第十一部 第2話 ジェイク・ハローウッド
「ウルちゃん、ジャミング照射だけなら代わろうか?いいですよね、局長?」
ジェイク・ハローウッドの視野は広い。戦火の絆では近距離型に乗ることが多いが、その役割は〝指示〟になることが多い。言ってみれば現場指揮官的役割だ。ソレを支える彼の特徴として、ソレがリアルであろうが電子内であろうが、俯瞰でモノを見ることができる。所謂〝バードビュー〟だ。
「ん?ああ、そうか・・・ジェイクなら問題ないか」
「え?ジャミングシステムの扱いってけっこう特殊ですよ~?」
「そうなんだけどね?ジェイクだけは難なく扱えるんだよ。作ったのコイツだから」
カンゼオンの機体設計はウテナ自身だ。だが、機体コンセプトを決定したとき、ジャミングシステムの開発については、プログラミングこそセシルが行っているものの、その開発はジェイクが行っている。その操作方法を含め、カンゼオンシステムを熟知しているうえに、ジェイクのバードビューは今回の作戦におけるカンゼオンの役割を補佐できる。
「へぇ~・・・それは知らなんだ!それじゃあお任せしようかな。そしたら三姫揃って出られるもんね!」
本来ならば、カンゼオンを起動させられるのはウルだけだ。しかし、製造元である彼らには裏口がある。もともとコクピット付近に居たジェイクは、すぐにカンゼオンのシートに体を滑り込ませた。
「うん、大丈夫ですね。ウルちゃん、行ってください!局長!カンゼオン、出してください」
「了解だ。全員退避。あんまりハッチ付近に居ると、風圧で外に吸い出されるぞ~?」
カンゼオンの周辺に居た者全員の退避が完了すると、カタパルトへのハッチが開いていく。本来なら、カタパルトが高速で前方へMhwを射出するところだが、カンゼオンを乗せたまま、ゆっくりとカタパルト先端へ向かってカンゼオンを運んでいる。
「よしっ、それではカンゼオンのジャミング、最大出力で〝ヤーズ・エイト〟へ向けて照射する。照射後、三姫とThekuynboutは速やかに発艦。ヤーズ・エイトへ先行してくれ。その間にこちらでディミトリーを捉えればよし、そうでなければ、先行部隊で索敵し、いずれかで補足次第、全機で向かう」
コールマンはヤーズ・エイトそのものへ広域且つ強力なジャミングを照射し、基地としての機能のほとんどを奪うことで、ディミトリーの相手を全てA2が引き受けるという荒業を立案していた。だが、それは理にかなっているように思う。少なくとも、ヤーズ・エイト側に不必要な犠牲を出すことは防げそうだ。
「急接近する機影2!熱量がMhwなので、たぶんSFS(SubーFlightーSystem)乗りです!」
A2の意気揚々とした雰囲気は、そのベルルーイの一声でかき消えた。一気に緊張感が加速していく。そして同時に、何人かは〝不安〟を感じてすらいた。
「カンゼオンを戻せっ!少々荒っぽくて構わんっ!!」
コールマンのマイクを握る手に自然と力が入る。
「その後方に機影10!こちらはMhwだけだと思います!」
コールマンの手に再び力が入ったその瞬間、身体に軽い振動を感知した。ブリッジ内を見渡すと、立っている者は皆、何かに掴まっている。どうやら〝揺れ〟は確かにあったらしいが、こんなときは不思議なもので、〝揺れた〟と感じた者はみな上空を見上げている。
「今のは何だっ!どこかに被弾でもしたのか?」
コールマンはブリッジで誰にともなく声を大きくしたが、それに答えた声はか細く、消え入りそうな声だったにも関わらず、誰の耳にもしっかりと聞こえた。
「カンゼオン・・・被弾」
その声の主はアリスだった。震えるその手が、自身の見ている画面をブリッジのメインモニターに転送させると、そこにはカタパルトの先端付近で膝を着いているカンゼオンの姿があった。振動はおそらく、カンゼオンが膝を着いたときのものだろう。
