第二部 第5話 intermission
「あー、なんだ、お前たち・・・もう少し、いい子にしましょうかね?」
pentagramとしての初出撃の成果は想像以上のものだった。ADaMaS製Mhwの性能に目が行きがちだが、ソレを扱うパイロットたちの技量があってこその戦果だというのは疑いようもない。しかし、帰還後のアイを除く4人の姿を目にしたコールマンは、まるで放置プレイの果てに本当に忘れられたかのような彼らを不憫に思った。最初はフォローするつもりで近付いたのだが、彼らの行動を思い起こせば、完勝という〝結果〟以外に褒められる箇所が無い事に気付き、言葉を濁した。パイロットの技量はともかくということに帰結してしまう。
初陣から1週間が過ぎた。幸いなことに、Noah’s-Arkが大人しくしてくれていたおかげで初陣以降、出撃命令を出すことは無かった。よほど愚鈍な指揮官でなければ、(向こうにとっての)被害状況及び敵勢力の分析が急務となっているだろう。
「出撃が無くて良かったですね、准将。それで、Pentagramの雰囲気、大丈夫なのでしょうか。ダメとは言いませんが、理想ではないでしょう?」
「そうだね。溝っていうのとは違うけれど、萎縮はありそうだなぁ、何かいい案、無い?」
コールマンの部屋はそれほど大きくはない。今、その部屋には本人と秘書官の2人だけだったことも手伝ってか、コールマンは椅子の背に体重をかけ、頭の後ろで両手を組んだまま絶妙なバランスを維持している。椅子にはキャスターがあり、そこにラグが敷かれていなければ、確実に後頭部を強打していただろう。そんなおぼつかないキャスターの足元へチラと目を向けた秘書官が、かけている眼鏡をクイと引き上げた。
「頭、打ちますよ?准将。案ですか・・・こういうとき男の人って、飲んで理解を深めるんじゃないんですか?」
「pentagramはむしろ女性の方が多いよ?しかも、1人は未成年だし」
「気になりますか?」
話の内容としてはコールマンが正しいだろう。しかし、秘書官が見せる表情は〝不思議〟を前面に押し出していた。秘書官の慄然とした態度が手伝っているのだろうが、こうも当たり前かのような雰囲気を作られると、自分が間違っているかのような錯覚に陥るものだと思いつつ、コールマンは脳内で5人を1人ずつ思い浮かべていった。
「ウル君はともかく、他の4人は呑みそうだよねぇ。まぁ、保護者同伴ってことで、アリかもしれないね」
「准将もお飲みになるのですか?」
やはり眼鏡をクイと引き上げる。先ほどから見ている限り、別段眼鏡がずり落ちているということもなさそうだが、おそらく長らく眼鏡をかけている彼女のクセなのだろう。
「たしなむ程度だよ。キミも来るかい?」
〝会を開いて親睦を深める〟という案は秘書官が提示したものだ。pentagramと彼女に直接的な関わりはほとんどないが、全く知らない仲でもない。コールマンの誘いは尤もだと思われたが、秘書官の表情はそれまでと打って変わり、怪訝なモノへと変貌した。本人は気付いていないだろうが、コールマンが誘いの直後に浮かべたニヤリとした口元の歪みがそうさせたのかもしれない。
「イヤですよ。あのメンツで飲むなんて、何が起こるか分かったものじゃありません」
「提案者のキミが言うかね・・・まぁ、いい。スケジュールの調整、しておいてくれ」
「承知いたしました」
コールマンの秘書が予見した〝何か〟は、ある意味で予想どおり、しかし、個々を見れば予想外の形で具現化されることになる。
「今日は私のオゴリだ。無礼講には違いないけど、度は越しちゃダメだよ?」
コールマンの一言で始まった〝懇親会〟は開始から10分間、まるで通夜のような静粛さを保っていた。それでも、場の雰囲気は重要である。周囲の喧騒と少しペースの早いアルコールに乗せられて、少しずつ会話が進行していく。リッカとウル、やがてアイが少し気まずそうに加わり、コールマンを巻き込んでいった。けしてこういった趣旨の席が得意ではないコールマンではあったが、そのコールマンが呼び水となり、すでに2人で会話が交わされていたアキラとタクヒの合流に成功した。
会に参加している全員が1つの会話の輪となった。こうなれば無礼講が効いてくるというものだ。
「ウル!ちょっと飲んでみろよ?今日は准将もいるんだしサ!」
その口火を切ったのはタクヒだった。左手には自分が飲んでいるビールの入ったグラスを、もう片方にはウルに差し出そうとしているカクテルの入ったグラスを握っている。
「こらこら、ウルちゃんは未成年!ウザ絡みすんなら~・・・私にしとけっ!誰か私を拾えよぉぉおお」
正面から伸びてきたカクテルのグラスを、半ばふんだくるようにして奪ったのはリッカだ。普段目にすることは絶対にないと言い切れる妙なテンションが完全に酔っていることを説明してくれている。
「んぬはははっ!リッカらんラメれすよ~。この男はわあしにゾッコンなんれす!わあしにゾッコらないヤローはいぬぁあい!」
思いのほかハイテンションに仕上がっているのはアイだった。もしも後日にこの醜態を知るようなコトになれば、ソレは最早pentagramの危機と言えるかもしれない。できることなら、このままアルコールが彼女の記憶を消去してくれることを願うばかりだ。
ある意味、(酒に酔った)2人の女性による(想定外の)奪い合いの標的となったのはタクヒだった。これまでの言動からすれば大いに喜びそうなものだが、以外にも2人に絡まれた途端に言葉を発さなくなった。萎縮という概念がこの男にあったのかと思ってはみたが、その様子を見るに萎縮とは違う何かを感じる。まさかとは思ったがどうやら間違いなさそうだ。どうやら彼は恥じらっているらしい。
お酒の場というものは恐ろしいモノだ。呑むことを自重している者に対しても、その雰囲気が知らず知らずのうちに酒を勧める。そして人はその勧めに応じてしまうのだから始末に悪い。そして口にしてしまったその分量によっては、本人が意図せず(むしろ不本意ながら)その者が本来は隠しておきたいと思っている本性をさらけ出させてしまうことが多々ある。
「あんれ~ウルぅ~?アンタもしかして呑んでる?だぁれだぁ!ウルに呑ませたのあー!私の相手しろよぉぉおおお」
「ふぁい!美味しくいたらいてまう!男なんてチョロひふね!」
「いいんだ・・・オレは孤独でいいんだ・・・」
「あらあら・・・うぅ・・・そうよね・・・私のせいよね・・・ゴメンねぇ・・・うぅ」
女好きと思われた男はそれが虚勢であり、実際に女性経験・・・それも何気ない会話ですら臆するような男だったことが露見した。自らを飾り立て、自身が特別であると周囲に知らしめようとした女の正体は、そうすることで自分を知ってほしいと切に願っているただの寂しがり屋だった。これまであった清廉さや知的さ、何より初々しさが演技であった少女は、自分の容姿やその知能に絶対の自信を持つ自信家の素顔を見せたかと思えば、良くも悪くも孤高と謳われた男はただの孤独に苛まれた男だった。そして、個々が奏でるメロディーを束ねる指揮者を命じられた女性は、自虐が過ぎる精魂の持ち主だった。
最終的に、個々が単独で物と会話し始めた状況を、コールマンはただ黙って見つめている。彼の内には1つの決意があった。
「もう二度とキミらとは呑まん」