第十部 第9話 Jabberwock(ジャバウォック)の詩
「隣り、いいかい?」
近付いてきた男はヴォルフゲン・フロイト。この男がバーに入って来たのには気づいていた。
「ヤローと飲むシュミはねぇよって言いてぇところだが、実のところ、オレもアンタとは話したかったところだ」
「そりゃありがたいね」
フロイトと話したかったのは本当だ。だけどよ、コイツと一緒にAttisに乗っていたっていうベルルーイとかっていうオンナのコトがあったからな。コッチから声をかけるタイミングを逃してたんだよな。
実際のところ、ADaMaSに合流したことに流れってモンがあることは解かってる。けど、つい最近ヤりあったコイツには思うところがあるってモンだ。いや、たぶんだがお互い後腐れのあるような別れ方じゃなかったけどよ?マンガじゃあるまいし、昨日の敵は今日の友って、カンタンに割り切れるモンでもねぇだろ。そりゃあさ、今後はコイツが味方だってのは頼もしい限りだよ?それは解かってるんだが、よーは気持ちの有りようってヤツよ。
コイツが手にしていたのはブランデーらしいな。オレはウィスキー。まぁ、大人の男らしい。
「フロイトだったな。アンタはなんで軍を抜けたんだ?」
ぶっちゃけ、この質問はどーでもいいんだ。
「んー・・・流れ的にそうなったってのはあるんだけどね・・・ディミトリーのコトで軍を抜ける選択はしてなかったんだよ。まぁ、ホレたオンナを護るためってのが正確なんだろうねぇ」
コイツ、真顔じゃねぇか。まぁ、ソレぐらいの方がオレとしてもスッキリしてていいが。
「アキラ・リオカ・・・アキラでいいか?ソッチは?」
リオカなんて呼ばれた記憶は遡ってもねぇな。
「ああ、アキラでいいぜ?こっちも似たよーなモンだ。オレたちpentagramは全員地球生まれでな。まぁ、ガキの頃にはすでに宇宙に居たんだが、5人とも別に宇宙だ、地球だって考えは無くてな・・・」
「じゃあなんで軍に?」
チッ・・・こんな話をするつもりは無かったんだがな。まぁでも、コイツとはハラぁ割って話してみたかったんだ。隠さなきゃならん話でもないし、コッチから歩み寄るってのもアリなのかもしれねぇな。
「食ってくためさ。そもそも立場が違うってだけで、戦争に〝正義〟も〝悪〟もねぇだろ?」
「へぇ・・・ソレは解かるなぁ。〝戦争〟って言葉を使わなけりゃ、こんなのはただの〝殺し合い〟だからね。正常な人間なら、大義名分がなけりゃ戦えないだろう?」
ふぅん・・・コイツ、アイと同じこと言いやがった。でもまぁ、ごもっともだ。
人間なんざ、所詮はただの生き物だ。野生ってのを見てりゃ、自分たちの本来の姿ってのが嫌でも分かる。〝食うか食われるか〟が地球に生きる生物の本来の姿だろう?それは〝本能〟ってヤツだ。ところが人間は〝理性〟ってモンを持っちまったのがいけねぇ。
「人殺しは悪いことだって、誰もが思ってるだろ?共食いがダメってのはまぁ解かるけどよ、他の生物に殺されることってのは自然の掟だろ?」
「言いたいことは解かる。人は他の生物による害を排除するからね」
それはそうなんだが、ちょっと違うと思うんだよな。
「いや、違うか・・・排除する術を持ってしまったってところかな?これはある意味で、この戦争が起きてしまった本当の根本原因なのかもしれないな」
ほぅ・・・フロイトってオトコは、ちゃんと解かってるタイプのヤツだったか。
人間は理性が表に立って生きてる。こんな生物は人間だけなんだろうな。詳しいコトは知らねぇが、人類の繁栄?ってヤツが結局自分たちの首を絞める結果を招いたんだろ?その挙句の果てが〝戦争〟だ。理性で生きる人間にとっちゃあ、〝戦争〟っていう言葉は殺し合いをすることの正当性を主張する格好の言葉になったってワケだ。
「人間にとっちゃぁ、戦争なんてモンは人殺しを正当化するための言葉でしかないだろ。こんなにも長く続く戦争なら猶更だ」
