第九部 終話 三姫
「本当かっ!?それで・・・どうなんです?」
フロイトはミシェルの言葉に動揺を抑えることができないようだ。Attisが運び込まれたとき、その損傷具合はひどいものだった。特に腹部への被弾は深刻で、もうわずかに中央寄りだったとしたなら、コクピットそのものが破損していたとしてもおかしくはなかった。そしてその内側には男女が2人、意識の無い状態でそこに居た。
フロイトはすでに回復を見せているように、意識を失うほどの衝撃を受け、身体の複数個所に飛散した計器類などの破片による外傷もあったが、それほど深刻な状態ではなかった。しかし、後ろの補助シートに座るベルルーイ・カルデは、シートベルトで辛うじてソコに坐しているだけだ。運の悪いことに、コクピット内を舞い散った破片の中でも比較的大きな、パイプのような形状をしたものが腹部に刺さっていた。
マドカ、アンの2人はもちろん、ウルもその2人と同等の能力値を示すだろうNEXTだ。ベルルーイが危険な状態にあることを察知していた3人は、それぞれにknee-Socksへ事前に告げていたおかげで、着艦以降の医療的動きは迅速だった。白衣のミシェルを筆頭にした医療班が、彼女をAttisから運び出した。
フロイトがベルルーイの状態を聞かされたのは1時間ほどたった後だ。フロイトが意識を取り戻したとき、まず最初に発した言葉が「ベル」だった。
そのタイミングではまだ、重傷を負ったフロイトの同乗者が誰なのかを知らなかったローズは、フロイトの発した「ベル」が何を意味しているのか分からない。特に取り乱す様子もないフロイトに多少の安堵を覚えつつ、ここまでの経緯と現状をローズが話した。
「・・・というわけで、察してるとは思うけど、ここは私たちADaMaSが運用している戦艦の中。フロイト少佐は一時的な意識消失と軽度の外傷程度で、他に深刻な問題はありませんでした・・・が、同乗の方は今緊急手術中です・・・もしかしてその方が〝ベル〟ですか?」
フロイトにとって、自身の心配は欠片も無い。手術中という言葉もさることながら、〝緊急〟という言葉には動揺を隠せないようだ。
「ああ・・・彼女はベルルーイ・カルデ。少尉です。ベルは俺にとって大切な存在だ・・・ローズさん、覚悟は・・・必要なのか?」
ベッドの上にある自分の手を見つめる。それはまるで、彼女を意図せずだったとしても、自らの手で死に至らしめてしまった者かのようだった。まるで自分が咎められることを恐れているかのように、ローズと視線を合わせることができないらしい。
「正直に申し上げて、私には解かりません。私はそういった類には見識がありませんので。ですが、私たちの医療班が、現状行える最大限の手を尽くします。そのうち1人は、少佐もご存じのミシェルです。」
ミシェルは高名な医者ではない。それどころか、Leefの最高責任者、つまりは商人である。なぜ医療班にミシェルが居るのかを疑問に思って然るべきだ。だがフロイトにしてみれば、その時点で縋ることができる相手は彼女たち以外に居ない。ミシェルたちが医療行為を続けていることを聞いて以降、常にベルルーイのことが心の大部分を占めていた。
「もう大丈夫よ。彼女は回復するわ。それにしても凄いわね、フロイトさん。Attisのデータを見たわ。アナタの繊細な操縦がなければ、間違いなく彼女は生きてここに辿り着かなかったはずよ?」
今この場に居る者は誰もベルルーイという女性のことを知らない。それでも不思議な事に、全員が彼女の無事を心から喜んでいる。直接知らない相手であっても、その命を尊ぶ。これもまた、人間とはそういうモノだ。
「よかった・・・ありがとう・・・本当にありがとう・・・」
正直なところ、フロイトに女性の雰囲気を感じることは無かった。それが今後に発生する可能性も無いように思えた。だが今、フロイトはミシェルにすがり、目からは涙が流れ出ている。勝手に作り上げたものだとしても、フロイトのイメージには無い姿だ。その様子を見れば、彼にとって「ベル」と呼んだ女性が特別な存在であることが分かる。
「ちょぉ~っと!抱きつく相手がチガウわよっ!こういうのは起きてきてからの彼女になさいっ!」
悪いものではなかったとしても恥ずかしさは多分にあるようで、慌てて縋るフロイトを引き起こした。自分の姿を思い描いたのだろう。フロイト自身もどこか気恥ずかしい様子を見せながら、慌てて涙をぬぐっている。
「ああ、失礼・・・いや、ADaMaSには返しきれない恩を得た。ありがとう」
フロイトはそこに居合わせている者をぐるりと見回した後、改めて一礼した。
「君らのことは少し聞いた。恩を返すというのもあるが、俺はディミトリーを止めなきゃならん。一緒に戦わせてくれないか?」
その申し出は、ADaMaSが元より求めていたものだ。望まない結果を迎えたことで集まることができなかった者もいるが、これで事前にADaMaSが想定していた戦力は揃った。
「ウテナ?」
今この場には、ウテナ、ローズ、ナナクル、マドカ、ミシェル、ルー夫婦、マギー、アリス、ポーネル、クルーガン、ヒュート、ジェイクのADaMaSを代表する13人と、pentagramのアキラ、アイ、リッカ、ウルの4人とコールマン、そしてルアンクとオピューリア、それにハートレイ兄妹。そしてフロイトの23人が居る。まだ病室だが、ここにベルルーイも含めた24人。この他にも世界にとっては何人か存在するが、彼らは人類の行く末を決めるための〝鍵〟だ。それは本人たちの知ることの無い〝枷〟でもある。
「うん。フロイト、ありがとう。助かるよ。まず当面は表に出ないで準備を整える必要がある。現状まともに戦えるのは、マドカ、アン、ウルの3機だけだからね」
「あっ!そういや忘れてたな・・・Attis・・・アレ、どうなってる?」
おそらくベルルーイのことで本当に頭がいっぱいだったのだろう。愛機であるAttisの状況をすっかり忘れていたようだ。
「Attis?・・・言いにくいんだけど、ほぼ全損だね。まぁ、僕に考えもあるし、キッチリ元に戻すから、時間はかかるけど任せといてよ」
ウテナの話を聞いたクルーガンが、そっとフロイトに近づくと、小さな声で囁いた。
「あ~・・・フロイトさん?局長の表情、ヤバいっしょ?あの顔の場合、戻ってくるAttisはベツモンになってるって覚悟しといた方がいいっすよ?」
クルーガンの動きは見えていたが、その言葉まで聞き取れたかどうかは怪しい。しかし、そこに気を留めることもなく、ウテナは続ける。
「それとな?フロイトの妄言からヒントを得たんだけど・・・マドカたち3人の機体のことなんだけど・・・」
そう言うと近くにあったホワイトボードの方へ向かい、そこに〝姫〟という漢字を書いた。
「僕の故郷じゃ、プリンセスをこう書くんだ。そしてこの漢字、Mhwを数える単位の〝機〟と同じ発音でね。これからあの〝3機〟を〝三姫〟と呼ぶことにするよ」
ウテナは姫の文字の前に3本の線を書き加えた。




