第九部 第13話 3人のプリンセス(真)
「Attisがヤバそうよ?マドカちゃん、連続だけど頼める?」
ミシェルのもとに緊急通信が入っていた。それは情報部からのもののようだ。相変わらずミシェルの持つ情報網がどうなっているのか、頼もしくもあるが恐ろしくもある。
「わ、私も何か手伝えることない?マドカちゃん!」
アンの申し出をキッカケに、それぞれが「自分も」と言い始める様子をウテナが制した。
「ありがたいけど、率直に言って今手伝ってもらうことができるのはアンとウルの2人だけだよ。それ以外は出撃可能な状態にあるMhwが無い。まぁ、付いて来て」
そう言って一同を連れたウテナは、みんなをthigh-high内のMhw整備ブロックへ案内した。そこには、それぞれの乗機が見えるが、万全の状態にあると言えそうなMhwは1つも見えない。ADaMaSの者たちが乗る予定のMhwに至っては現在製造中のようで、唯一ローズの乗機だけはすでに稼働実績があるものの、調整のために各所のメンテナンスハッチが開かれているようだ。
「見てのとおり、今ウチでマトモに動かせるのはあの3機だけだよ」
そう言ってウテナが指示した方へ全員が視線を向け、そして息を飲んだ。シルバーに彩色された内部骨格(通常、内部骨格を彩色することはない)、透明な外装と、その各所にレースのように装飾されているレリーフ。そしてスタビライザーとバインダーの役割を持つであろう4枚の翼。機体そのものも極めて細身であり、Mhwでありながら女性的な印象を受ける。要するにそれは、Mhwとは思えない美しさだった。
「マドカのはもう知ってるね?〝Snow-White〟だよ。順に、〝sleeping-beauty〟、〝beauty&beast〟。乗る乗らないは別として、それぞれアンとウルの機体だ」
これまでの、乗らざるを、戦わざるを得ない状況下とは違い、自らの意志で戦うことを選んだアンは、すぐさま「乗る」と決め、ウルは自分の乗機の美しさに見惚れていた。
ウテナによれば、Snow-Whiteはバランス型、sleeping-beautyは射撃型、beauty&beastは格闘型だった。とは言え、3機は姉妹機であり同型機なのだから、Mhwの個体差というよりは、組み込まれているOSに違いがある程度だ。
ウテナの説明で驚きを通り越していたのが、誰もが疑問を抱く〝透明な装甲〟の正体だ。
「ああ、アレ?この3機の外装は全部、Brain-Device(BD)で造られてるからね。なんだか知らないけど、透明になったんよ。まぁ、詳細は帰ってからね。性能・・・というより機能は段違いだから、安心して行っておいで」
BDを使った装甲など(コスト的にも)聞いたことも無い。しかしさらに驚かされたのが、その起動時だった。ウテナが左手を上げると、3機のメインカメラである目が光った。そして驚くべきことに、Snow-Whiteはクリアーホワイトに、sleeping-beautyはクリアーレッドに、beauty&beastはクリアーイエローへと、透明だった外装に色が宿った。透明な外装も馬鹿げているが、色の変わる外装もたいがい馬鹿げている。
「御覧の通り、違う言い方をすればあの三姫、いつでも飛び立てる状態だよ」
3機は飛び立ってしばらく飛行を続けた。言うのは簡単だが、大気圏内でMhwが空を飛ぶなどということもまた、たいがいに馬鹿げている。3機はまさしくその翼を広げ、バインダーで揚力を生み出していた。それはThekuynboutほどの速度ではないものの、それに匹敵すると言えるだけの飛行速度を有していた。
「マドカちゃん!けっこーヤバめ!こっから撃つから、ソッコーで突っ込んで!」
「大丈夫?」
「ヘーキ!マドカちゃんとウルちゃんが一緒だもん。しかもきょくちょーの造ったMhwだよ?なんか仕掛けてあるでしょ」
