第十一部 第4話 うねり
「あらら・・・仕切り直しときたか・・・こりゃ参ったね」
カーズの野性的反射神経は常人の域を出ている。ウテナの〝殴り〟を受け流したLeavateinnは、過ぎ去るタンクを追うように、その背後から斬りかかろうとした。その時反転のために使ったATBが起こした風圧が粉塵を払い、タンクの背中をハッキリと捉えた。
そこから見えたタンクに傷は無い。散弾だったとはいえ、無傷などということがあり得る状況じゃなかったはずだ。それを目にした瞬間にカーズが感じたのは〝危険〟というシグナルだけだ。彼にとって、〝何故〟は必要ない。
「コノヤロウ・・・オレを着弾点に誘い込みやがって。しかも自分は無傷とか・・・オマエも相当イカれてんな。もうちょっとで喰らうとこだったぜ・・・けどこっからはオレのターンだぜ?」
カーズの宣言は正しい。ウテナはここまでの一連で、少なくともどちらか1機は片づけるつもりでいた。つまり、この時点で次につながる打ち手をウテナは持っていない。
「ザイクン!後ろの連中と援護を押さえとけ!オレぁコイツを仕留めてから行く!」
ザイクンからの返事を聞くこともなく、LeavateinnはATBを使いウテナの乗るタンクに突っ込んだ。実刀を振るい斬りかかる。
「チッ・・・」
Leavateinnが振り下ろす腕を、その巨大な左手で受け止める。
「アンタ、ADaMaSのウテナだろっ!さぁ、そのタンクにはどんな仕掛けがあんのか、とくと見せてくれよっ!」
次にLeavateinnは、左手前腕のビーム刃を形成し、右腕を掴まれたままにも関わらず、逆袈裟斬りのように振り上げる。ウテナはそれを今度は右手で受け止めた。
「無いよ、そんなの。僕の機体REVAZZ・Tankは、略して〝レヴァタン〟って呼ばれてるってだけさ」
掴んだ腕による接触回線で互いの声が聞こえる。
「フザけんなよ?ただのタンクがそんな早いワケねぇだろ?」
戦車が遅いというのは間違いだ。西暦の頃でもすでに時速100キロ近い速度が出せる戦車は存在していた。にもかかわらず、戦車が遅いと思わさせるには理由がある。戦車は車のように前輪で舵角を得るのではなく、左右のキャタピラの回転速度差で曲がる。これを機械的に考えれば、車の場合ならば速度を落とすことなく曲がることが可能だが、戦車の場合、どちらかのキャタピラ回転速度を落とすもしくは、上げる必要がある。その速度差によっては内蔵されているギアを変える必要があるため、急速な右左折はギアへの負担が大きく、最悪の場合は破損しかねない。
その反面、戦車はその場で回転することが可能だ。左右のキャタピラにそれぞれ反する回転をさせることでソレは可能となる。古くから、戦車の移動というものはこれを活用した直角的な移動が主流であり、それが〝戦車は遅い〟と錯覚させる原因でもあった。
戦車は回転するとき、一度その場で停止する。走行中に突然回転方向を逆にすることはできない。それをすれば、ギアが回転の惰性に耐えられず破損してしまうからだ。
ウテナは自身の乗機に特別な機能は無いと言ったが、それは正しく無かった。レヴァタンにはキャタピラが4つ存在する。左右に2つずつ、それぞれが重なるようにして存在するが、接地しているキャタピラは常に2つのみである。
例えば前進中、左のキャタピラだけを入れ替えたとする。その新しく接地することになるキャタピラは、後退の方向に接地前から回転していたとすれば、パイロットへの負荷はともかくとして、突然その場で急旋回することになる。
ウテナの乗るレヴァタンに特別な〝装備〟は何も無い。だが、その4つのキャタピラを駆使することで、レヴァタンはタンクとしてはあり得ないほどの機動性を獲得していた。
「戦車は速くて安定した乗り物だよ。その走破性を使えば、こんなコトもできる」
ウテナは底部スラスターを使い機体を浮かせると、両腕を軸にしてキャタピラをLeavateinnに接地させた。そしてキャタピラが回転していくと、まるでそこが道路だと言わんばかりにLeavateinnの機体前面を駆け上がり、強靭な腕を持つレヴァタンが掴んだままのLeavateinnの腕をねじり上げていく。
「このヤロぅ!えぇいっ!離さんかいっ!!」
「せっかく話せるように手を繋いだんだ。もう少しこのままでいいじゃないか・・・腕がもげるまではじっくり語ろうか」
もともと作業用であり堅牢な造りのレヴァタンは、キャタピラの回転以外、可動箇所が微動だにすることも無く、Leavateinnのボディそのものを駆け上がろうとしている。コレを許せば、Leavateinnの腕は間違いなく両腕ともにその主を失うことになるだろう。
「バカにすんなよ?Mhw2機分ぐらいワケねぇぜ!」
Leavateinnの全スラスターが最大出力のうなりを上げはじめた。レヴァタンは足の無い分全高が低いため軽く見えるが、実際には通常のMhwよりも重量が多い。それでも、Leavateinnは自分の体ごと空中に浮かびあがり、レヴァタンを地面に叩きつけるべく、その向きを変えていく。
「う~ん、限界かな?」
ウテナはレヴァタンの手を緩め、一気にLeavateinnのボディを駆け上がっていく。そのときにはすでにレヴァタンにとっての天地は逆となっていたが、まるでLeavateinnがカタパルトであるかのようにその場から離脱し、スラスターを巧みに操作して着地してみせた。コレはウテナの技量ではなく、セシルによるプログラムのおかげだ。
「よぅ、ウテナ・・・どうやらアンタらの行動は裏目に出たみたいだぜ?タイムアップってヤツじゃねぇか?」
どうやら接触回線からそのまま通信を維持しているらしい。カーズの声がレヴァタンのコクピット内に聞こえてくる。
気が付けば、すでに三姫とOrionが戦闘状況に入っている。それを足止めしているのは、Freikugelと後続で機影10と言われた増援部隊だが数が合わない。すでに増援のうち3機は誰かが落としているようだ。だが、カーズの言うタイムアップがコレを指しているのではないことは容易に分かる。すでにヤーズ・エイトの方向で火の手が上がっているのが見えた。
「なるほどね・・・こちらの動きに釣られて、ヤーズ・エイト側の動きが早まったってところか・・・。コールマン!」
「ああ、こちらからの方がよく見えているよ。ヤーズ・エイト防衛軍はすでに戦闘行動を開始したよ。だがこれは・・・一方的過ぎる」
ヤーズ・エイト防衛軍は決して弱い部隊ではない。評議会本部の防衛なのだからそれも当然だ。しかし、それでもコールマンに「一方的」と言わせるほど、Valhallaの攻撃は強力らしい。ディミトリーのPlurielが参戦していないにも関わらず、だ。
「ウテナ局長、まだPlurielは動いていない。だが、今からではすでに戦闘を止める術は無いと考えるべきだ。戦争とはそういう側面も・・・ある」
一度口火が切られれば、小競り合いという種火は戦争という巨大なうねりをともなって業火へと変わる。業火は燃えるもの全てを飲み干すまで止むことはほぼ無い。コールマンはそれを経験として知っている。
「・・・解かった。反物質が使われていないことがせめてもの救いかな・・・」
「いや、甘いね。このままMhw戦でも圧倒的実力差を見せつけ、最後に反物質でキレーに掃除する。それにオレは、タイムアップだって言ったはずだぜ?」
ウテナが遠目に見たソレは、資源衛星を消し去ったソレと同じ、禍々しいとさえ感じる黒い光だった。




