第十一部 終話 運命の始まり
「あれは・・・もう俺の知ってる中将じゃねぇな・・・」
A2の各艦からMhwが出撃した後、むしろソレを確認した合図かのように、Plurielはその向きを変えた。そしてあろうことか、火の手や黒煙の上がる海岸沿いの街並みに向かって反物質を放った。
それはまるで、ホワイトボードに描かれた絵を、端からイレーザーでなぞるかのような光景だった。惨事の証であったはずの炎や煙はたちどころに消え失せ、何も無くなったその場所に惨劇の結果が刻まれている。
ADaMaSの人間は恐怖した。反物質に人が触れてしまった場合を知っていたからだ。無限の牢獄とも揶揄できそうなその〝死〟を、いったいどれほどの人間が体験したのだろう。その風景に三姫のパイロットたちは呆気にとられた。三姫の外装はBDだ。ウテナなら意図的にそうしたのかもしれないが、戦場で生まれる負の感情からパイロットの精神を護っている。それでも彼女たちはわずかに人の発する恐怖を受け取っていたが、それが忽然と消えた。目の前の光景と内面の葛藤が同一の事象だというのに、どこか別々のコトのように感じられた。
「まだ生きている人間はたくさん居たはずだ・・・ただ殺すでなく消し去るなんて・・・ウテナ!三姫の嬢ちゃんたち!構わねぇ・・・対話がムリなら・・・討て」
StarGazerの拠点は一瞬で消滅した。それでもValhallaが退かないのは、明らかにA2の存在を認識しているからだ。わずかな可能性に過ぎなかったが、A2を敵と認識しているのかはまだ分からないと、ほんの少し前まではA2では誰もが考えていた。実際、その真実は、答えは彼らに直接示されてはいない。それでも、戦争と無関係といって差し支えなく、彼らValhallaにとって敵でも何でもないダバイに生きる人々を、〝永続の死〟に至らしめたその行為は、A2がValhallaを、Plurielを〝敵〟と認識させるに十分だった。
モニター画面の奥で再びPlurielがA2部隊の方へ向きを変えた。その直後、Plurielはまだ見たことの無い姿へと変貌を開始した。パレス・キャニオン基地を壊滅させたあのドラゴンの姿だ。その変貌の様子はADaMaSの技術者だけでなく、A2の全員の目を引いた。
「なんてムチャな変形だ・・・あれじゃ満足に戦えないんじゃないのか?」
ヒュートがその姿を見てつぶやくと、技術陣の何名かはその意見に賛同した。
「みんな、アレ、何に見える?」
「何にって・・・ウルトラサウルスだっけ?首長竜?」
「じゃあ、アレに足りないものがあるんだけど、ソレを付け加えるとどうなる?」
「・・・どういうことっすか?」
その疑問に答えたのは他でもない、Pluriel自身だった。腰の辺りから反物質を放出させ、その形状が薄く広がっていく。その完成形を目にしたとき、A2の反応は2つに分かれた。
「アレじゃまるで・・・ドラゴンじゃないの・・・」
「ファンタジーね・・・ウテナにそんな趣味があったなんて意外だわ」
1つはその外観に関するものだ。変形することはウテナから事前に聞いていたとしても、やはり実物をその目で見たときに受ける衝撃は大きいらしい。
ドラゴンと言えば、古来から人々に恐れられ、また崇められた存在だ。それは〝畏怖〟と言うにふさわしい。様々な世界でその存在は語られ、往々にして〝勇者〟に類する存在がコレを討伐するが、実物を目にしたとき、その〝勇者〟が自分だと奮い立たせられる者は存在しないと言っていいだろう。さらに言えば、このドラゴンは鋼鉄製だ。
「そうか・・・反物質の翼!あれなら・・・剛性なんてものは無視できるっす」
「ああ、アレがあれば外部から受ける衝撃なんてものは存在しないからな」
「しかも攻撃する必要も無い・・・もぅムテキじゃないか」
クルーガン、ヒュートに加え、ユウがその会話に参加している。
例えばもし、今のPlurielがMhwと格闘戦でもしようものなら、武器と武器が衝突する衝撃に腕は耐えきれず、自分の振りによる重心の移動に腹部は耐えられないだろう。その手(前足と言うべきか)にある爪で攻撃する際、姿がドラゴンなのだから自分を四つ足とみなし、攻撃に使う意外の3脚で自重を支えればいいと思うかもしれないが、その場合であっても、ある意味上半身が受ける衝撃を腹部が堪え切れるとは思えない。
しかし、Plurielには反物質の翼がある。コレは全てを無効化すると言っていい。振りぬいた切っ先は消滅し、放たれた弾丸は放たれていないことに置き換えられる。その翼の内側に存在するPlurielに対し、如何なる衝撃をも与えることは叶わない。何なら、Plurielはただ歩くだけで敵を殲滅することも可能だ。
「ウテナ!また電波ジャック!映像回すわよ」
それはミシェルからの知らせだった。出撃している全機体のモニターにテレビ放送と思われる画面が映し出された。そこには今実物を目にしているPlurielの姿が映し出されている。
「我々Valhallaはこれより、地球に必要の無い人類の消滅を開始する。自らの住まう地球を自らの手で滅ぼすような愚かしい生物は、この美しい星に必要ないのだ。最早害悪と成り果てた人類は、私の手によって消滅する以外、他の選択肢は無いものと思え。
今私の立つ場所はここだ(画面の右下にワイプが出現し、そこに映し出された地図がゆっくりと拡大されていく)。ここはダバイ。世界でも有数な巨大都市であり、その栄華は知られているとおりの場所だ。
では、そのダバイの今をお見せしよう」
そうディミトリーの声でPlurielが言うと、画面の中央に映し出されていたPlurielがゆっくりと画面の左側へと消えていく。代わりに映すべきモノは何もない。ただ大地が広がり、左側に湾岸が奥へ向かって伸びているだけの映像が映し出される。
「世界に存在する全ての都市に告ぐ。これが未来の姿だ。地球に愚かな人類は必要ない。これが我々Valahllaの目指す未来だ」
A2の誰も言葉を発さない。Plurielの宣言を聞いて誰もが1つの問題を頭の中で必死に解こうとしていた。見えている限り、展開しているValhallaの部隊に乱れる様子が無いことがヒントだ。
Plurielの言葉にあった消滅の対象となる人類を示す部分、最後の一文を拾い上げれば、〝愚かな人類〟の箇所をどう解釈するのか?愚かだと認定された〝人類を〟示すのか、〝人類が〟愚かだと示しているのか。
Plurielはダバイを消し去った。問答無用にそこに住む人々を消し去ったこれは、後者を示すように思える行動だが、もしもその言葉どおりだったとするなら、その場合はカーズやテイクンたちも「愚かな人類全体」に含まれるはずだ。しかし部隊に乱れが無い様子は前者を示しているように思える。
「ミシェル・・・ジャックハッキング、できるか?」
ただ1人、ウテナが静かに言葉を発した。
「やるかもと思って準備させてたわ・・・いいわよ」
ほんの少しの間をおいて、コンソールに〝hack〟の文字が点灯する。
「Pluriel、こちらウテナだ。1つ確認する。さっきの宣言、地球から人類を排除する。という解釈でいいな?」
「・・・やぁ、ウテナ。的確な解釈ありがとう・・・そのとおりだ」
「解かった・・・」
2人のやりとりは、ハッキングされた電波によって全世界に宣言された。それは2人ともに承知の上での宣言だった。




