第九部 第8話 最後の勝者
「内部にディミトリーと内通している者がいるのは、間違いないかと」
その円卓が置かれた部屋の照明は薄暗く、円卓が大きいことも相まって、対面に座る者の顔ははっきりと見えない。12人が席に着いているが、そのうち8人ほどの手には煙がゆっくりと立ち上る葉巻が指に挟まれている。天井の高さと室内の清浄機能のおかげなのだろう、匂いはあれど、煙に苛まれる者はいないようだ。
「確定した者は居らんでしょうが、やはり腹心であったフロイトは内通者の最有力でしょうな」
「いやいや、狂犬の2人もValahllaで確認しているんですよ?ソッチの線もあるんじゃないんですかね」
各々が勝手に話しているような雰囲気さえ感じる彼ら12人は、Noah’s-Arkに24人居る大将の地位にある者の中でも古くからその地位にあった者たちだ。彼らは戦争そのものには多く関わらない。同じ大将でありながら、ここに居ない12人の大将(大将が24人も存在する事実が混沌とした戦争の実情を物語っている)に対しても指示を出す。その内容が戦争の実情にそぐわないことなど茶飯事だ。
彼らにとって重要なのはその〝地位〟だけである。自らに紐づく組織、部隊に不祥事があれば、12人の内での権力配分が変化することになるのだろう。今の彼らにとって、ディミトリーの存在は最大の懸念であり、その責を自分ではない誰かに負わせることに必死だ。
ちなみにこの12人、何も12人である必要はない。もしもこれが11人となるのなら、減った1人分の〝力〟を11人もしくは、そのうちの誰かが得る。減らし過ぎは(リスクの分散としては)良くないが、誰もが12人は多いと感じていることだろう。そしてこの特別な12人が増えることは、無い。
「フン、狂犬にそんな動きをするようなヤツは居ないよ。まぁ、監視したければ好きにすればいい。こちらは部隊だ。フロイトはほとんど単独で動いているのだろう?ヤツほど好き勝手はできんと思うがね」
「そうだ!彼ならば人の目を盗んでディミトリーと落ち合うことも容易なのではないかね?」
「ADaMaS製Mhwは惜しい。パイロットだけ拘束するとか、やり方はあるだろう。我々にとってのリスクは可能な限り排除するがいいだろうさ」
薄暗がりのせいだろう、話す声こそ聞こえてくるが、おそらく多少はされているだろう身振り手振りはまったく分からない。人の会話の身振り手振りはときに会話を補足してくれるが、仮に彼らのソレが見えたとして、とても会議だと言えるような会話でないことは確かだ。
ダカールで衆目にさらされたValahllaの存在と、放たれた反物質、さらにはディミトリーによる演説は彼らにとって大きな痛手だったことは言うまでもない。あの演説に迎合し、Noah’s-Arkを敵視する向きは市民の間で広まった。その影響は見えないところで蓄積され、さらに先だっては目に見える形で、(StarGazerにも流れてはいたが)ADaMaSという高性能Mhw製造先を失っている。それはつまり、今後、ADaMaS製Mhwが増えないことを意味する。
Noah’s-Arkにとって空軍基地での戦闘結果は、AIR-FORTHの3機を失っているのだから、さらにAttisまで失うのは大きな痛手になる。Attisをまともに扱えるのはフロイトぐらいなものだが、彼らにとってそれはどうでもいいらしい。戦争の行く末には興味が無いようだ。
「先日の空軍基地攻防戦では、ヤツらは5機ものADaMaS製Mhwを失っている。戦争はこちらに有利になるのだろう?」
「誰でもいいとは言わんが、Attisを乗りこなせる者は誰か居るだろう。戦争なんぞ、最後に勝者であればいい。大将どもに「勝て」と言えばそれで済む」
