第十三部 第6話 scared(怖れ)
「さぁ、覚悟はいいかしら?ここまでが全部ブラフよ?」
いくら弾速を遅くしていたからと言って、バズーカ弾頭と同じ速度で移動するとなれば、それなりにパイロットの体にかかる負担も大きい。普段からテストパイロットとしてMhwを乗り(まわし)続けてきたマドカや、それこそ軍属の女性ならまだしも、社長という肩書だったローズの身体が耐えられるかと言えば・・・実は問題なく耐えている。
blue-roseはA2のフラッグシップというだけあり、ADaMaS製Mhwの例に漏れない高性能機体だ。見た目どおり軽量な機体であるblue-roseは、機動力においても他に見劣りはしない。
この性能はローズ自らが望んだモノだった。令嬢と言える環境にあったはずのローズはしかし、一般的にイメージされる令嬢とはかけ離れた環境で、それでも令嬢の資質を失うこともなく成長した。要するに、令嬢としての英才教育を受けながら、兄やその友人たちと悪友のような関係も維持していたのだ。結果的にグラマラスな印象のあるその身体は実に引き締まっている。彼女の場合、女性的な意味でも男性的な意味でも〝脱いだらスゴイ〟が当てはまる。
そんなローズの乗機blue-rose最大の特徴はその武装にある。鍔の部分がバラの形状をしている実力(三姫のものとは異なり洋風だ)と、ビームで精製されるムチ状の武装だ。特にこのビームウィップは手元と先端が特殊な鋼線で繋がれており、この鋼線を中心にビームを発生させる。そして先端部分はスラスターによりある程度操作することができる。通常よりも遥かに長いビームサーベルが、ヘビのようにうねりながら自らに向かって来るところなど想像したくもない。
A2にとって、Plurielとの戦場が砂漠だったことは幸運だった・・・いや、全てはこの一撃のために御膳立てしていた。地球上には数多くの、両軍にとってそれぞれに重要な箇所がある。A2がココをPlurielが襲うと予測したのではない。ココでなければ勝機が見い出せなかった。もしも「幸運だったことは?」と聞かれればソレは、Plurielが〝早い段階で〟ココを攻撃目標としたコトだ。
A2は砂漠を戦場に選んだ。Plurielに移動させないために四方からの砲撃を作戦に組み込んだ。これが本命だと思わせるためにknee-socksの主砲を使った。全てはローズのblue-roseをPlurielの展開する翼に近付けさせるためだ。
「さすがにココには翼、とどかないでしょ?」
Blue-roseの眼前には黒いと言うには色味の薄い、それはまるでレースのカーテンかのような幕がある。それは間違いなくPlurielが発生させている反物質であり、うっかり触れればその触れた先から存在が消されてしまう恐ろしいモノだ。そのカーテン越しに見えるPlurielはそれまでと違い、カーテンに近付いたからだろう、歪みもほとんどなくハッキリと見える。
ローズはblue-roseに片膝を着かせた。もしも目の前にある翼が膨らんだとしたら、機体もろともローズの存在は消失する。ローズは全ての感覚を目に集中した。翼に僅かでも動きがあればすぐに反応できるように、瞬きすらはばかられる。額に滲む汗が重力に抗うことを良しとせず顔を流れているが、ローズの集中力はそもそも汗などかいていないかのように、その感触を意識の外に追いやっていた。
「ハァ、ハァ・・・」
ビームウィップの先端が、自らが膝を着く砂の中に沈んでいく。柄の部分を握る手が砂と接した辺りでblue-roseはその動きを止めた。ローズの目が充血し、徐々に息遣いが荒くなっていく。
「くっ・・・」
それは恐怖との闘いだった。今目の前にある〝死のカーテン〟が、まるでそよ風に吹かれるように僅かでも動いたとするならば、ローズの集中力とblue-roseの機動力でそこからすぐに離脱することはできるだろう。だが、これからローズのやろうとすることは、集中力の何割かをビームウィップの操作に割くという行為だ。そのもしかしたら比較にもならないほどの差が、自分の生死を分ける気がしてならない。分かっていても、死のカーテンから目が離せない。
A2の考えたPlurielに唯一攻撃が届くルートは地中だ。Plurielとの戦闘がもしも宇宙空間であったのなら、反物質の翼は完全に機体を覆うことができたはずで、そうなればコレを打ち破る方法は無い。だがPlurielは大地に脚を降ろしている。もしも翼を地中にまで伸ばしたとするならば、その足元にある大地は消滅し、Plurielは永遠に〝落下〟を続けることになる。戦場が地上である限り、自らが立つ場所だけは確保しておく必要があった。
地中を潜り、Plurielの足元から攻撃することができれば、その攻撃を反物質が防ぐ手段は無い。もしもそれを反物質で同じようにしようものなら、足元の砂は消え、流れ出す砂にその場に留まることを許してはもらえないだろう。これを成す手段として考えられたのは2つ。孔雀王のSWとblue-roseのビームウィップだったが、SWの方には不確定要素があった。
SWとは端的に言えば、人の脳が発生させる電気信号で操る兵器だ。そしてこれを使用しようとする相手は、その電気信号の集合体だとも言える。信号の干渉による制御不能、最悪の場合、SWを乗っ取られる可能性すらある。彼らA2に選択の余地は無かった。
触れれば死ぬ。触れてはならないソレが目の前にある。そしてソレは動くことができる。この状況、条件下で、ソレから目を、意識を逸らすことができるだろうか?今のローズは、自分と同じ空間で目の前にハラを空かせたライオンが座っているようなものだ。
「ローズさん、その翼は私が見ます。今貴女の機体にワイヤーを絡ませました。ソレがピクリとでも動いたらソッコーで引っ張りますので、ムチ打ちぐらいは許してくださいね?」
コノハナサクヤがいつの間にか動いていた。その間も一斉射は続けたままだ。反物質に全ての意識が奪われていたからだろうか、見れば胴体に巻き付いてるワイヤーが確かにあるが、それがいつ巻き付いたのか、ローズが気付くことは無かった。
ゴクリとローズの喉が音を立てる。その音はさらに後ろからblue-roseに接近するMhwのパイロットの耳にも届いた。
そのMhwはknee-socksから発進した直後から真っ直ぐにblue-roseを目指した。他のA2機体とは違い、その手に射撃系の武装は無い。見た目はエスだと分かるが、各装甲が極端に削られていて、それだけでもこの機体が近接格闘を主体としたMhwだと判断できそうだ。
辺りを埋め尽くすような弾丸の中を縫うように、それでもほぼ直線的にblue-roseとの距離を見る間に縮めていく。驚いたことに、その移動にスラスターは一切使用していない。鮮やかとも表現できそうなその動きからは、少なくともイザナギやRe:D同様、Odin-Frameを採用した機体だろうことがうかがえる。
アイがblue-roseにワイヤーを絡めたことを告げた僅か後、blue-roseの隣に立ったその新たな機体は、膝を着いたまま微動だにしないblue-roseの脇から腕を滑り込ませ、肩の辺りに巻き付くように腕を回した。
「遅くなってすまないね、ローズ。キミは私が守る。自分の成すべきことにコトに集中しなさい」
その機体、〝一式〟からローズに届いた声の持ち主はフォレスタ・コールマンだった。




