第十三部 第1話 contact(接触)
「よぉ、・・・Pluriel、これからオマエを止めようかと思ってるんだが、言いたいことはあるか?」
ADaMaS製Mhwには専用とも言える回線が存在する。この回線はパイロットの意思に関係なくADaMaS側から開くことができたが、厳密にADaMaS製でないPlurielにもこの回線が存在するかどうかはカケだった。Plurielからの反応を待つ時間が恐ろしいほど長く感じる。
「ウテナか・・・見えているだろう?反物質を展開した私を止める手立ては無いよ。キミんらそれをよくご存じだ。それよりも、私と共に歩む道を選ぶことの方が賢明ではないかな?」
当たり前と言えばそのとおりだが、さすがに自分のコトだ、その特性をよく分かっている。ウテナにしてみれば脅迫されたも同然のようなモノであったが、それでも反応があったことは喜ぶべきコトだった。
Plurielが反応したからなのか、それともNEXT-Levelだったのか、いずれにしても、三姫は揃ってその場に着地した。三姫の前をウテナのタンクが1人前進していく様子を目にしている3人は、Mhwがタンクであり、その乗り手がウテナであることが手伝って、それぞれの胸中に襲い来る「前に」という欲求に何とか抗っている。
「アイツ・・・反応したね」
「だけどこの感じ・・・ホントにヒトじゃないんだね」
「お姉ちゃんたち?私たち、ホントに待機でいいの?」
マドカ、アン、ウルの声はどことなく震えていた。NEXT最高峰と言える彼女たちであっても、人は〝未知〟に対して恐怖心を抱くと言う。得体のしれないPlurielへの恐怖か、ウテナを独りで先行させていることへの不安か、その震えは静寂が伴っていなければ気付かない程度のものだったが、確かに震えていた。
「話は通じるらしいな。どうだい?少し話さないか?」
「戦場で申し出る内容とは思えないが・・・ふむ・・・いいだろう。ところでそのまま前進を続けるつもりかな?構わないがうっかり翼に触れるなよ?話している相手が突如消えてしまっては、少々つまらないからな」
まだ2機の間には少し距離がある。だがそれは、少なくともADaMaS製Mhwであれば一足飛びに詰められるほどの距離でしかない。
「解かっている。僕が生み出したモノだ。その危険性は誰よりも知っているさ」
「ところで、何について話したいと?」
前進を止めないウテナが目の前に居るとして、Plurielもまた、その場に在ることを変えようとはしない。
「そうだなぁ・・・〝未来について〟なんてどうだい?」
「〝未来〟ねぇ・・・果たしてその未来は誰のなのかな?なら問うが、この先の地球が想像できるか?」
「少なくとも今のままなら、人類が生きていける場所ではなくなる・・・ってところかな」
Plurielが話そうとした未来に現れたのは、人によって滅びへと向かう地球の姿だった。そしてウテナが話そうとした未来に現れたのは、自らたちの責で地球を追われた人の姿だった。この短いやり取りの合間にも、2機の間に横たわる距離は縮まっていく。
「なぁ、ウテナ。私の本質を理解しているキサマなら、私と人類の間に不公平があるとは思わないか?」
「生きている者と一度死んだ者ってことか?まさかとは思うが、死んだことに意味があったのかとか、考えてないよな?」
「バカを言うな。死というものに意味など無い。ソレは生きている者が勝手に見出そうとするものだろう?」
Plurielの考えは、不思議とウテナのソレと同じだった。それはタクヒ・メイゲツインを失ったアキラ・リオカの問いに答えたウテナと同じものだ。自分でも意図せず、その答えを聞いたウテナの口元は緩んだ。そして2人の距離は会話の分だけ縮まった。
「へぇ・・・解かってるじゃないか。なぁ、未来を語るのに知りたいことが1つあるんだが、教えてくれるか?」
「ああ、いいだろう。聞いてみろ」
「オマエの中には宙で死んだ者も居るのか?」
「・・・居る。どうだ?未来は語れそうか?」
MhwとしてのPlurielが広げる翼から10mほどの距離だろうか。ウテナの乗るタンクのキャタピラが、そのキュラキュラという独特な音のリズムを緩やかなものに変え、それほど間を置かずに鳴りやんだ。ウテナから見える前方の景色は、全てが黒いレースか何かに覆われているように見える。絶え間なく放出を続けることで維持しているその黒い翼の向こうに見えるPlurielは、放出を続ける反物質の流れによって歪んで見えた。
「そうか・・・結局人は大地に還るんだな・・・オマエの言う不公平が解かった気がするよ」
「そうか・・・魂を重力に引っ張られている、とも言うな。どちらが正しいというコトもないがな」
Plurielの言う不公平は、場所のことだろう。人は宇宙にまで進出し、そこを生活の場とするにまで至った。だが、どういう原理なのかは皆目見当もつかないが、Plurielとして形を成す人の遺志は地球の重力から逃れることはできないらしい・・・いや、そもそも〝魂〟という存在が立証されたワケでなく、Brain-Deviceを介した電気信号の集合体であるPlurielの活動可能範囲が地球に限られているということなのだろう。もしかしたら成層圏辺りで電気的な不都合があるのかもしれない。
「大義名分はそれぞれだな。オマエは地球という視点からソレを立てたワケだ」
「理解が早くて助かるよ。人間が地球に存在する以上、地球はもたない」
それは誰もが解かっているコトだ。旧世紀の後半ごろからそのことに危機感を覚えた人類は、2000年以上を数えてようやく地球環境問題に取り組み始めた。だがそれは着手するにはあまりにも遅く、着手したところでどうにかできる段階を過ぎていた。
宇宙移民は人口増加対策が本筋の目的ではあったが、コレには環境問題対策も含まれていた。要するに、地球に住む人口を極端に減らすことができれば、長い年月はかかるだろうが地球環境は地球そのものの自浄作用(もしかしたら自然治癒と言ってもいいかもしれない)によって改善する。それは人類が生きていくための方法だったが、その結果生み出されたのが現在の状況だ。つまり、戦争が生まれた。
「地球に人間だけが介入する権利は無い。むしろ、生態系という生物の本質・・・本能を捨て、理性を持った人類は誰も介入すべきでは無い。違うかな?」
「いや、正しいと思うよ。誰かにそう聞かれたら、誰だって〝正しい〟って答えるさ」
人類はほとんどの者が自らたちの大罪を認識している。それはたぶん、人類が〝文明〟を得たことが全ての始まりと言えるのだろうが、その本質はと問われれば、根源は何かと問われたのなら、認めたくはなかろうとも、人が知恵を得たことなのだろう。
地球という惑星から見たとき、人類が犯した罪はあまりにも大きい。その代償を払おうとするならば、ヒトは恐怖に立ち向かわなければならず、立ち向かったところで抗うことができる場合は多くない。そのことを理解しているヒトという生物が、再び本来の食物連鎖の中に戻ることは無い。そうすることが唯一の解決手段だと理解していたとしてもだ。




