第十二部 第1話 同格
「それでも乱れないか・・・アイツら、イカれてんのか?」
Re:Dのコクピット内でヴォルフゲン・フロイトは独り言ちた。ディミトリーの返答がウソでないのなら、それはValhallaに参加している彼らMhwパイロットたちも対象であり、ボスから「殺す」と言われたことと同義のはずだ。それでも編隊を乱さない彼らを目の当たりにするとは思っていなかった。彼らの忠誠心がそうさせるのだろうか。それとも、地球を人類の魔手から救うという崇高な目的に酔っているのだろうか。もしくは、マクスウェル・ディミトリーのカリスマによるものかもしれない。そんなことが頭を巡りだしたとき、ふと思い返してみれば、自分もソレに近いものがあったように思えた。
「フっ・・・俺もヤツらと大して変わらんか・・・」
人は記憶のフタが開くとき、その記憶が古ければ古いほど、都合に合わせた改ざんがされているものだ。ディミトリーと行動を共にしていた頃の自分を思い出し、不思議と笑みがにじみ出てくる。
「コラ、ヴォルフ。違いますよ?ヴォルフはあんなのとは違いますし、マクスウェル・ディミトリーという人は、あのPlurielなんかとは全く違います」
年下でとっておきに美人なベルから怒られたというのも、どことなく「悪くない」などと考えていると、さっきまで感じていた〝焦燥感から来る笑い〟が上書きされていくのが解かった。
「サンキュー、ベル!おかげで吹っ切れた。アキラ、すまないね。それじゃあJabberwockの初陣といこうか」
「もういいのか?なら、オレもしっかりと役割を果たすとしようかねぇ」
2人の視界の先には、10機以上のMhwが部隊として展開している。その中央に居るのはLaevateinnだ。
「二人とも?そこから右に展開して行って。後方からFailwahtの援護・・・じゃないか。分断砲撃が入ります。その後は・・・」
「解かってる。Jabberwockの狙いはカーズのヤローだけだ」
「強いのか?」
アキラ自身にはまだカーズとの戦闘経験が無い。幸運というべきなのかもしれないが、軍属であったころにもNoah's-Arkの最強部隊と名高い〝狂犬〟と遭遇したことは無かった。
「ああ、強い。ヤツのソレは天性だ。こっちが2機だからって、余裕は微塵もありゃしないだろうよ」
「へ~・・・ソイツぁ面白そうじゃねぇか!」
まるでアキラの高揚が合図だったかのように、2人の後方から無数の砲弾が飛翔して行く。事前に知らされていなければ、「どれだけの大部隊が潜んでたんだ?」と疑いたくなるほどの弾数だ。砲弾が上空を埋め尽くすかの様子は、〝ガトリングバズーカ〟の制圧力を如実に表している。
砲弾の雨が次々とValhallaのMhw部隊に降り注いでいるのが見える。中にはすでに被弾している機体もあるようだが、どうやらこの部隊も腕の立つパイロットで構成されているようで、戦線離脱するほどの被弾は無い。さすがにLaevateinnには当たっていないようだ。
いかにエース級が集まっているとはいえ、カーズの乗るLaevateinnはADaMaS製だ。その機動力は他のMhwを圧倒する。そこに生まれる僅かな間隔を、Failwahtに乗るナナクルという男は完璧に捉えることができるらしい。Jabberwockの2人から見て右側に展開していくMhw部隊からLaevateinnだけを先行させるような形で分断していく。
「すげぇな・・・ADaMaSってヤツらのMhw性能は分かってたが、パイロットが一級じゃねぇとあんな芸当はムリだぜ」
「ああ、まったくだ・・・彼らがMhwに乗るって知ったときの心配はいらなかったらしいな」
Jabberwockの2人はADaMaSに存在した〝戦火の絆〟を知らない。そんな2人からすれば、ADaMaSの人間は〝一般人〟だ。企業として扱っているのがMhwだからとて、「はいそうですか」とMhwを戦闘行動レベルで操縦できるなど、想像できようはずもない。それどころか、それぞれの軍内部においてであってもこれほどの技量を持つパイロットは見つけることの方が難しい。
実際、Jabberwockの2人の方へ展開しつつあったValhallaのMhwは15機だった。その中にいたLaevateinnのカーズが、Re:Dを見つけて喜び勇んだことは想像できるとしても、それ以外の14機は、Failwahtの弾幕によって前に進むこともできないでいる。これで他に邪魔されること無く、カーズ・ヤクトと相対できそうだ。
「カーズ、聞こえているな?オマエの相手をする。悪いがこちらは2機だ。覚悟はいいな?」
「へっ、フロイトのおっさん!・・・Mhw乗り換えた・・・か?・・・いや、改造か?強くなったんならソレでいいけどよ。にしてもアレだなぁ・・・オレに勝てないからって、赤鬼が子分の青鬼引き連れて来たってか?」
Re:DにはAttisと同様に通信のハッキングシステムが残っている。しかし、この2機の場合は以前に直接回線を繋いだコトがある(ヤーズ・エイトだ)。2人は示し合わせることもなく、自然とその回線を使って会話していた。
「ああ。オマエに勝つのは簡単じゃないからねぇ。だから俺の機体もグレードアップしたってワケだ。ナルホド、赤鬼ね・・・ソッチのあだ名としちゃぁ、いいネーミングだが、コイツぁ〝Re:D〟って名でなぁ」
「Re:Dぉ?やっぱり赤鬼じゃねぇか。ついでに聞くけどよ?ソコの青鬼は使いモンになるんだろぉな?オレをガッカリさせてくれるなよ?」
2人の因縁を聞かされているとは言え、ここまでイザナギ(というよりアキラ)が大人しいのも珍しい。もちろん2人の会話はアキラにも(ついでで言えばベルもだ)聞こえている。
「いくつか訂正させてくれや。Re:DはあのADaMaSの局長様が改修した機体だ。オマエとそのLaevateinnを引き裂けるぐらいに強力だぜ?」
そう言うと同時に、Re:Dが左腕に装備している攻防一体型兵装〝Astaroth〟の切っ先をLaevateinnの方へ突き示した。それと同時に、イザナギが左へ数歩位置を変える。3機の動きが止まったその一瞬の風景はまるで、Re:DとLaevateinnの決闘とその見届け人であるかのうよにも見えた。
「なんでぃ、結局オマエとサシかよ?そっちの青鬼はやっぱ雑魚か」
「オマエはこの爪が切り裂く。そしてオマエは大きな間違いを1つ犯してる・・・ぜっ!」
Re:Dの装備するAstarothは、形状こそリファインされているが、Attisに装備されていたものと基本性能は同じだ。フロイトが手元のトリガーを引いた瞬間、Astarothの手首に見える位置から先が射出され、Laevateinn目掛けてその爪が襲い掛かった。
Laevateinnはまだ抜刀していない。カーズにしてみれば不意を突かれたとは言え、2機の間にはまだ距離がある。爪が飛んでくるのを確認した後からでも、ソレを避けるだけの技量はある。案の定、Laevateinnはその場から動くこともせず、左胸部辺りを目掛けて飛んでくる爪を、上体を斜に逸らすように躱して見せる。
「オイオイ!どういう了見だ・・・イキナリ爪投げて寄越すとか・・・」
その爪の陰に潜んでいたのは、恐ろしいほどの低姿勢でLaevateinnの懐に飛び込んで来るイザナギだった。
「ちなみにアキラとイザナギは、俺たちと同格だぜ?」




