第九部 第9話 疑問、あるいは疑念
「なんだって急に出撃命令なんか・・・」
フロイトとベルルーイの2人は、まだカフェでヒマを持て余していた。そこへ1人の女性がフロイトへの出撃命令を伝えに現れると、任務内容だけを伝えすぐに踵を返して去って行った。こんな伝令はこれまでに経験したことが無い。
「これまでこちらかの出撃を要請することはあっても、直属でないトコロからの出撃要請を〝受ける〟ことは無かったんですよ?しかも、小難しく言ってはいましたが、要するにコレ、ただの偵察任務ですよ?Attisを持つ少佐に依頼するような内容とは思えません」
ベルルーイの言うとおりだ。偵察が任務内容だと言うのなら、もっと適した部隊や機体がある。それでもフロイトに命令が来たということを考えると・・・
「偵察しなきゃならん相手が厄介な相手・・・例えばADaMaS製Mhw・・・もしくはディミトリーたち」
言ってはみたものの、それはあまりにも思考がポジティブ過ぎるかと自問してみる。
「少佐、そりゃ可能性としては0ではありませんけど、そんな情報はどこにも挙がってませんよ?」
「そうだよなぁ・・・ま、歩きながら考えようや」
2人は席を立ち、会計を手早く済ませる(もちろんフロイト持ちだ)と、Mhwハンガーに向かって歩き始めた。決して走りはしない。それほど急務だと思えなかったのもあるが、それ以上に考える時間が欲しかった。ヤーズ・エイト事件以降、明らかにAttisを出撃をさせようとしてこなかった上層部だったが、それがナゼ突然に変化したのか?2人はその理由を知ることはムリだったとしても、ある程度推測しておく必要はあると感じていた。
「少佐?考え方を変えましょう。今のナゼじゃなくて、今までのナゼを考えた方がいいかもしれません」
ベルルーイの方へ向けた顔の眉間辺りに皺が寄る。言葉にしなくても「どういうこと?」と顔が喋っているようだ。
「いえ、なんで今まで出撃しないようにさせられてたのかなーって・・・おかしいですか?」
フッと眉間の皺が消えてなくなり、見えていない進行方向正面に障害物が無いか確認するように正面に顔を向けなおしたその目は、大きく見開かれていた。
「いや、おかしいどころか、ソレ、正解だと思うぜ?さっすがベル!・・・なるほどな、確かにそーだな。させたくない理由が無くなった、もしくは変わったから出撃命令が来た・・・」
2人は答えにたどり着くのに、それほど時間を必要としなかった。起点は〝ヤーズ・エイト事件〟であり、その主要人物は〝ディミトリー中将〟だ。ディミトリーと言えば、フロイトに絶対の信頼を置いていることは周知の事実。ディミトリーの離反がどれほど予想外の事態であったとしても、ディミトリーが消えてフロイトは変わらずにここに居る。ならばそこに発生する疑問があるはずだし、何ならその疑問はフロイト自身も抱いている。「何故フロイトには声がかからなかったのか?」と言う疑問だ。
「けどもし、この疑問を抱いているのがオレだけで、周りは違う・・・そうだな・・・〝疑念〟を抱いていたとしたらどうだ?」
「ぜんぜんあり得ますね・・・もともと声はかかっていて、そのうえで軍に残ってる・・・と考えても立場が違えばアリだと思います」
絶対の信頼を置く相手だからこそ、誰にも真実を告げずに、軍にフロイトを残している。それはつまり、スパイだと言うことになる。ヤーズ・エイトでAttisはValhallaのMhwと戦ったが、それは2人しか真実を知らなかったから発生した戦闘だったという理論は成り立つ。
「オレってスパイに見える?・・・っていうか、ベルも疑ったりしてる?」
ベルルーイがそんなコトを疑うはずもないと思う反面、フロイトがどれほどディミトリーを信頼していたかも、ベルルーイであれば感じ取っていると思っている。「どうであれ、ディミトリーと共にある」それが自分の願望であるということも承知している。奥底で眠っているというには浅い眠りだろう願望が、フロイトにベルルーイの方を向くことをさせることはしなかった。
「何言ってるんです?少佐はすぐ顔に出るんですから、そもそも隠し事、できないじゃないですか。そんな器用じゃないでしょうに」
やはりベルルーイは素敵な女性だ。ここ最近で芽生えた、それこそディミトリーとの信頼関係(こちらはわずかに低下している)を上回りそうな感情が、ベルルーイの方へと顔を向けたさせた。フロイト自身がそのことを知ることは無いが、ベルルーイの見たフロイトの表情がベルルーイの指摘どおりに全てを語っていた。
「ハイハイ。私も少佐のことスキですよ。ええ、愛してると言って間違いないです。けれど、今はまだもう少し先までアタマを回してくださいっ」
窘められたと分かっていつつも、ベルルーイから初めて「愛してる」という単語が出たのだから、フロイトの表情が引き締まる様子はない。「愛してる」の行は事実だけど余分だったかと少し後悔がもたれかかってきた。
「もぅっ!もうじきAttisに着いちゃいますよ?顔のネジ、少し締めてください」
「ああ・・・すまんスマン。ちゃんと考えるから、顔が緩むのは大目に見て」
慌てて思考を元に戻す。どうやらこれまで自分たちの立場、つまりは主観的にディミトリーのことを考えていたことで、状況の本質を見逃していた可能性が高いのではないか。主観的には〝疑問〟だったことが、客観的には〝疑念〟だったのなら、それは結果に大きな違いを生み出す。「フロイトがここに居る」というその本質は、疑念の側からすればValhallaとつながりを持っているのではないか?というコトになるのではないか。そうだとするなら、フロイトに自由を与えない(軍施設内ではむしろ自由だったが)という行動原理は理解できる。2人は大体の場合において、軍施設内に居る。ならばある意味、監視の目には事欠かないはずであり、監視の目から逃れる最大のチャンスは戦場ということになる。これがヤーズ・エイト事件以降の状況を説明するに、もっとも説得力と妥当性のある説明になりそうだ。
「監視する必要がなくなった・・・疑いが晴れたからこれまでの分も含めて働いてもらおうってことか?」
「うーん、辻褄は合いますよね、ソレ。けど・・・さっきの子、なんかこう・・・雰囲気がそういうのではなかった様に感じるんですよね・・・」
確かにそのとおりだ。疑いが晴れていたのなら、冗談の1つや2つあっても良さそうなものだが、伝令にそんな雰囲気はまるで無かった。むしろ可能な限り関りを少なくすることを意識していたように思える。
「残念だがベル、時間切れだ。・・・って、ベルもコッチで良かったのか?」
「ああ、流れでここまで来ちゃいましたね。まぁ、見送りますよ」
2人はMhwハンガーにまで到達していた。通常の手順ならベルルーイは管制室に入るか、指揮車両に乗り込むかのどちらかだったが、そのまま2人ともAttisのコクピットへ乗り込むためのデッキへ上がるリフトに乗り込む。動き出したリフトの初動に体が揺らいだ。
コクピットハッチを開き、フロイトがシートに座り込むと、それを認識したAttisがアイドリングを始める。
「よぅ、Attis。今日も元気か?ヴォルフゲン・フロイト少佐だ」
開いたままのコクピットから、のぞき込むベルルーイの顔が見える。だが、持ち主の分からない腕が銃を握り、美しいベルルーイの横顔に向かって伸びてくる様子も同時に見えた。




