第十二部 第9話 設計図
「ポーネル様っ!お待たせしました!!」
そこはしばらく、ポーネルとザイクン2人だけの世界だった。閉ざされたかのように思えていたその場所へ飛び込む影が1つあった。リッカ・イズミの駆るシズカゴゼンだ。手にしている武器はチェーンで柄の下部同士が繋がれた2本のヒートサーベルだ。どうやらダブルガトリングは全弾撃ち尽くし投棄して来たらしく、腰部後方と接続するその基部ごとどこにも見当たらない。
そのFreikugelに対する侵入角度は、装備しているシールドの陰だった。ザイクンがポーネルに固執していなければその接近には容易に気付いていただろうが、今回ばかりは状況が悪かったらしい。ザイクンがその存在に気付いた時にはすでに、ヒートサーベルがFreikugelののど元に届く位置にまで接近していた。
「コイツ、どっから・・・えぇい!Freikugelの機動性、ナメんなよっ!」
ザイクンはシズカゴゼンに気付いた瞬間、全スラスターを全開にした。
「Freikugelってのは機体名じゃないんだよ」
出撃前にポーネルを呼び止めたウテナはそう切り出した。ポーネルからすればウテナの言っていることに理解が追いつかない。そんな様子を見たウテナは説明を続けた。
これまでのADaMaS製Mhwとなんら変わりの無い設計図に、確かに「Freikugel」の文字はある。しかし、その文字が記載されているのはMhwの名称が入るべき場所ではない。通常、1ページ目の左上に機体名が記載されているが、Freikugelの文字は最後のページに、手書きで大きく記入されていた。
この最後のページに記載されているのは、Freikugelが装備する武装類だ。通常なら1枚の中に装備のほとんどが記載されているが、Freikugelの最後から2ページ目にはいくつかの装備類が描かれている。ビームサーベル、シールド、肩部のキャノン、そしてライフルもそこにある。しかし、Freikugelの最後のページに記載されたのは、ライフル の弾丸のみだった。
Freikugelとはつまり、機体名を示したものではなく、その装備であるライフルを指した名称だった。
「理解はできましたが、局長の言うFreikugelを持つあのMhwが脅威であることは変わりないのでしょう?」
「う~ん・・・正確に言えば少し違う。脅威なのはあくまで〝魔弾〟であって、機体そのものじゃない。しかも、ポーネルさんの孔雀王なら、その脅威に対抗できる」
「どういうことです?」
「うん、Mhwそのものは標準的なウチのMhwだってことだよ」
標準的なADaMaS製Mhwという表現が正しいのか難しいところではあるが、例えば同じように特殊な兵装を持つ(ADaMaS製はほとんどの機体がソレを持ってはいるが)Re:Dと比較すれば分かりやすい。Re:Dは専用兵装Astarothを装備する。コレもFreikugel同様、実に特殊な兵装だ。ではそれぞれ、特殊な兵装を装備するMhwそのものに目を向けてみる。
Re:Dは〝Odin-Frame〟という特殊な構造の内骨格を持っている。この骨格を搭載しているMhwはRe:D、イザナギ、Laevateinnの3機のみであり、それはつまり、この内骨格を扱えるパイロットが限定的であることを示している。簡単に言ってしまえば〝Mhwそのものが特殊〟だということだ。
ならばFreikugelはどうか?この機体そのものはIHC製MhwであるEs・Custom(この機体も高性能ではあるが)と大きな差は無い。実際の違いは4か所。両肩のビームカノン、背部バックパックに追加されたスラスター、脹脛に増設されたスラスター、そして魔弾を操作するために増設された頭部アンテナだ。
他のADaMaS製Mhwを見ても、〝機体そのもの〟が特殊な設計をされているのに対し、Freikugelの機体はIHC製Mhwに手を加えたモノでしかない。これは意味合い的に、空戦型sksと同じである。
「なるほど・・・機動性に関してはADaMaS製と同程度になるよう調整されていますが、素性としてはIHC製Mhwだということですね?」
「そのとおりだよ・・・だから、正しい意味でのFreikugelさえ突破できれば、ウチのMhwの敵じゃない。要するに、ポーネルさんに任せたい」
「・・・承知しました。魔弾の封殺に全力を注ぎましょう」
ウテナがFreikugelに増設したスラスターは、ザイクンの機体の素となった一般的なEs・Customを上回る機動性を確保していた。瞬間的に斜め後方に飛び上がり、シズカゴゼンとの距離を取る。
「遅いっ!」
それでもシズカゴゼンは正真正銘のADaMaS製Mhwだ。足元が砂地だというのにその右足は的確に大地を捉え、砂の流れに合わせた微細なバランス調整と同時に、その大地を蹴り自機をFreikugelに追従させた。その動きに一切のよどみはない。
「それでも間合いは僕のモノだっ!」
ザイクンはFreikugelの銃口を、シールドの向こう側に居るシズカゴゼンへ向けた。シズカゴゼンの武器は2本のサーベル。どれだけ腕を伸ばそうと、まだその間合いには届いていない。万が一間合いに入られたとしても、その刃を防ぐためのシールドは構えたままだ。後はFreikugelのトリガーを引くだけでいい。
ザイクンが握っている操縦桿にあるトリガーを引こうとした直前、それを思い止まらせた衝撃がコクピット内を襲った。信じられないと言った表情のザイクンが見たものは、左上腕が両断され、それぞれの断面から煙や火花を散らせながら広がる断面同士の距離と、扱う主人の手が存在しないサーベルだった。
「逃げんなコラぁ!!」
シズカゴゼンにはDA(Doble-Arm‘s)-systemが組み込まれている。セシルによって生み出されたソレは、利き手という概念が存在しないリッカの特性を最大限に活かすだけではない。対と成る武器の扱い方そのものを汎用性の高いモノへと昇華させる。そのシステムはダブルガトリングよりむしろ、この〝鎖〟で繋がれたサーベルで真価を発揮する。
リッカはFreikugelが動き出した瞬間、シズカゴゼンがそのサーベルの間合いにザイクンを捉えるよりも、その銃口がリッカを捉える方が速いことを悟った。そしてそれとほぼ同時に、左手の握りを緩めた。重力に任せて手から落ちるサーベルが自分の意志から完全に離れてしまわないよう、掌に載せていた鎖が小指側から親指と人差し指の間を通って滑り落ちていく。
シズカゴゼンは前に突き進んだ。その途中、掌を流れる鎖を今度はしっかりと握り、その流れを止めたことでピンと張った鎖は、シズカゴゼンが振り上げた左腕に導かれるように遠心力を伴い弧を描いて上昇して行った。そしてザイクンの機体が構えていたシールドを更なる基点として急激に上方へと軌道を加速させ、その左上腕を切り裂いた。




