第十三部 第4話 machine(機械)
「動き出したっ!」
それは決して急ぐわけでもなく、そしてどこかMhwと思えない雰囲気を纏っていた。むしろPlurielが生物で正真正銘のドラゴンだと考えた方が自然に思えてくるほど、〝悠然〟という言葉がピタリと来る動きだ。もしかしたら、太古に生きていた恐竜はこんな感じだったのかもしれない。
マドカの目の前で動き出したPlurielは、その手前に居るウテナの乗機がタンクだったことも手伝って、Mhwとしてはかなり大型の機体に見える。景色としては遠近法が増長させているのだろうが、Plurielが人型であっても実際に通常のMhwよりはるかに大きい。今目の前に存在するドラゴンの形態である場合、それはなおさらに巨大化している。動き出した瞬間から機体を覆っていた黒い翼を大きく開き、その風貌がよりドラゴンのソレに近付いて見えさせた。
「ねぇ、マドカちゃん!コレってもう攻撃しちゃっていいの?」
「って言うか、きょくちょーアレ、退いてんの?なんかそのまま踏みつぶされそうじゃない?んなワケないけど、ゾウ対アリみたい」
アンもウルもどうしていいのか判断できない様子が声で解る。よく見ればウテナの乗るタンクのキャタピラが回転していることが分かるが、どう考えてもその動きは本来出せるだろう速度からかけ離れて遅い。目の前で動く2機の動きが、これまで目にして来たMhwの動きと比べてスローなことで、返ってPlurielが放つ威圧感を増幅させているように感じられた。
「ちょっと!お兄ちゃんっ!!反物質相手に効かないのは解ってるけど、何にもしないってのもどうかと思う・・・よ?」
話している言葉の勢いが強すぎたのだろう。Plurielが今どうなっているのか、目の前で見ているはずなのに頭で理解が追い付いていなかったらしい。
「アンちゃん!撃って!今なら当たるっ!!」
モニター越しではあったが、目の前を前進してくるPlurielは、その黒い翼をまるで威嚇するかのように大きく広げていた。ドラゴンに生える翼というものは、あえてそうしない限り、身体の前面に来ることはない(と思ってる)。Plurielもその例にならってか、腰部から放出されているその翼は機体よりも後方にあった。三姫とPlurielの間に存在するのは、ウテナの乗るタンクだけだ。
「りょーかぁああいっ!!」
アンの乗るクリアーレッドに透けた装甲を持つsleeping-beautyが、背部の翼の間で背負うように懸架していた大型ライフルを、その脇の下から前方へ砲身を展開させた。折りたたまれていた砲身と銃身が一直線になったとき、その全長は機体全長を優に超える長さを誇っている。
マドカのSnow-Whiteとウルのbeauty&beastが背負っている実刀もそうだが、機体そのものが見せる特殊性とは異なり、三姫の兵装はいずれもシンプルなモノだ。機体の特殊性を最大限に発揮するための武器だとウテナの言う実刀を、Snow-Whiteとbeauty&beastは背中から引き抜いた。
アンの珍しい叫びと共に射出された弾丸は、ウテナの乗るタンクの頭上を通過し、Plurielの腰部を目指したが、その旅路の途中で別次元にでも迷い込んだのだろう、忽然と姿を消した。Plurielの翼は以前大きく広げられたままだ。
「ウソ・・・反物質、いつ使った!?」
「アン!落ち着いて・・・にしてもコイツ・・・ライフルの弾丸だぞ?ピンポイントで弾丸を狙撃するとか、パイロットとしても規格外かよ」
アンの「了解」の叫び声とほぼ同時に、Plurielから広がる翼の先端部分で、本来薄ていくはずの黒が一際濃くなった箇所があった。それがそのまま、小さい黒弾となって放たれ、sleeping-beautyの放った弾丸と対消滅を引き起こした。
そもそも射出されたライフルの弾丸を〝狙って〟撃ち落とすことができるパイロットなど、全世界でも数えるほどしかいない(居るコトにも驚くが)。ソレができるパイロットのほとんどはNEXTだ。NEXT-Levelによって狙撃手の思考を見ることで、ある程度の狙いが分かるからこそ可能な芸当だと言える。
「ねぇ、きょくちょー?アレってNEXTなん?」
「う~ん、取り込んだ遺志の中に、その持ち主がNEXTだったってケースもあるだろうから、NEXT-Level持ってても不思議じゃないかな」
戦場で散ったNEXTは居る。それも少ない数ではない。中には自らも周囲も、NEXTだと認識する(される)ことなく戦場で命を落としたNEXTも居るだろう。Plurielが言った「どこで死のうと関係ない」が事実なら、極端な話、人間であれば死ぬことでPlurielの糧になるということであり、ソレはNEXTであっても関係ない。
「えー・・・ソレってズルくなぃ?アッチは私たちを混乱させるのに、その逆は筒抜けってコトでしょ?まぁ、私が言うなってツッコまれそーだけど」
やはり彼女たちにPlurielの意志を垣間見ることはできていないらしい。普段なら相手を〝相手として〟意識すれば(全てとはいかないが)情報を得ることが出来る。これは脳内で発生している電気信号を受信しているのだが、電気信号の種類こそ無数にあるものの、その発信局は1つだけなのに対し、Plurielのソレは発信局が無数に存在するようなものなのだろう。無数の遺志の集合体であるPlurielは、取り込んだ遺志の数だけ発信局があるようなイメージなのだろう。それは複数の言葉が一斉に聞こえてくるようなもので、結局何を言っているのかわからないことと同じだ。
「マドカでもムリか・・・アンとウルもムリっぽい・・・あ!ムリに集中しちゃダメだよ?何が起こるか予想もつかないから」
「うへぇ・・・きょくちょーソレ先に言って欲しかったかなぁ・・・覗き込もうとしたら逆に引っ張り込まれそーになってコワかったよぅ」
会話だけを聞いていれば、それは最早オカルト的な領域の会話に聞こえるだろうが、例えばウテナのような〝理解できている〟技術者にしてみれば、ひどく科学的な内容だった。
ウルは「引っ張り込まれそうだ」と言った。コレはコンピューターのウィルスだと置き換えれば(当該技術者にとっては正しくウィルスなのだが)理解しやすい。コンピューターAがコンピューターBにアクセスを試み、その内部データをダウンロードしようとしたが、実際にはアクセスの瞬間にコンピューターBがウィルスをコンピューターAに送り込んだようなものだ。さらに言えば、そのウィルスはA内部のOSそのものを〝コピー〟ではなく〝移動〟させるウィルスだったというコトだ。
ウテナやミリアークのような技術者にとってみれば、人間とはシナプスを使った〝有機コンピュータ〟だと認識することも可能だ。結局のところ物質があり、その内部を電気が流れ、そのことによって制御が行われているのならば、技術者にとってその存在は〝機械〟となる。




