第十一部 第7話 予測
「パレス・キャニオン大渓谷基地が陥落したみたいよ・・・いえ、性格には消滅かしらね」
ミシェルが自らの持つ諜報部から受けたその知らせは、すぐさまA2内で共有された。valhallaによる今回の行動はヤーズ・エイトのときほどの余裕を持った事前通告が無く、A2がその場に間に合う可能性は最初から無かった。
「早いですね・・・あの基地の規模を考えれば、valhallaに対してさすがと言うべきか、パレスに対して意外と言うべきか・・・」
Noah’s-Arkは巨大な軍事組織だ。その中枢とも言うべき基地を驚くほどの短時間で制圧したことは驚きに値する。これまで長く続く戦争の中で、何度となく侵攻を受けはしたが、入口に辿り着くことすらままならない難攻不落の要塞だったのだ。その驚きをvalhallaの攻撃力に向ければいいのか、Noah’s-Arkの不甲斐なさに向ければいいのかは悩ましいところだろう。
「あそこにはあまりMhwは配備されてない。地形的な絶対防衛に胡坐をかいていたんだろう。それに・・・」
元Noah’s-Arkのルアンクは、パレス・キャニオン大渓谷基地の実情を少なからず知っている。しかし途中で言いよどみ、その先をどうするか相談するかのように、視線を同じく元Noah’s-Arkのフロイトへと向けた。
「ああ、あの基地は常設の防衛兵器に重点を置きすぎた。配備されているMhwはいわゆる量産機のみだったからね。時代にはそぐわなかったのさ。そしてそのことを指摘していたのは他でもない、ディミトリー中将だったからなぁ」
防衛の弱点を指摘した男を無視した挙句、その男によって、その弱点を突かれて壊滅したとあっては目も当てられない。
「これでNoahにとっては大打撃。ディミトリーのヤツにも元ってコトで思うトコロでもあったのかな?」
ナナクルはそう言うと、机の上を指でトントンと叩いている。その指と机の間には、世界地図が広げられ、指先にはパレス・キャニオンの文字が書かれている。
「分かりませんが、我々の予測は外れました。我々は今ココです。ちょっと距離がありますが・・・来ると思いますか?」
ナナクルに応じたコールマンが指示した地図には〝ダバイ〟という文字が書かれている。ここはStarGazerの地球方面軍にとって、最重要拠点だ。
ダバイは原油産出国として西暦後半ごろから発展してきた都市だ。その当時からの技術の発展により原油の使用が減った今でも、技術力や希少金属の産出など、多方面で地位を確立した裕福な場所である。産業においても経済においても、また、政治においても重要なこの都市は、5年ほど前からStarGazerによって統治されており、Noahにとっては悩みの1つでもあった。
「そうね、次はココだって私も思ってたけど・・・難しいわね、予測って。次こそはココなのか、それとも3度目もNoah側の拠点なのか・・・」
ヒトの心理は不思議なものだ。「2度あることは3度ある」と言ったかと思えば「3度目の正直」と言う。だが、これらの言葉は全て〝結果〟に対して使われることが正しいのであり、予想の時点で用いる言葉ではない。それでも予測するとき、このどちらか、あるいは両方の言葉が頭の大部分を占めることが多々ある。ローズもまた、そのうちの1人のようだ。
「う~ん、みんなすまないけど少し時間、もらえる?ちょっと考えたいコトがあるんだ」
「ん、ウテナ・・・なんだよ考えって?」
「いや、なんて言うか・・・考えるコトをまとめるとこからなんだけどさ・・・」
ツナギのポケットに片手を突っ込んだまま、残った右手で頭を搔いている。困った表情にも見えるが、気のせいか、照れているようにも見える。
「アレから皆張りつめてるだろうし、どうだろう?ダバイも近いから今日はこの後、オフにしてみないか?」
ローズとナナクルが驚きの表情で見合わせている。2人ともウテナという男を知って以来、初めて聞くような内容だ。
「・・・ウテナ・・・オマエ、どっか体調でもワルいのか?」
「そうよ?・・・それともどっかで転んでアタマでも打った?」
真面目に心配そうな表情を見せる2人を、ナゼそんな反応になるのか分からないといった雰囲気で見ているのは元軍人たちだ。彼らからすれば、こういった類の息抜きは特に戦場に置いて必要なものだということを理解している。そして1人、ローズとナナクルの様子に呆れた様子を見せるのはミシェルだ。
「いいわね、ウテナ。私は賛成よ。ま、アナタもゆっくり・・・そうね、たまには楽しみなさい。それじゃあ今日は解散ということで」
2人を他所にウテナにウィンクして見せる。コールマンやフロイト、ルアンクたちが部屋を出るのに続き、ウテナも「それじゃ」と手を挙げて挨拶し出ていった。
部屋を出る様子を見送ったナナクルとローズが、慌ててミシェルの方を振り返った。すでに顔が「どういうコト」と物語っている。
「ハイハイ。2人とももう少し落ち着きなさい?アナタたちの疑問は想像ついてるわよ。そもそもの話だけれど、私とウテナ、互いにアナタたちの思ってるような感情は無いわよ?」
過去を遡れば、それは朧げな認識から始まったように思う。ただ何となく、2人が〝互いを意識している〟と思い始め、やがてウテナとミシェルの言動から〝2人は恋仲〟なのだと認識していた。
「いやいや、そんなコト言った覚えないわよ?それこそ、アナタたちの憶測でしょう」
「いや、だって姉さんこの前・・・「何かあったときに傍に居たい」みたいなコト言ってなかった?」
「言ったわよ?そうじゃないと応急処置できないじゃない」
〝応急処置〟・・・それは医療行為だ。恋愛感情うんぬんから飛び出すような甘言ではない。言葉の意味も、話の内容もしっかりと理解できているが、ナナクルもローズも、どうやら心の整理が追いついていないらしいことが表情で読み取れる。
「しょうがないわね・・・いい?ウテナは私にとって必要な人間よ?だけどそれは、昔も今もこれからも、私たちが生きていくためにってコト」
それはそのとおりだ。ウテナという〝技術者〟の存在がなければ、ADaMaSという存在はあり得なかった。そして彼なくしてはLeefがここまでの大財閥になれなかったことも意味している。さらにこれから先、未来を見据えた場合にも、ウテナという技術者が居なければA2が思い描く未来に色はつかない。
「もちろん1人の人間としても好きよ?彼、オモシロイから。けど、恋愛対象じゃないわ。ソッチで言うなら私、ナナクルの方が好みですもの」
それはそれでショーゲキ発言だ。案の定、ナナクルの思考回路は完全にショートし、身体の機能が全て停止したようだ。
「み、ミシェル姉さん?いっこ聞いてもいい?」
「何かしら?」
「姉さんは未来をどうしようとしているの?って言うか、姉さんの目的って、何?」
ローズにとってミシェル・リーという女性は、姉のように慕い親友のように振舞える相手だとしても、世界に対して挑戦的で野心があることを知っている。だからと言って、その側面を予測することは非常に困難だということも実感していた。
「最終的には、私が望む人たちが安寧な人生を送れることね。そのために、今回のウテナの言う〝外宇宙移住計画〟は絶対に必要なの。だって・・・この地球だけじゃ、ソレは絶対に叶わないことだから」
ウテナの〝発想〟とそれを裏付ける〝技術力〟を、ミシェルが〝先見性〟をもって導く。ほんの少しだけ、この2人の関係性が解かった気がした。




