第十一部 第8話 在るべき場所
「ズバリ!局長は私のコト、どう思ってますか?」
普段と変わらない優しい目で、アンのように可愛らしい女性にそう聞かれた場合、一般的な男性であればどう答えるだろうか?もしも初見だったとしても、男性という生き物はその問に好意的に応えてしまうというのは、一般的な男のサガというものだろう。問題は、〝一般男性〟というものにウテナが当てはまるかどうかだが、これが実に怪しい。
ミシェルが自分の考える未来をローズに答えてから2時間が過ぎている。A2の3隻に乗艦しているほとんどの者は、すでにダバイに向かった後だ。ダバイ近郊にある砂漠の端に艦影を潜めているうえに、季節的には涼しい方だと言っても、外の気温は35度をわずかに下回る程度でしかない。
Knee-highに残ったウテナとアンは、偶然に艦内通路で出くわし(もちろんアンはウテナが残っているコトを感じ取っていたが)、そのまま後部の公園型デッキへ向かった。
2人が寝そべる芝生は、サンスクリーンと、解放空間であっても空調コントールが可能な空間制御空調(これもウテナの開発だ)によって、薄着で快適な程度に保たれているが、時折吹きこんで来る熱風が空調を突破してきたようだ。ただし、今の2人はそれを気に掛ける素振りも無い。2人は互いに、出会う前までのことをかいつまんで話をしていたが、アンからの思わぬ質問に、ここへ来てから初めての汗がウテナの額から一滴流れ落ちたところだ。
正直に言ってアンは可愛い。それは分かるが、人生を男として30年以上経験してきた身ではあっても、世間で言う〝恋愛〟という経験は・・・無い。それどころか、仕事以外でまともに女性と会話した経験を探ってみても、(ミリアークなんかは仕事と考えて)出てくるのはマドカ、ローズ、ミシェル、そしてかろうじてセシルたちADaMaS主要メンバーぐらいだ。たぶん幼少期には持っていた(と信じたい)〝恋愛感情〟というものを、人生の最初期にどこかに忘れて来たんだと真剣に思っているのだが、だとすればこの汗は何だろうか。
ひとまず、アンの質問を言葉どおりに受け取ってみる。
アン・ハートレイは女性で、ユウという兄が居る。年齢はマドカよりも3つ下の22歳。ということは、自分とはちょうど10歳差だ。A2に集まったみんなを思い描くと、その誰もが一般的に考えても美人や可愛いに該当する容姿だと思うが、アンもその例に漏れるようなことはない。そしてその雰囲気と相まって実年齢よりもいくらか下回りそうな見た目をしているが、高身長というギャップを兼ね備えている。自分が177cmだから、それと比較すれば170cmほどだろうか。知能についてはまだ分からないが、彼女はマドカに匹敵するNEXTだ。・・・そして優しい。
アンについて今知り得ている情報はこの程度だろうか。では次に、それら情報に対して自分がどう感じるのかを探ってみる。
兄のユウの存在については、仲が良い兄妹だなとは思うが特にどうとも思わない。年齢については・・・たぶんマドカ、マギーそれにアリス辺りで慣れている。それにそもそも年齢差というものは生きた年月の差であって、開くことも縮むこともない不変のものだ。どう思ったところで差が変わることもない。
さっきも触れたがアンは背が高い。ADaMaSで一番高い女性はミシェルで、確か175cmだったと思う。次に高いのがセシルだが、165cm前後だったはずだから、そういう意味では目を引く相手だ。優しいというのは・・・コレはたぶん、ADaMaSで普段〝優しい〟と感じることが極端に少ないことのギャップが引き立たせているのだろう。この場合、アンの優しさに対してというよりも、みんなの辛辣さの方に思うところが多分にある。
NEXTについてはどうだろうか?・・・いや、コレについてもマドカが妹である以上、アンがNEXTだからとて日常が変わるとも思えない。それにもともと、A2はNEXTの集まりみたいなもの(誰もソレを気にすることもないが)で、たぶんそれぞれの系統が異なっているだけだろう。
では、これらの項目を統合してアンに対する思いを導き出してみる・・・ダメだ、解からない。
「う~むむん・・・」
「ムズかしぃ顔してますね・・・聞き方がムズかしかったですか?それじゃあ・・・私ってカワイイ?それとも美人?あ、もしかして、どっちでもなかったりします?」
「ん?可愛いね。可愛いというカテゴリーならウルとかウチならセシルなんだろうけど、アンは一番可愛いんじゃないかな」
可愛いや美人というのは定義が難しい。それは個人によって変化するからだ。だが同時に簡単でもある。自分の基準であればすぐに答えられるからだ。
「じゃあ、私って背が高いじゃないですか。傍にいると威圧的に感じたりとかします?」
「威圧・・・この場合のソレは体脂肪に左右される感性じゃないかな?例えばウチで言うとナナクルのマハルは威圧的だけど、アンのスリーピングビューティーはキレイだろ?」
「え~・・・例えがMhwですか!?Mhwに体脂肪ないっつーのw・・・でも、解かりやすいし、局長らしいですけどw」
確かにMhwに脂肪は存在しない。けど、解かりやすいと言ってくれたので良しとしよう。
「それじゃ次!女性ならではですけど、ムネの大きい人と小さい人、どっちがどうとか、あったりします?」
コレは難しい。女性の胸が大きくなるのは女性ホルモンの分泌による影響だ。さらに根本的には、子育ての際に母乳が必要になるからだ。大きいということは生成される母乳の量が多いということだが、一生で考えた場合、それを有効活用する期間は短いと言える。方や小さいとなれば、身体の動きに対する胸の重心移動が少ないことから、スポーツなどに向いていると言えるのではないか。そう言えば、ローズが「胸のせいで肩凝りが」と言っていた。となれば、どちらにも利点と不利が生じるということだ。
「大きすぎず、小さすぎず・・・そうだね、アンは〝そういう意味〟では理想的だと思うよ?」
「む、ムネだけ直接的に言いますね・・・喜んでいいのか・・・(ヒクべきなのか)・・・よ、よし、では次です!人の心が読める人が一緒に居るとしたら局長は疲れたりしますか?」
「え?いや、疲れとか感じたこと無いけど?むしろそれで助かったってコトの方が多かったような気がするね」
実際、マドカが言わなくても解かる子で良かったとさえ思ってる。自分が口下手でコミュニケーションが下手だと理解しているが、妹はそれをカバーしてくれる。そう言えばアンのNEXT-Levelはソッチ系に特化した能力だと聞いている。もしかしたら前の深夜、僕が安らぎを感じたのはそれのおかげだったのかもしれないし、そう思えるのはアンが優しいからだとも思う。
「あ・・・そういやマドカちゃん妹でしたね・・・聞くイミ無かったな・・・。それじゃあ、最後の質問です!これからの闘いで、もしも私が死んじゃったら、泣いてくれますか?」
最後だと言って起き上がり、僕をのぞき込むように見て来たアンの口から出た質問に、僕は腹がたった。死ぬことを想定した話をするヤツなんて、僕は認めない。確かに瞬間的にそう考え、そう思ったはずなのに、そんな感情と別に現実は自分でも予想外の言動を起こしていた。
「バカなコトを言うな。もう聞こえてるだろ?次言ったらホンキで怒るよ?」
体を起こすと同時にアンを抱きしめていた。アンを右手で支え、頭を左手で抱えながら耳元で言葉を続ける。
「アンが居なくなったら、僕はどこで泣けばいいのさ。それはホント・・・困るよ」
アンはただ、「はい。隣に居たいです」とだけ答えた。僕にはそれで充分だと思えた。




