第九部 第11話 マリオネット
「俺がけん制する。一気に追いつけっ」
周囲に比べそれなりに高い位置となる丘の上に降りたMhwは、eS・SNIPEERという機体だ。その名のとおり狙撃に特化された機体であり、また、そもそもの素性が良いことから、エース級パイロットに配備されることが多い機体だ。
eS・SNIPEER以外のMhwは、そのままMhw運搬用航空機でAttis追撃を続行するようだ。どうやらこのSNIPEERが追撃の指揮を執っているらしい。狙撃で逃げるAttisのアタマを押さえ、その隙に追撃部隊を追いつかせる腹積もりらしい。
「1機逸れた?・・・SNIPEERか!」
Attisの機動力が周知だということは分かっている。その上でこの配置ならば、相手の狙いがこちらへのけん制だという結論にたどり着く。とは言え、パイロット次第で、例えば脚部への直接狙撃ということも考えられる。あの機体に乗るということは、ソレができるパイロットだということの証明でもある。
フロイトは周囲をさっと見渡したが、狙撃手から隠れられそうな遮蔽物は見当たらない。逃走のルートと相性的には最悪な組み合わせのようだ。狙撃の射線をバラけさせたいところだが、あまり急激にすると自分はともかく、ベルルーイへの負荷が大きくなる。
フロイトはコンソールを操作し、後頭部に搭載されているカメラを望遠に切り替えた。その焦点をSNIPEERが移動した方向に向ける。
「・・・アレか」
その方向には丘があった。前面モニターに別窓として表示されている後方映像をさらに拡大していくと、キラリと光る何かが見えた。SNIPEERが構えているスコープが陽光を反射させたのだろう。フロイトはその後方カメラをその位置で固定した。
後方を映す映像に、再び光が見えた。今度のそれは、反射なんかではないことが瞬時に分かる。〝閃光〟と表現するにふさわしいソレが、ライフルのマズルフラッシュだと認識すると同時に、機体の位置を変えようとしたフロイトは、ほんのわずか、時間で表現するには難しいほどの刹那、それを躊躇った。
Attisの脹脛部分、装甲が弾け飛んだ。直撃こそ避けはしたが、どうやら(と言うか、やはり)このパイロット、腕の立つ狙撃手らしい。基本的には〝捕獲〟が目的なのだろうが、難しいと判断した場合の撃破も許可されていると判断すべきだろう。
「ベル、できる限りのコトはする。すまないがもう少し堪えてくれ」
「だ・・・大丈夫です。私の事は気にせずに、生き延びることだけを考えてください」
ああ、もちろんだ。生き延びるために最善を尽くす。けれど、最善を尽くして生き延びるのはベルルーイだ。そう言葉にしかけて、慌てて飲み込んだ。ソレを口にしても、おそらく互いにかばい合う論争にしかならない。それは結果的に、ベルルーイに〝会話〟という負担だけを強いることになる。
「分かった・・・ベル、目を閉じてろ。終わったら・・・キスして起こしてやる」
「・・・期待して待ってます」
こんな状況だというのに、俄然、やる気が湧いてくる。
Attisは踵を返した。そうかと思うと基地の方向に向かって移動先を変える。その方向は、Attisの撃破許可を得たMhw部隊が群れを成している方向だ。当然、追う側のMhwパイロットたちは戸惑った。普通に考えれば正気の沙汰ではない。Attisと追撃部隊の距離が一気に縮まる。
「くそっ!さすがにフロイトといったトコろか?これじゃ迂闊に狙撃できねぇ」
フレンドリーファイア。フロイトの狙いはその一点にあった。Attisの最も得意とする戦況に相手を引きずり込むことで、追撃部隊と狙撃の2方面防御の強制力を無効化しようと考えた。フロイトの採った戦術は正しい。ベルルーイが同乗していなければ。