「へぇ・・・意外だね。失礼ながら、もっと粗野かと思ってたよ。ホント失礼。でも安心もした。アキラも、たぶん他のじょーちゃんたちも、戦争がキライなんだな」
「そうだなぁ・・・戦争が無くなったらどうやって食っていくかってマジで悩むが、それでも戦争するよりはマシだな」
そうか・・・オレがADaMaSに属することをすんなり受け入れた理由はコレか・・・。ADaMaSだって、周りから見たらこれから戦争に介入しようって集団なんだろうが、当の本人たちの意識がホンキでそうじゃない。しかも、表面上は戦争に介入することを認めながらもだ。
Noha’s-Arkがどうなのかは知らないが、少なくともStarGazerと決定的に違うのは、相手を認められないから闘っているんじゃないってところなんだろう。ADaMaSの連中は、その人間が誰だろうがカンケーない。人間という種そのものが、これからどうやって存続していくのかをホンキで考え、コイツらしか思いつかないような方法を思いつき、そのトンデもない方法を真剣に実行しようと取り組んでやがる。戦争への介入はそのための手段でしかない。
「アキラ・・・なんだかスッキリしたような顔、してるぞ?」
「ん?・・・いや、実際スッキリしたよ。オレがアイツらと一緒に戦うことのイミが分かったからな」
「へぇ・・・それが俺と一緒だったら嬉しいところなんだが」
んん?コイツもおんなじコト考えてるのか?
正直なところ、アイツらの考えてる〝人類の行く末〟は希望が持てるものだった。俺たちからしたら絵空事のように聞こえた話も、アイツらはそれが実現できることだとホンキで考えてる。だったらソレに掛けてみるのもワルくはねぇ。
「彼らADaMaSはさ、相手を排除するために戦うワケじゃない。自分たちの描いた未来を消そうとする相手に〝抵抗〟する手段が闘いだっただけだ。そして彼らの描いた未来は、戦争に人生の半分を費やした俺のようなヤツにも、希望が見える未来だった」
ああ、そのとおりだ、フロイト。アイツらはたぶん、ADaMaSに居た子供たちにその未来を託すため、自分たちが汚れることを意に介していないんだ。
「その未来は子供たちのものだ。それを創ろうとする彼らが、もしも汚れないで済むなら、それに越したことはねぇだろ?それは、アンタとあの・・・ベルルーイの未来にもつながる話かもしれねぇしな」
「あっはっは、そうなるとイイんだがねぇ。アキラには、そういう相手居ないのか?アイさんだったか?イイ女じゃないか」
アイだって?うーん、確かに美人なんだがな・・・オレの気持ちがどーであれ、向こうが却下するだろうよ。
「そういうのは、あんまり考えたこたぁねぇな・・・まぁ、オレはアイツらが咬みつきたいときの牙だよ。軍人始めてからこっち、こんな風に想ったのは初めてだぜ・・・」
そうだ。オレは今まで、誰かの未来を護るために戦ったことはない。これまでずっと、戦争という環境に流されて戦ってきた・・・いや、流されたんじゃねぇか。テメェで流れに乗ってたんだろうな・・・ハズかしい話だぜ。
「俺はね?アキラ。これまでずっと、他人が作った未来を信じて戦ってきた。その未来が間違ってたとは言わないけど、その漠然とした未来の具体的な中身は見なかった」
「それで?今は見えるのか?」
「ああ、ハッキリな。前に言ったろ?アキラが牙なら、オレは爪だ。どうだい?魔物としちゃあ、ワンセットじゃないかと思うんだが?」
うまいこと言うな。確かに爪と牙はワンセットだわな。そういや、その2つが特徴的な怪物が居たな。
「さしずめ、Jabberwockってところか?」
「ルイス・キャロルの鏡の国のアリスかい?ハハッ、どうにも似合わないものを知ってるjyないか・・・だが、いいネーミングだ」
〝The jaws that bite, the claws that catch(食らいつくその顎、かきむしるその爪)〟と形容されたその恐るべき姿は、だがしかし、子供心のオレにはワクワクしたもんだ。なるほど、コイツとは気が合いそうだ。




