。今のウテナとナナクルは正にソレである。

 「ナナクル・・・行くよ」

「ああ、行けよ」

たぶん2人ともが使った「イク」という言葉は、本人たちの希望もあって「行く」と表記すべきだが、それぞれの心内では「逝く」という表記がふっと浮き上がっては掻き消えた。

 いつの間にかそれなりの距離をPluriel(プルリエル)との間に設けていたウテナは、二重構造の内輪側キャタピラを砂に設置させたまま外輪を宙に浮かせ、その回転速度を上げていく。このまま内輪と外輪の高低差を逆転させればその瞬間、まるで弾き出されたかのように進みだすだろう。ウテナにしてみれば、その際の身体への負荷がどれほど大きなものであろうと、この1回させ凌げばそれでよかった。

 そのキャタピラの回転速度が上がる様子を見ているナナクルは、自分でも驚くほど冷静だということを知った。手に汗1つ掻いてもいなければ、視界が歪むことも無い。ただ回転速度を上げて空転している外輪キャタピラが巻き上げる砂塵の様子を、注目するわけでもなく注視していた。

 外輪がそれまでの回転による動きとは違う挙動を僅かに示した。そうだと知っていたわけではなかったが、それでもナナクルはソレが内輪と外輪の接地を入れ替える予備動作だと分かった。それは今この状況だからこそ気付いたものであって、そんな予備動作があることなど、もしかしたらウテナであっても知らないかもしれない。

 それまで実際のトリガーから僅かに離れていた指が、そっとトリガーに寄り添う。そんなカンタンに反応するものでも無いが、それでも誤ってトリガーを引いてしまうことのないようにそっと、そして実際にトリガーを引くと意識したとき、その離れていた分がどれほどのロスにもならないのだが、それでも刹那のタイムロスも許さないと自分に言い聞かせるかのようでもあった。

 不思議とその光景はスローモーションに見えた。お陰で、内輪と外輪の入れ替わりは同時にではなく、外輪が先に動き出すのが見え、取り留めも無く、「逆の場合だったらどうなるのだろうか?けどそれを見ることは叶わないだろうか」などと意味のないことが頭をよぎる。

 自分以外にどう見えていたのかは分からないが、外輪が接地した瞬間、ウテナの乗るタンクは後方に砂を巻き上げた。正直、2人の動きを注視する必要のあったナナクルとしては邪魔でしか無かったが、それでも集中が切れることは無い。

 初速から最高速に近い速度で、ウテナがPlurielに突進していく様子がありありと見える。ナナクル以外の者は、反物質の翼を展開しているPlurielに向かっていくウテナの真意が分からず(もしかしたら、全員解っていたのかもしれないが)、その様子を呆気にとられたように見ている。当のナナクルは、全ての神経が右目と右手の人差し指にだけあると言わんばかりだ。

 きっと、他の者たちには一瞬の出来事だったのだろう。それは例えば、地球上の全てに対し、Pluriel、ウテナ、ナナクルの3人だけが時間軸の違う世界かのようでもある。Plurielがその身を包む反物質の翼と、タンクとしては到底信じられないような速度で突き進むウテナとの距離がゆっくりと(実際には驚くほどの速さなのだろう)縮まるのを見て、「ああ、俺はウテナを撃つんだな」という思いが不意にナナクルを襲い始めていることに、ナナクル自身が気付き、嫌悪した。

 「ナナクル、狙うのはヤツで撃ち抜くのもヤツだ。それでも僕はただ、その射線上に居る。まぁ、オマエが後悔に苛まれるなら、僕としてはオマエの中に生き続けるってことだな」

ウテナを撃つということから意識を遠ざけようという配慮なのか、それとも撃たれることへの恨みなのか、どちらなのか判断に苦しむ言葉ではあったが、不思議とナナクルの心は平静を取り戻した。

 特にウテナから何かが発せられたワケでもない。それは裏を返せばナナクルに対する信頼が絶対的なモノだったからだろう。砂漠をPlurielに向かって走行していたウテナの乗るタンクは、底部のスラスターを最大出力させた。さらに砂塵が舞い上がる中、ナナクルの予想どおり、頭部からPlurielに向かって飛び込むウテナの機体が見えた。

 それはナナクルにしか捉えられないタイミングなのだろう。ウテナの機体が透けて見え、その向こうに確かに存在するPlurielのコクピットに狙いを定めたナナクルは、世界から音の消えた中、人差し指をただ静かに手前に引いた。

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