第九部 第14話 命の価値
「この3人見てプリンセスねぇ・・・お姫様ってイミだよね?合ってる?」
ウテナは立ち並んだ3人の方に視線を向けはしたものの、ため息とともに言葉がこぼれた。
「あ~!ちょっとお兄ちゃん!ソレ、ヒドくない?フロイトさんがそー見えたんだから、素直にナットクしてよ~」
マドカが膨れている。その隣ではアンが照れくさそうに俯き、ウルは何故だか喜んでいる。
場所はいつものknee-high内食堂だ。さすがにMhwパイロットは身体の造りが頑丈らしく、軽い手当を受けただけで3時間ほどである程度回復したフロイトを迎えている。とは言え、本当に頭を強打していたようで、ところどころ記憶が曖昧だった。今は状況を把握するため、Attisのカメラ映像などを基に記憶の補完をしていたところだ。
大体のメンツは揃っているが、ミシェルの姿だけはそこに無い。だが、話はそのまま続けられた。
「まずはありがとう。ホントに助かったよ・・・」
「間に合ったのは幸運だったわ。まだ気がかりはあるでしょうし、いろいろと万全ではないでしょうけど、状況はいいかしら?」
すでにADaMaSの現状と目的、先に集っているADaMaS製Mhwパイロットたちのことは、ウテナから説明が済んでいる。
「ああ、大丈夫だ。で、Attisはあんなになっちまったが、俺にも手伝わせてくれ。助けてもらった恩なんて言うつもりじゃない。何よりも、俺はディミトリーと決着をつけなきゃならんから・・・むしろ手伝ってもらうことになるかもしれんが」
フロイトの中では、軍施設を出ることになったときすでに、ADaMaSと合流できればという考えがあった。ウテナからの申し出を断る理由は見当たらない。
「なぁ、ウテナ局長さんよ?1つだけ聞かせてほしいことがあんだが・・・」
これまであまり声を発することの無かったpentagramのアキラ・リオカが、ウテナから見て最も奥から問いかけた。
「いろいろあったが、タクヒは死んだ・・・なぁ?タクヒの〝死〟には何か意味があったのか?」
一瞬、そこから静寂が続くのではと思わせる。実際、たった1人を除いて誰もが時間を止めてしまったかのようだった。
「誰かの死にイミなんてないよ。そんなのはただの事象に過ぎないさ・・・」
ウテナが言い終えるよりもはるかに早く、アキラは前に歩を進めた。まるでウテナとの間には誰も居ないかのように、アキラの動きに合わせて他が道を開けていく。
「じゃあナニか?アイツの死はただのムダ死にだって言うのかよ」
その追加された問にウテナが答えるよりも前に、アキラはウテナの前にたどり着いた。すでに背後になってしまったみんなからは見えなかったが、ウテナの目にはその冷たく、それでいて〝怒り〟が色濃く映る瞳がハッキリと見える。
「ああ。そうなるね」
アキラの腕は誰かが「止めなければ」と思うよりも早く、ウテナの衣服の胸元を掴んだ。その部分に寄るシワが、アキラの怒気具合を表現しているかのようだ。
「おやめなさい。まったく・・・ウテナ、アナタは言葉が足りないのよ。機械が相手のときは機械の感情がわかるみたいに気遣えるのに、人間相手となると、朴念仁もいいとこね」
きっとみんながホッとしたことだろう。そこに現れたのは、今まで姿を見せていなかったミシェルだ。軽く腕組みをしたまま、白衣のような衣服で2人に歩み寄ると、そっとアキラの手に自らの手を添えた。
手が重なったことで初めてその存在に気が付いたかのように、アキラがミシェルの方へ視線をずらす。瞳が見せる表情はウテナに対するソレとさほど変わりない。
「ウテナ、アナタ途中で話、止めたわよね?ちゃんと話しなさい。たぶんソレでみんな分かるわ。リオカさんも、ウテナを殴るのはそれからでも遅くないわよ?」
衣服のシワが少し緩んだように見える。ミシェルの手に押されるかのように、次第にアキラの手はウテナから離れた。
