第十一部 第1話 観世音
「動き出したか・・・」
ヤーズ・エイト事件から5か月が過ぎていた。その間も世界では相変わらず、Noah’s-ArkとStarGazerによる戦争行為が繰り返されていたが、事件の前後ではその数が減少したようにも思う。
実際に、両軍の戦闘にValahllaの特殊機体3機のいずれかが介入した事例は空軍基地の1件しかない。この時の介入はFreikugelの1機のみであり、そのこと自体には声明もなければ軍からの公表もない。それでも、空軍基地攻防戦における両軍の被害は大きく、彼らの戦争をわずかながらであっても委縮させるには十分だったようだ。
ナナクルの見ているテレビは、どのチャンネルに切り替えたとしても流れている放送は同じだ。それはValahllaの、ディミトリーの肉声による声明文だった。「賢明な判断を祈る」という言葉で締めくくられたソレが終わると、アナウンサーらしき男性が慌てた様子で「もう一度お聞きください」と声明を繰り返させた。
「我々Valahllaは3時間後となる15:00をもって、評議会本部が存在する都市、ヤーズ・エイトへ攻撃を開始する。評議会はその世界に対する影響力を多大に持ちながら、それを良き方向には傾けようとしない。私は評議会が必要の無い組織だと判断した。
この攻撃によって、ヤーズ・エイトは都市そのものが消滅することとなる。覚えているだろう?ヤーズ・エイトに向かって落下する衛星があったはずだ。そしてその惨劇を防いだものは、私のPlurielが放った反物質だ・・・皮肉にも、ヤーズ・エイトはその反物質によって消滅する。この意味を深く考えよ。
ヤーズ・エイト並びにNoah’s-Arkよ、逃げるも抗うも好きにするといい。我々の決断は変わらない。この声明を聞くすべての人類に告ぐ。賢明な判断を祈る」
2度目の声明が流れた後、テレビ画面の中ではアナウンサーや何人かの識者(この場合何の識者が妥当なのか分からないが)が、「ヤーズ・エイトからの退避」や「軍が放っておくはずがない」など口々に意見を述べている。
「出るぞ」
1回目の途中から聞いていたウテナは、2回目を全て聞き終えるや否や、誰に視線を送るでもなく、それでいて静かに立ち上がった。
「ウテナ局長、出ることには賛成だが、無策はダメです。進路をそちらに向けはしますが、現着までにすべきことは多いですよ」
「そうね。まだ時間まで2時間半あるわ。ウテナはまずMhwのチェックをやるなり指示するなりしなさいっ。こっちはコッチでやることやるから!」
信頼関係は十分にある。ウテナはローズと視線を合わせると、ただ黙ってうなずき食堂を後にした。
「まったく・・・ウテナったら、ほっといたら堂々とディミトリーの前に仁王立ちしかねないからね。攻撃してくるかは分からないけど、ヤーズ・エイトの防衛軍とディミトリーの挟み撃ちにこっちから飛び込むようなモノね」
「いい判断だね、ローズ。どの方向から彼らが来るのか定かではないけれど、理想はヤーズ・エイトから少し離れた位置での会敵だね」
ヤーズ・エイト事件のとき、ディミトリーたちが歩き去った方角は解かっている。だが、それを理由に、今回のヤーズ・エイト侵攻も同じ方角から来ると断言するには弱い。理想どおりの会敵となるかどうかは〝運〟の要素が強くなってしまうとなれば、作戦そのものを運任せにするわけにはいかない。
Knee-socksには高性能なレーダーが備えられている。しかし、ヤーズ・エイトはNoah’s-Arkの重要拠点でもある。軍事基地としての側面を持っている以上、索敵に関してはこちらよりも上だと考えるべきだろう。そうなれば、ヤーズ・エイトに向かう進路に近い方向からディミトリーたちの侵攻があった場合以外、後手に回ることは避けられない。だからと言ってこれから速度を上げ、予定時刻を大幅に早めたとしてもNoah’s-Arkに警戒されることになる。
「うん、ヤーズ・エイトの索敵がある以上、後手にはなるだろうね。ソレを警戒して散開すれば、こちらの各個撃破という可能性も高まる・・・良くないね」
「ちょっと、フォレスタ・・・」
「大丈夫。手はあるよ。まずは・・・そうだね、ウルを呼んでくれるとありがたいね」
14:30。ディミトリーの宣言した時間まで残り30分だ。
「よし、ウル、準備を進めてくれ。やるよ?」
コールマンは座っている席の手元にあるマイクを使い、パイロットの待機室に通信を繋げた。その部屋には三姫の3人、Jabberwockの2人、そしてOrionの3人が控えている。ADaMaS技術軍団はMhwハンガーに詰めているようだ。
「よぅし!んじゃ、久しぶりのカンゼオン、ちょっと動かしてくるね~」
「いてら~。すぐに追っかけるね~」
まるでお昼ご飯を食べに、先に食堂へ向かうOLたち(もしくは女子高生)のようだ。着ている服こそパイロットスーツだが、これもミシェルの手配した特別性らしく、女性陣のモノは妙に可愛さを感じる。A2の意向も取り込まれているらしく、太ももの辺りだけ透明素材が使用されている。男性陣のものまでこの仕様じゃなくて良かったが、彼女たちの雰囲気と相まって、ことさらに緊張感が薄まるらしい。
Knee-socksは先鋭的なフォルムの艦の下部に、Mhwハンガーがまるでコンテナが下がっているかのように取り付いている。艦に対して十字にクロスするような形状だ。その両端にはMhw発進用のカタパルトが伸びている。
「ウルが来たよ!右舷カタパルトデッキ開いて!パイロット搭乗次第、デッキ上に押し出すよ!」
ウテナの言うカタパルトにはカンゼオンがスタンバイされている。pentagramとして戦っていた時、ウルが搭乗していた機体だ。ルアンクたちの居た空軍基地攻防戦でも特に目立った被弾はしていなかったが、ウルの乗機がbeauty&beastに変わったことで、乗り手の居ない機体となっていた。コールマンが目を付けたのは、このカンゼオンに搭載されているジャミングシステムだ。
「ウル!カンゼオンのジャミングシステムに機体の全エネルギーを回してるから動けないよ。それから、ジャミング照射後も慌てて機体から出るなよ?ヘタすりゃ風に体を持ってかれる」
「そうですよねぇ・・・そうすると、マドカちゃんとアンちゃんの出撃から少し離れますね・・・」
カンゼオンに向かって急ぐウルに近づいたのはヒュートだった。クルーガンとジェイクはカンゼオンの最終調整でもしているのだろうか?機体に張り付いたままだ。
「それは仕方ないかな。カタパルトの前の方からじゃないと、いくら照射角を絞っても、艦にまで影響出るだろうからね」
「アレですね。ナニがイヤって、照射後にカンゼオン降りて、このハンガー内の端から端へ全力疾走するってトコですね・・・」
カンゼオンが用意されている右舷カタパルトの反対側、左舷カタパルトには、出撃に備えて三姫が並んでいる。ウルのbeauty&beastは一番後ろだ。カンゼオンからbeauty&beastへの乗り換えは、三姫の連携を考えれば少しでも早い方がいい。
「あ~・・・ソレな。うん、ガンダでよろしく」