Snow-Whiteとbeauty&beastは速力をそのままにし、sleeping-beautyはバインダーの向きを変え、その翼で大気を受け止めた。よく見ると翼がさらに展開し、その面積を増大させている。まるでパラシュートかのようにゆっくりと機体を降下させる最中、持っていたライフルを構えた。
アンはまず1発目のトリガーを絞った。その直後、ふとした感情がよぎったことで、続けざまに2回トリガーを絞った。狙いを定めた相手の殺気の大きさを考え、ライフルを弾き飛ばしただけでは足りないと感じていた。
それは例えば、ショウ・ビームスであったとしても撃つことを躊躇うほどの距離だったが、アンにまったく迷いは無い。命中することを疑わないアンは先行する2人の位置を確認し、他のMhwにターゲットを移した。
想定外の狙撃と、規格外の速度で飛来したMhwに戸惑いがあったMhw群が生み出してしまった〝隙〟は、2機のMhwをAttisの撃破前に間に合わさせた。
「ウっちー!(ウルのことだ)まずは安全確保!ぜーんぶ斬り刻んでヨシっ!一緒に行くよっ!!」
「あいよー!ウっちー、いっきま~すっ!!」
2人はAttisへ銃口を向けているMhwの四肢を瞬く間に切断していく。2人が抜刀した実刀は刀身が黒い。形状的には日本刀に近いソレもまた、ウテナの説明によるとBDを加工してできているらしい。呆れるほどの切れ味だ。
「ナニコレっ!めっちゃ切れるぅ~!ウっちーカンゲキっ!」
「でっしょ~!うちのお兄ちゃんってアタマおかしいから。ところでオマエらっ!寄って集って・・・そーいうのキライ!コッチはもう1人後ろに居るんだからねっ!このままAttis連れてくけど、邪魔したらその子もウチらも、ブチギレるから!」
マドカの操縦技術は当然優れたものだが、このSnow-Whiteには隠された機能がある。それはマドカの依頼でセシルがプログラミングしたものだ。マドカはコンソールにそのプログラムを呼び出すと、躊躇うことなく起動させた。
こんなコトができるMhwがあるだろうか?そもそも搭載したところで使い切れないだろう。Snow-Whiteが立派に中指を突き立てている。
「上のカトンボ、うっざいな~・・・アンねぇ(姐)!墜としちゃえ~!」
ウルの呼びかけに呼応し、はるか後方ですでに着地していたアンがトリガーを数発分絞った。1発たりとも外すことなく、Mhwを乗せた航空機を撃墜する。これら航空機のコントロールはMhwパイロットが行うことがほとんどで、航空機自体にパイロットは居ない。
「墜としたよ~。落っこちたMhwも撃っちゃう?」
「ん~・・・落ちてきたのはウっちーにオマカセで!」
散開しているMhwの間を抜けるように移動し、すり抜けざまに刀を振るう。どちらかと言えば後衛機だったカンゼオンと違い、beauty&beastの機体性能は本来ウルが持つポテンシャルを余さず発揮できるようだ。イザナギとAttisの戦闘を目に焼き付けた少女は、すでに彼らの力を自身のものとしていた。Attisを追い詰めたパイロットたちであっても、成す術はない。
「ホイ、お終い。次動いたらその程度で済まないかんね~?いや、動いてくれてもいいけどさ」
ウルは刀の切っ先を向け、脅しなのか挑発なのかよくわからないことを言い放っている。その横ではSnow-WhiteがAttisの両脇に腕を差し入れ、抱え上げた。
「おーい。聞こえてる~?一緒の女のヒト、誰よ~・・・もぅ、隅に置けないんだからっ!とりあえず治療も兼ねてレンコーするけど、いーよね?ってか、レンコーするねー」
「・・・あぁ、プリンセス・・・ベルを・・・助けてやってくれ・・・頼む」
「マドカねぇ(姐)?なんかプリンセスとか言ってない?アタマでも打ったかな?」
・・・どうやら彼女たちの言葉や振る舞いは、朦朧とする意識のフロイトにとって、相当に美化されたものだったようだ。よくよく考えれば、三姫を駆る3人に淑女の振る舞いなど期待できるワケもなかった。