「・・・人が死ぬってのがただの〝事象〟だってのは変わらない。迎えたその〝死〟にイミなんてものは無い。特に戦争ではね。けれど、その〝死〟に意味を見出すのは、生きている人間だよ」
人間という生物は、他者の死を偲ぶ。人間以外の生物であっても、近しい存在の死を悲しむことはあるのかもしれない。けれど生きている限り、死んだ相手を想うことができるのは人間だけだ。それは〝死〟という事象に対して、弱肉強食や食物連鎖などといった、〝身近な出来事である〟という認識が無いからだ。
「僕たち生きている者が、タクヒやケビンの、ただの事象であるはずの死に意味を与えるんだ。そうでなければ、もしも彼らの死にイミがあるのだとしたらそれは、まるで死ななければならなかったみたいじゃないか?僕はそんなモノ、認めないよ」
寿命でない死のうち、そのほとんどの死は〝偶然〟だ。例えば遊んでいて転んだところへ自動車が来たとしよう。そこは普段なら遊ばない場所だったのか?滅多に無いのにたまたま転んだ?ほとんど往来のない道路なのに、その時に限って車がいた?そのでれであったとしても、それらは全てが偶然だ。これはヒトに限った話ではない。寿命と自ら意図的でない死は全て偶然でしかない。2人の死は戦場で起こった。彼らが命を落としたのは〝死〟が当たり前に、そしてすぐそばにある戦場だ。日常と比べれば死の確立は格段に高く、そこでは常に人と人が命を奪い合っている。それでもやはり、たとえ死の確立が99%だったとしても、確率である以上、その死は偶然なのだ。
「タクヒさんの死によって、私は死なずに済みました。タクヒさんが守ったソコに、たまたま私が居たという〝偶然〟ですが、私には大きな意味があります。それは私が見出した意味で、私はそれに応えたい」
ヒトが人生の岐路に立った時、他者の死が道を決定づけることは往々にしてある。だがそれは、死んだ者が岐路に立つ者に道を示そうとしたのではない。岐路に立った者が、自分の選択を後悔したくないから、言い方は悪いが他者の死を利用したに過ぎない。
人は他者の死を自分の人生の中に取り込む。他者の死が、人生の1ページとなる。もしかしたらそれは、その人の存在を忘れたくないという願いの結果なのかもしれない。死者を偲ぶという人間の行為はつまり、そういうことなのだろう。
「・・・ウテナ局長、これまでの非礼を謝罪する。局長の考えや想いは間違っていない。俺が短絡的で思慮に欠けていただけだ。すまなかった」
アキラはその場で深々と頭を下げた。その様子を見ていたアイが、誰にともなくポツリとつぶやく。
「隊長・・・謝罪ってできたんだ・・・それに短絡的で思慮に欠けること、気付いてくれて良かった」
その場が静かだったことも手伝い、アイのつぶやきがみんなの耳に届く。アイ自身も自分の声の大きさに驚いて、今更だが口元を押さえている。
「・・・そーいうのは心の中だけにしてくれるか?」
下げた頭のまま、後ろのアイに視線を向ける。まさかそんなところから視線が来るとは思っていなかったアイは、慌てて視線を斜め上に逸らした。
「いや~・・・ホンネがついポロっと・・・」
ホンネとか言っちゃダメなんじゃ?と思いつつも、アキラに頭を下げられたままが気まずい。
「アキラさん、そろそろ頭上げてくんない?こういうの、ちょっと慣れてないんだよ・・・」
「いやぁ~、実は俺もこんなの初めてなんだよ。お互い、慣れねぇコトはするモンじゃねぇな」
スッと頭を持ち上げたアキラは、不思議と楽しそうな表情をしている。つっかえていたものが無くなったのか、吹っ切れた様子にも見える。
「それはそうと、ミシェル。ここに来たってことは・・・」
「ええ。終わったわよ、手術」
どうやらミシェルの衣服は、白衣っぽいのではなく、本当に白衣だったらしい。
 