フロイトはAttisをジャンプさせ、運搬用航空機のいくつかをその爪で裂いた。その動きはベルルーイへの負荷を増大させるが、そうしなければ上昇されるだけだ。そうなれば目論見はカンタンに崩れることになる。
「くぅ・・・」
フロイトの耳に届く、小さな、必死に押し殺そうとしている呻き声が、分かっていても心に突き刺さる。「惚れたオンナも護れねぇヤツになんて、なってたまるか」そう自分を奮い立たせる。ここで折れてしまえば全てが終わってしまう。
「着地したMhwは全機、散開してその場を動くな!ビームサベルだけ構えてろっ!他は上昇っ!射撃で削ぎ取れっ!!」
Attisの性能で、狙撃手の指示が聞こえる。よっぽど優秀なパイロットらしい。地面に落とされたMhwのパイロットたちも、誰一人パニックにはなっていない。こちらの目論見を全て潰された格好だ。
フレンドリーファイアは敵味方が入り乱れていることで起こり得る。地上に降りたMhwに近づけば、さすがにビームサーベルを使ってくるだろう。それでも撃破することは可能だろうが、狙撃に対する遮蔽物が多少できる程度の効果しかない。しかも、上昇した他のMhwからは一方的に狙われるだけだ。・・・いや、それは撃破しようがしまいが変わらないか。
「よしっ、上空の部隊、Attisを撃て!墜として構わんっ!!」
距離を詰める選択肢は悪手だったか。・・・いや、相手の指揮官、あの狙撃手の方が戦場のコントロールに長けていたということだ。こちらの思惑を全て悪手に変えてしまうだけの才覚があのパイロットにはあった。そのことは認める他ない。
AttisはAstarothのシールド部分を展開させ、直上へ向けた。上方からだけなら、上から見た投影面積分をカバーすることは可能だが、敵がわざわざ真上からだけしか撃たないなんてことをするわけがない。Attisを動かし、可能な限りのビームを躱しつつ、角度を持って撃ち込まれるビームをAstarothのシールドで受ける。動きを止めれば当然、そうでなくとも、こちらの軌道を予測した狙撃が撃ち込まれる。
直撃こそ無いものの、Attisの外観が少しずつ、ソレがAttisだと分からなくなるように変化していく。受けきれない、避けきれない悪意の矢が、Attisの赤い装甲を削り取り、溶解させていく。Attisから弾け飛ぶ赤い外装が、まるで人体から飛び散る血液であるかのようにも見えた。
いくらフロイトとAttisであったとしても、その状況をそれほど長くは続けられない。いや、ベルルーイを守りながら、よくここまで持ちこたえたと言うべきだろう。
たった1度だけ、Attisは着地していたMhwの格闘攻撃有効範囲内に足を踏み入れた。ただその瞬間が訪れることだけに神経を研ぎ澄ませていたそのパイロットが、訪れたその瞬間を逃すことはない。振りぬかれたサーベルを辛うじてAstarothで受け流すことはできたが、時間にして1秒程度だろうか?そのタイミングで動きを止めたAttisを、例の狙撃手が見逃すはずもない。
コクピットに向けて突き進んだ弾丸は、それでも直前で右腕を犠牲にし、その軌道を逸らせた。それでもその悪意は脇腹辺りを貫通していった。その衝撃はコクピット内にも伝わり、内部で損壊した破片が2人を襲う。パイロットスーツも着ていない2人は、部分的に鋭利さのある破片から身を守る術が無い。
続けざまにもう1つ衝撃がAttisを襲った。気付けばAttisはその右脚を膝の辺りで撃ち砕かれていた。バランスを失ったAttisはその場に立つこともままならず、尻もちを搗くかのように地面に坐した。
フロイトが目にすることは無かったが、その後ろで自身の体を固定させようと前方のバーを握っていたベルルーイの手から力が失われ、その腕は重力に逆らう術と意志を失い、力なく垂れ下がった。その様はまるで、糸の切れたマリオネットだった。




