第十二部 第6話 孔雀
「ふむ・・・5機、抜けてきますね。いい判断です。手強いですよ?」
ポーネル・ウィルソンがMhwに搭乗し前線に出るとなったとき、A2のほとんどの者が意外に感じた。誰も彼がMhwで戦闘する姿を想像できなかったからだ。外交的手腕は疑う方がどうかしてると言わんばかりの才覚を示すが、その立ち居振る舞いからは〝争う〟ことが想起できない。
ポーネルは戦火の絆においても、みんなと興じることが少なかった。少ないながらにも見たその技量は、ADaMaSのチームが世界でゲームに興じる者たちの間で有名となった時期であっても、その中にあって劣っていたということは無い。それでもやはり、ゲームはゲームだと認識していたことも手伝っていただろう。
「ポーネルさんってウマイのにあんまりやりませんよね?」
「え?そうですねぇ・・・ゲームというものが私のような者には馴染みが少ないのですよ」
ADaMaSの外に居ることの多いポーネルではあったが、ADaMaS内に居る時であれば、戦火の絆が置かれている場所にはよく顔を出していた。そんなときにセシルと交わした会話だ。今にして思えば、そのときにポーネルの見せた笑顔は世代の違いで見せた苦笑いではなく、その場をはぐらかすための笑顔だったと理解できる。
「お三方であの5機をお願いします。それまでFreikugelは私が抑えます」
そう言うと、ポーネルの乗ったRay-Nard型Mhwが先陣を切った。反論を許さないようなその行動に面食らったのか、Orionの3人は慌てたように後を追う。この動きにすぐさま反応を見せた敵部隊は、真っ直ぐにFreikugelに向かうRay-Nard型Mhwを囲むような陣形でMhw5機を展開させ始めている。この5機もRay-Nardだ。
「頼みましたよ、お三方」
「ちょっと!ポーネルさんっ!!あぁっもうっ!!Ray-Nard5機、ソッコーで墜とすわよっ!!オペちゃんはポーネルさんの状況報告、逐一お願いっ」
ポーネルの動きに慌てたアイがすぐさまリッカ、ルアンクそしてオピューリアに指示を出す。それぞれもポーネルの動きに面食らってはいたが、フォローの動きをすでに開始していた。
ルアンクのThekuynboutが飛び立ち、シズカゴゼンがダブルガトリングの斉射で5機のRay-Nardをけん制する。その射線に沿うようにアイがコノハナサクヤを突出させるが、5機のRay-Nardもそう簡単な相手ではない。機体に施されたマーキングから、5機とも〝狂犬〟に所属していたパイロットだということが解かる。機体だけでなくパイロットもろとも移籍したということなのだろう。
「アイさんっ!このヒトたち、強いですよっ」
「気を緩めるな!コイツら、全員〝狂犬〟だ!」
「解かった!ソッコーがムリなら確実に1機ずつ墜とすわよ!」
「ルアンクは左の2!リッカちゃんは右の2を抑えて!アイさん、サシですっ!ソッコーで!」
オピューリアの指示に間髪入れず、Thekuynboutが空中を旋回し2機のRay-Nardを引き離すと、右のRay-Nard2機はシズカゴゼンがガトリングの弾幕を張り、1機だけを孤立させた。その瞬間的なタイミングを逃さず、コノハナサクヤのワイヤーが相手の左腕を絡めとった。
「もう逃がさないわよ?・・・墜ちなさいっ!」
コノハナサクヤが距離を詰め斬りかかるが、相手は狂犬、さすがに一刀両断というワケにはいかない。サーベルの切り結びが火花を散らした。
「さぁ・・・コレで貴方と私、1対1です」
「バ~カ!勝てる気でいんのかよ、じじぃっ!」
Freikugelがライフルから魔弾を放った。その狙いはOrionの3機だったが、銃口から飛び出した魔弾は、それぞれがターゲットに対して軌道を変えようとした瞬間、空中で爆ぜ消えた。
「じじぃ呼ばわりは感心しませんね・・・ですが、言ったはずです。1対1だと」
「その頭の羽飾りが目障りなんだよぅ・・・孔雀ヤローが!ローストチキンにしてやる!」
「惜しい・・・我が愛機の名は〝孔雀王〟・・・キミの方こそ、いい加減に口を慎みたまえ」
バックブーストで距離を取りながらライフルを撃つFreikugelに対し、ビームサーベルを抜刀した孔雀王が追う。Freikugelの放った弾丸は、通常弾と魔弾が混在していた。だと言うのに、空中で爆ぜるのは魔弾のみ。あとの通常弾は避けている。
〝孔雀王〟はウテナ自身が手掛けたMhwだ。ADaMaS製なりの機動力はあるが、Freikugelと比べればソレは劣る。今手にしているサーベルも、腰部後方に懸架されているライフルもRay-Nardが装備するソレと同じものだ。外装もわずかに異なってはいるものの、横に長く大型化されている肩以外はそこまでの違いは無い。
深い緑で彩られたその機体を象徴するのは、機体名の由来だろうと推測できる後頭部から垂れ下がるようにして存在する孔雀の羽のようなモノだ。
1本の〝芯〟のようなロッドに孔雀を象徴する丸い羽根飾りのような円盤状の物体がいくつも接続されている。そしてそれが後頭部の接続位置から広がるように5本存在している。テイクンが独り言ちたように、その1つ1つがSWだった。
この孔雀王、パイロットであるポーネルの意向もあったが、〝防衛用〟の機体だ。そしてこれら無数のSWを同時に、そしてライフルの弾丸(しかも途中で軌道を変える)ですら捉えてしまうのは機体性能ではない。ポーネル・ウィルソンという男の〝性能〟である。
ウィルソンの家系には執事を生業とする者が多い。実際、ポーネルの直系は1つの貴族と言うべき王室に代々仕えている。一見煌びやかに思えるその世界において、ポーネルが生まれながらに備えていた能力は、その裏側にある〝欲望〟を曝け出させた。
幼少にして自分も将来、王室に仕える執事に成るのだと信じて疑わなかったポーネルは、少年にしてその夢を打ち砕かれた。彼は類稀なるNEXTであった。
NEXTを語るうえで、〝最初のヒト〟もしくは〝NEXT最強〟はアレイス・セウである。しかしこれは、NEXTという存在が一般的に知られるようになった時期、つまり戦争が始まって以降のことである。実際、世の中にNEXTがいつから存在していたのかは定かでないが、ポーネル・ウィルソンはアレイス・セウがNEXTとして覚醒するよりも前に、すでにNEXTとして存在していた人物だということになる。
この世界において、現時点ではBABELの3人、ミリアーク、ボルドール、ロン以外だれも知り得ないことだが、彼女たちの下にはN3-systemがある。ADaMaSがまだ存在したときに一度だけ来訪した際、N3-systemを利用してADaMaS内でNEXTを秘密裏に調べたとき、そこには多くのNEXTが存在していた。このときの最高値は2122という圧倒的数値だった。3人の目にはその数値が一際存在感を放っていたが、1500という数値を示した者が2番目に居る。ミリアークたちにその数値の持ち主が誰だったのかを知る術はなかったが、〝NEXT-Level最強〟と目されているニキ・アウラすらも凌駕するその数値の持ち主こそ、ポーネル・ウィルソンその人だった。




