第十二部 第11話 nevergive up
「行きなさい・・・この機体はもう持たない」
ポーネルはまだ生きている。魔弾による被弾はコクピットから外れていたらしく、モニターで見える限り、ポーネルの身体に外傷はなさそうだ。しかしアイ、リッカ、ルアンクそしてオピューリアが見ているモニターに映るポーネルは、額に不自然な汗が見え、どこか息苦しいように見える。
状況を一番正しく理解していたのは、4機の状況をモニターしていたオピューリアだった。彼女の前にある複数のモニターのうち1つに、4機の機体状況を表すものがある。そこには損傷率や摩耗率、残エネルギーや機体温度、さらにはパイロットの生体データまでもが表示されている。
その中の1つ、機体温度が異常値を示している。その温度は急速に上がっているように見え、それがコクピット内にも影響を及ぼしているらしい。Mhwのカメラにもサーモグラフィ機能は存在し、そのおかげで機体温度に関しては全員が理解していたが、それでは知り得ないオピューリアだけが知っていることがあった。オピューリアの見ているモニターには、機体のどこが損傷したのかが示されている。そして、損傷部位によって起こる機体への影響は、これまでの経験で予測することができた。
「皆さん・・・孔雀王から離れてください!その機体は・・・もう爆散します」
言葉が進むにつれ、言葉を絞り出すように聞こえた。アイ、リッカ、ルアンクの3人には、オピューリアがそうなる理由が分からない・・・いや、ソレは戦場の経験で知っていた。ただ今は、それを分かりたくなかっただけだった。
「ポーネルさん?オペちゃんもああ言ってるし、早く出てきてくださいよ」
横たわる孔雀王の傍らに膝を着き、その右手を孔雀王のコクピット付近に差し出す。だが、ポーネルからの返事は無く、代わりにオピューリアがやはり言葉を絞り出した。
「ダメなのよ、リッカ・・・そのコクピットハッチは開かない・・・」
「え?・・・でも非常用の脱出機能、あるでしょ?キャッチするから」
全てと言っていいほどほとんどのMhwには、緊急時にパイロットを生還させるため、コクピットそのものをMhwから射出する機能がある。Mhwの活動範囲が多岐に渡ることから、ほとんどの機体が球状のコクピットであり、緊急時にはその球体ごと機体外に射出できるようになっている。戦場で致命傷を負った機体から射出されたコクピットを、僚機がキャッチし連れ帰るといったシーンはよく見られるものだ。
「リッカ・・・ヤツの魔弾はその機能を破壊しているの。だから・・・解かるわね?」
「そういうコトです。リッカさん。何度か試してはみたのですが・・・仕方の無いことです。いろいろあるでしょうが、今は時間が惜しい。だから貴女方は、生きなさい」
最後の「生きなさい」という言葉が正しく伝わっただろうかとポーネルは思った。最初に同じ音の言葉を言ったときは離れろという意味で「行きなさい」と言った。だが、今言った言葉は、音は同じでも意味が異なる。「生きる」という言葉はいつでも重い。
「っざけんな・・・・そんなコトで諦められるような安い恋はしてないっ!!」
シズカゴゼンは立ち上がり、地面に突き立ててあったサーベルを逆手に握った。左手に握ったサーベルは、その姿をサーベルのままに留めていたが、右手に握ったサーベルは、握ると同時に刀身が砕けた。どうやらテイクンの機体を斬り裂いた時すでに、サーベルとしての役割は終えていたらしい。
「リッカ!使いなさいっ!!」
アイはコノハナサクヤがその右手に持っていたサーベルを振りかぶると、まるでブーメランかのように回転させて放った。それは仲間に武器を渡すといった動作とはとても思えず、2機が僚機でなかったとしたら、間違いなく攻撃だと思える威力を伴っている。
アイとリッカはそれほど長い時間を共にしているわけではない。もし2人が20年来の親友だったとしても、それで出来る理由にはならない芸当をMhwでやって見せた。パスとは思えない速度で、しかも回転しながら迫るソードを、そちらをチラリとも見ることなく、柄を掴んで見せた。それも、左右が揃うように逆手でだ。
その動きを、DA-systemが補佐していたことは言うまでもない。だが、ソレだけでコレをやってのけることができるワケでないのも事実だ。ただの偶然だったのか、互いに結果を確信しての行動だったのか、ともかくシズカゴゼンの両手にサーベルは握られた。
「恋する乙女、ナメんなよ?コレでどぅよぉぉおおおっ!!」
リッカは孔雀王のコクピット左右に深々と、若干斜めから潜るようにサーベルを突き刺した。そしてそのまま、コクピットを囲むようにそれぞれを時計回りに半回転させる。その動きは正に、球体であるコクピットを抉り取って行った。
「ルアンク!」
「ああ、任せてもらう。リッカ!!」
この戦場上空を旋回していたThekuynboutだったが、オピューリアの一声で、まるでタイミングを計っていたかのうように急加速をかけた。その向かう先はシズカゴゼンと孔雀王だ。
どこからだっただろうか。孔雀王の被弾状況を知ったオピューリアは、ポーネルの生還を諦め、それ以上の犠牲が出ないことを最善と考えていた。それは自身にとっても苦渋の決断だったが、リッカとアイの2人は諦めなかった。それがホンキだと理解できたのは、サーベルの受け渡しだっただろうか。
確かに、コクピットを抉り出すことは可能だ。もともと射出されるように設計されているコクピットなのだから、コクピットと機体にわずかな境界は存在する。そこを外部から物理的に切断すれば、あとはテコのようにサーベルをさらに傾けることで抉り出しは完了する。だが、そもそもソコに存在する〝隙間〟というものは、サーベルの厚み分があるかないか程度のモノでしかない。ソコを狙って突き刺すのはもとより、その隙間に沿って円を描くなどと、わずかにズレれば、コクピットそのものへダメージを与えることになる。しかし問題はソレだけではない。その直後に次の問題がやってくる。おそらく孔雀王はその直後に、もっと言えばサーベルを突き刺したことに起因して爆散する。いかにMhwとは言え、その爆発に巻き込まれればタダでは済まない。コクピットだけなら尚更だろう。唯一、その爆発から逃れるコトができるとすれば、それはThekuynboutのスピードだけだ。
Orioの4人はそのことを、話し合うワケでもなく理解できていた。すでにそれぞれが出来る最善の動きをとっていた。Thekuynboutは最高速で、さらにカンペキなタイミングでそこに到達できるように見計らっていた。
テコを利用して抉り出した孔雀王のコクピットが機体から飛び出す。すでにサーベルを手放していた両手でそれをキャッチしようと、さらに衝撃が最小となるように、シズカゴゼンをジャンプさせ、コクピットが最高到達点に達したその一瞬の停滞を狙いすましてキャッチしたシズカゴゼンを、さらにその瞬間を狙いすましたThekuynboutが、その両脇に腕を滑り込ませるために背後から接近した。その瞬間、孔雀王がコクピットから爆発の炎を上げた。
「すり抜けながらかっさらって!」
さすがに衝撃がそれぞれを襲いはしたが、シズカゴゼンの両脇を抱えるようにThekuynboutが接触した。その瞬間を見ることはできたものの、2機と1つのコクピットは炎と黒煙に包まれ、一瞬その姿を隠した。しかしその直後、まるで尻尾かのように黒煙を引きずりながら、3人は再びその姿を現した。