全員が言葉も無くそのモニターを凝視している。それぞれの顔には、何が映っているのか理解できていないといった表情や、困惑、怒り、悲しみなど、実に様々な感情が表れている。
特に爆発があったワケじゃない。カンゼオンからは煙なども上がっていない。ただカンゼオンの背中に、Mhwという巨体からすれば本当に小さな穴が開いている。その穴は、正面を見なくともコクピットの位置だということが解かった。
「せ・・・生体反応が無いよぅ・・・ねぇ、ジェイクが乗ってたんだよ?アレ」
そのブリッジの中では唯一、そしてもしかしたら、その穴が開く瞬間を目撃していたかもしれないアリスが声を振り絞っている。そして誰もが見守るしかできない最中、ゆっくりとカンゼオンの体が横に傾きだしたかと思うと、ある角度を境に、急速に崩れ、そしてカタパルトの上から姿を消した。
ADaMaSだった者たちにとって、それは初めて仲間を失ったという事実より、こうもアッサリと人の命が消えていくのが〝戦争〟なんだという事実に恐怖を覚えた瞬間だった。不思議と〝怒り〟という感情が芽生えてこないことに誰もが驚く中、たった1人だけ、〝恐怖〟でも〝怒り〟でもない感情に突き動かされる男が居た。
その男に宿った感情は〝覚悟〟だった。それが感情と言っていいのかどうかを考えるヒマもなく、ウテナ・アカホシは自身のMhwに乗り込んでいた。彼を筆頭に、クルーガン、ヒュート、ユウといったMhwの整備を担当する者たちは、カンゼオンの背中に穴が開き、膝を着き、カタパルトから落下していく様を見た。スローモーションのように、だが実際にゆっくりと傾くカンゼオンが、まるでジェイク・ハローウッドという男の背中そのものに見えた。
「ツブされたくなかったら道を開けろ」
呆然とするメカニックたちの自我を取り戻すのに、ウテナの声は十分な力を持っていたようだ。まだ、今何が起こって、これから何が起ころうとしているのかをハッキリと認識できないままに、誰もが置くから進んで来るMhwのために後ずさる。まるで進んで来る存在が何か理解できていないかのようにゆっくりだったその歩調は、〝キュラキュラ〟という甲高い金属音によって急速に歩調が上がる。
ウテナは戦火の絆というゲームにおいて、その世界では〝タンカー〟として名を馳せる実力者だ。司令塔の役割を果たし、敵チーム拠点を破壊する任務を主に背負うが、ソレはゲームの話であって、まったく無いワケではないものの、現実の戦闘の中で〝タンク〟と呼ばれる機体を目にすることはほとんど無い。対拠点砲撃用のキャノンを両肩もしくは、片側に装備したMhwの上半身と、戦車のようなキャタピラを下半身にもつそれらタンクは、昨今のMhw戦において走破性という一点のみだけで有効性がほとんど無いからだ。しかもそれは、二足歩行できるMhwに対して大きなアドバンテージとは成り得ない。
今クルーガンたちの目の前を通過していくMhwは、まさしくその外観を持つMhwだ。誰もが何かを言いたいと思っているのに、直前に起きた〝悪夢〟と、今目にしている〝奇妙〟に、思考回路が追いつかないのだろう。ただウテナが通り過ぎる様子を黙って見送っている。SFSに乗って空に居るMhw相手にタンクで何をしようと言うのか。
「ふん・・・タンクだからってナメてくれるなよ?ポーネルさんにカツを入れられてるんだ・・・僕が立ち止まる理由なんて、どこにもない」
ウテナの見る視界のはるか前方に、2つの物体が見える。通称で〝SFS〟と呼ばれるSub-Flight-Systemに乗ったMhwだ。
「なぁ・・・僕は先に行くよ?だから・・・」
目を閉じ、1つ大きく息を吸い込む。心の中で「だろう?ジェイク」と独り言ちてから、閉じた両目を見開いた。
「呆けてないヤツだけ、付いてこいっ!!」
その咆哮は、これまでのどのウテナ・アカホシとも違う声に聞こえた。




