第十二部 第4話 覚醒者
「悪いな、カーズ・・・オマエは目的の通過点に過ぎん」
いつの間に閉じていたのだろう。そして見開かれたフロイトの目に迷いはない。精神状態としてはたぶん、アキラとヤりあったときに近い。あのとき、アキラとの闘いを楽しんでいたことを覚えている。ソレが終わったとき、胸中に宿ったのは焦燥感ではなく、充実感だった。闘うことの先が見えていたからだろう。
「ヴォルフ?吹っ切れたのはイイですけど、前のめりはダメですからね?」
「そうだぞ、オマエ。オマエはまだディミトリーに用があるんだろ?」
表情でも見えていたのなら、「吹っ切れた」顔をしているのが分かったとして驚かないが、この2人は通信の中にも潜んでいる〝空気〟を読み取ってくれるらしい。この2人とチームを組めて良かったと思える瞬間だ。そんなコトを、2人のことを考えている自分を見つめ直すと、1つのことに思い至った。アキラの言ったコトが自分の目的だったはずだ。その本当の目的を忘れてしまっていた自分に驚くほかない。
「ああ、ソレはたぶん、もういいんだ。今となっちゃ、俺の役目じゃないらしいしな。俺はただ・・・ベルと生きる未来を護りたいだけさ。あと、オマケでアキラ・・・オマエと組むのはワルくない」
不思議と恥ずかしさは無かった。それどころか、意識すらせずに自然と想いが言葉になっていた。
目の前から直進してくるLaevateinnが見える。頭ではソレが凄まじいスピードだと解かっているが、何故か〝速い“という感覚が湧いてこない。一流のアスリートが「ゾーンに入る」という言葉を使っているのを耳にしたことがあるが、これがそういうことなのだろうかと朧げに頭を過る。
「ヴォルフ!ソイツは自分が速くなったなったんじゃねぇ!惑わされるなっ!」
「・・・ナルホド、そういうコトねっ!」
ヒトの意識は、時に神を凌駕する。フロイトにとって、〝神〟とは〝時間〟のことを指している。時間という存在だけは、他のどんな存在であっても影響を与えることのできない不変のもの(この際、反物質は横に置いておく)だからだ。しかし同時に、ヒトは意識の中でなら、時間を操ることができる。過去を遡ることもできれば、未来を描くこともできる。そして条件が揃うと時間の流れを遅くすることもできる。〝ゾーン〟や〝走馬灯〟などがソレだ。
ヒトによる時間への介入は、意識の中でしか為されない。どれほど見える世界がゆっくりになろうとも、自身の動きが速くなることはない。さらに言えば、Mhwの動く速さの上限は決まっている。コレを超えて早くなることはあり得ない。そこを読み違えれば、迫り来る相手の刃がゆっくり近付いてくるにも関わらず、躱せと意識してもゆっくりしか動かない自身の身体を切り裂かれることになる。
アキラの言葉がなかったとしたら、おそらく間に合わなかっただろう。Odin-Frameを最大限に活用し、Laevateinnの攻撃を紙一重で躱す。
「アキラ!オマエ、コレの経験あったのか」
「あぁ?経験っつうか、ついさっきから初体験中だよっ!」
「ふ~ん・・・会話からするとオマエらも入ったな?・・・いいぜ、オマエら!サイコーだ!!ならもっと楽しませてくれよ!」
〝ゾーン〟に入った覚醒者3人による乱戦は、すでに戦争における戦闘と言うにはあまりにも美しかった。覚醒者2人を相手取るカーズ・ヤクトは、それでも3人の内で抜きん出た存在なのだろう。もしかすれば、カーズが覚醒者として十分な経験を積んでいる事実が、この均衡を作り出しているのかもしれない。
Laevateinnは両腕にビーム刃を形成することができるが、ほとんどそれを使用していない。体術(Mhwで言うのもアレだが)と刀1本だけで、Re:Dとイザナギの猛攻を凌ぎきっている。恐ろしいのは、Laevateinnが防戦一方ではないということだ。わずかに2人の手数が勝っているようだが、この2対1の戦力差はそれだけでしかない。
「ハッハァーッ!いいぞ!オマエら!!もっとだ!もっと来いっ!!オレはその上を行くっ!!!」
「このバケモんが!」
互いの刃がほんの切っ先だけ届き始めている。ほんのわずかだが、装甲表面に〝線〟が描かれだした。まるで、最初からすべての動きを計算し、何度も何度もNGを出しながらも完成されたアクションシーンかのような3機の動きは、それらが全て繰り返し何度も訪れ、途切れることのない刹那の判断の連続だった。
「なんなの・・・これ・・・」
ベルルーイの目に映るソレは、まるで映画のワンシーン(と言うには長いが)だった。不思議なことに、3機の動きが、それこそ指1本の動きですらも正確に〝視る〟ことができていた。それはその例えで言うのなら、〝監督〟という立場なのだろう。「2人を勝たせたい」という想いだろうか?それとも「死なせない」という決意だろうか?想いの強さが彼女の集中力を引上げ、それが彼女にも覚醒を促していた。その眼がLaevateinnの振るう刀を捉えた。狙いはイザナギの脚だ。
「アキラっ!避けないで!!」
アキラはその刀に反応できていた。イザナギを一歩退かせることで相手の刀が空を斬り、そこへRe:Dが飛び込むところまで、まるで未来視かのように脳裏にあった。しかしベルルーイの発した言葉は、アキラの脳裏に映っていたその映像を違うものへと瞬時に書き換えた。アキラにも、ベルルーイが見ているモノが解かった。
「カァァァズゥゥゥウウウウ!!!」
Laevateinnの振り抜いた実刀が、イザナギの両脚を、太ももの辺りで両断するのが見えた。大地を捉える術を失ったイザナギが、前に倒れこむようにして砂塵に消えていく。
「ヴォルフっ!・・・いまぁっっつつ!!!」
時間にして1秒もなかっただろう〝間〟をベルルーイは叫んだ。すでに2人が見ているものを理解できていたフロイトは頭で考えるよりも早く、ベルルーイのタイミングに同調させ、Re:Dを突撃させる。
ベルルーイのもたらした一瞬の〝間〟を、カーズほどの男が見過ごすはずがない。すでにイザナギは沈めた。次はRe:Dだ。カーズの見た未来は、飛び込んで来るRe:Dを縦にまっすぐ、綺麗に二等分する自らの刃だった。
「オワリだぁっっつつ!!」
彼らが舞っている舞台は砂に覆われた大地だ。砂漠は決して平坦ではない。むしろ、いたるところが斜面になっている。彼らの技量ならば、〝足を取られる〟ことは無い。相手が砂ならば。
「なん!」
Laevateinnが後方に向けてバランスを崩した。足元に沈んだイザナギが、Vampireの形状を活かして、Laevateinnの踵を引っかけていた。そのタイミングにピタリと合わせるように、Re:Dが追い打ちをかけ、後方に倒れ行く速度を上げさせる。
Laevateinnを人体として見たとき、その喉元、両の胸部から、3本の刃が飛び出してきた。フロイトの目には、それぞれの箇所に真っ直ぐな線が現れ、それがわずかな厚みを持って広がっていくように見えた。
最初からソレの位置が解かっていたわけではない。ベルルーイが気付き、作戦を指示し、2人がその真意に気付いた。2人がかりだろうと、騙し討ちだろうと構わない。コレは〝決闘〟ではなく〝戦争〟だ。
ただソコに存在し、Laevateinnを貫いたのは、最初にフロイトが放った〝Astaroth〟だった。