彼らは最初からこうだったわけではない。だが、この席に着く12人とここには居ない12人では決定的な違いがある。ここにいる12人は、戦争が始まるよりも前に、すでに現在の地位にあった。しかし、今回の戦争が始まるまで、世界は永らく平和な時代を過ごしていた。つまり、彼ら12人は戦争を経験したことが無い。そして、他の12人はこの戦争という時代の中で、その地位にまでたどり着いた者たちだ。もしかしたら、見方によってはここにいる12人もまた、戦争の被害者と言えるのかもしれない。
「皆がそれでいいのなら、フロイトについてはこちらで処理しますよ。もちろん、Attisの起動パスは私の管理となりますがね」
「まぁいいだろう。ではソレでよろしくお願いしますよ?」
特に誰かがその席の終わりを告げたわけでもなかったが、12人が一斉に席を立った。いくつか存在する扉が開かれ、散り散りに扉から出ていく。その部屋に残ったのは、葉巻から香る匂いと、まだ空中を漂っていたわずかな煙、そして開け放たれた扉から差し込む光だけだった。
1人の男がその部屋を出たとき、それまでいったい何処に居たのかと思うほど突然に、その背後に黒のスーツで統一した2人の男が従った。この大将の秘書と言うにはムリがありそうな身のこなし方をしている。
「タイミングを見てフロイトを拘束しろ。反逆の可能性がある。抵抗するようなら、最悪の場合でも構わん」
「承知しました・・・しかし、タイミングと言いますと?」
3人は歩く素振りを崩すことなく、ただ前を向いたまま歩き続けている。遠目に見れば、会話が成されているとは気づかないだろう。
「Attisを確保しておきたい。と、言えば分かるだろ?」
「・・・分かりました。では、そのように」
会話を終えたスーツの男1人が、また忽然と姿を消すようにその場を離れた。やはり特殊な訓練を受けた者だったのだろう。まだ大将の傍を離れていないもう1人の男も、その歩き方からして、何かを感じさせる雰囲気を放っている。人間にそんな能力があるのかは分からないが、まるでその男が出す闇で大将の姿を視認し辛くしているかのうようだった。
Mhwはすべて、搭乗者が機体に登録されている。一般機であれば、それはコンソールにパスコードを打ち込むことで個人を断定するが、個人用にカスタムされた機体や、個人専用機となると、生体認証が使われていることが多い。実際、Attisに関しても生体認証が採用されており、パイロットが生存状態であることと、網膜のパターン、さらには声紋による認証があって初めて起動する。
ADaMaS製Mhwはそのパイロットの特性に合わせた開発がされた機体であり、そのことがウリでもある。したがって、他のパイロットが操縦することを想定しておらず、パイロットの登録変更をする場合は2つのパターンしか存在しない。ADaMaSでのパイロット再登録か、現パイロットの認証による譲渡のどちらかだ。つまり、起動後のAttisとそのパイロットを押さえない限り、機体はただの飾りと成り果てる。ADaMaSがすでに壊滅し、その上パイロットまで失ったとしたなら、それはもう、博物館にでも展示した方がまだ有用性があるだろう。
ある程度の規模を持つ組織であれば、少なからずの権力や派閥の争いが存在する。この争いそのものは人間にだけ当てはまるものでもなく、ある特定の生物でも、コミュニティの中で権力の争いを見ることができる。だが、人間以外においてはその起因が、〝本能〟や〝種の繁栄〟であることがほとんどだ。そして人間の場合、権力そのものを欲するという〝欲〟に起因している。
人間以外の生物における争いにはルールが存在する。それは協議して制定されたものではなく、本能でルールを知っている。しかし人間にそのルールは無い。12人の誰かが言っていた「最後に勝者であればいい」がそのことを表している。今ここでフロイトというパイロットとして優秀な人間を失うとしても、Attisを手元に残すことで最終的な勝者となる。具体的かどうかは問題ではない。それこそが、この大将が思い描いたシナリオだった。




