第九部 第7話 ダカール事件より、A few later
「なぁ、ベル?・・・ヒマだなぁ」
軍基地敷地内にあるカフェで、座っている椅子の後ろ側にある脚2本だけを床に着け、ブラブラとバランスを取るフロイトの口には、グラスから引き抜かれたストローが咥えられている。
「コケますよ?少佐。けど、確かにヒマですね。Valahllaの情報もありませんし・・・」
40歳の大人がすることじゃないなと思いつつも、「この人ならやるか」とも思いながら、対面のベルルーイは窓の外に目を向けた。そこから見える景色は一面に湖が広がっている壮大なものだ。それこそ見えているものが湖だと知らなければ、海かと思うほどの景色だ。
ダカールでの宣戦布告以降、Valahllaの動きは活発にはなっている。とは言え、その動きは大きく2つのグループに分かれているようで、実際に軍施設を標的とした攻撃が本来のValahllaだと考えられている。それ以外は便乗した者たちの手によるものだろう。こちらは軍にとって脅威とはならないようだ。
「ADaMaSを攻撃したのはValahllaを名乗ってるだけの市民軍だったんだろ?けど、入ってくる情報見る限りじゃぁ・・・」
「ええ。壊滅は偽装ですよね。壊滅しちゃった空軍基地に現れたらしいって情報もありますし」
ベルルーイは手にしていたコーヒーカップをテーブルに戻すと、椅子の下に置いてあったカバンからノートパソコンを取り出した。開いた画面には、いくつかの写真が掲載された報告書がある。そのうちの1枚を選び、写真を拡大する。
「コレ、ADaMaS製・・・というよりは、ADaMaSのMhwですよね?」
その写真は望遠で撮られたものらしく、鮮明なものではなかったが、明らかに既存のどのMhwにも類似した機体は無い。それどころか、その姿にどれほどの特異性があるのかと目を見張らざるえないような機体だ。解像度の低さで確証は持てないが、装甲が透けているようにも見える。
「ADaMaS製じゃなくてADaMaSの、か・・・そうだろうなぁ。っつーか、ソレ、装甲透けてるよな?姿形もそうだがそんなMhw、ADaMaS以外に造るヤツ居ないだろ。ADaMaSはこれからどーすんだろうな?」
「どーするもなにも、メッセージ届いてたじゃないですか。短い文章でしたけどたぶんアレ、あまり大きな声では言えない内容ですよ?」
ベルルーイは会話の内容に合わせるように、声のトーンを極端に落とした。ベルルーイの言うメッセージは、ADaMaS製Mhw全てに送信されたものと同一だが、2人はそのことを知らない。他にメッセージを共有する者もなく、意味の解釈に苦慮しているようだった。
「アレなぁ・・・〝信念は何?〟って言われてもなぁ・・・いや、信念はあるんだよ?けど、現状じゃぁ、八方塞がり・・・結果的には上の考えが分かりやすすぎて笑えるってところかね」
フロイトはそれまで空中で本来の役割を果たせないでいた椅子の前脚を床に降ろした。その衝撃が体を伝わり、かろうじて落ちずに堪えていた水滴が、ストローの先端からテーブルに落ちた。
Noah’s-Arkにあって、フロイトがディミトリーの腹心というべき存在であることは周知の事実だ。そのディミトリーがNoah’s-Arkに対して宣戦布告を行ったのだから、フロイトに対する目が監視的意味合いを持つようになったのは言うまでもない。そうした中で起きたのが、ADaMaSへの襲撃と、それに続く空軍基地の惨劇だった。
ADaMaSの防衛も、空軍基地の防衛支援にも呼ばれることは無かった。ADaMaSの襲撃は事前にValahllaを名乗る者たちの警告があった。しかし、空軍基地にValahllaのMhwが姿を現したのは、すでに空軍基地への増援を送り込んだ後だ。
「相手のADaMaS製は5機、AIR-FORTHは3機です。少佐が呼ばれてもおかしくはなかったはずです。なら、呼ばれなった理由は1つだと思いますよ?」
今日もベルルーイは頭の回転が速い。そして相変わらず、綺麗な声をしている。
「Valahllaの介入を知っていた?」
フロイトはそうとだけ言い残すと、視線を天井へ向けた。相変わらず口にストローは残ったままだ。本来ソレで口の中へと運び込まれるはずのものが、グラスの中でその時を待ちわびている。
「行儀、良くないですよ?それと、〝知っていた〟は正確じゃないと思います。正しくはたぶん、〝知らされていた〟だと思いますよ?・・・ちなみに、試してます?」
どうやらフロイトが質問のように返答した意味を正しく理解していたようだ。それとなく最初と最後にフロイトを窘めるあたり、抜け目もない。そして何より、彼女の返答はフロイトの考えと一致していた。
「いやいや、試すなんて・・・いや、試したようなものか、スマン、ベル。ホラ、アレだよ・・・可愛い子にはイジワルしたくなる的なヤツさ」
恥ずかし気も無く、ベルルーイの顔を正面から見据え、ようやくストローをグラスへ戻した。気のせいか、少しイイ男風な表情を装っているのがベルルーイには可笑しく見える。
「フフ・・・少佐、最近私へのアピール、強くなってませんか?心配しなくても私、少佐のこと好きですよ?」
まるで腕だけが機械仕掛けだとでも言うように、それ以外が全く動くことなくグラスへ手を伸ばしたフロイトは、瞬きすることすらできず、グラスから突き出したストローを口へ運んだが、上手くアイスコーヒーを吸い上げることができない。どうやらベルルーイからの予想外の言葉に、呼吸ですら忘れていたようだ。
「・・・べ、ベル?今ナント?」
それでもフロイトは動かない。
「アレ?硬直してますか?ですから、私はフロイト少佐のコト、好きですよ」
フロイトの止まっていた呼吸が一気に息を吹き返す。まだ2/3ほど残っていたアイスコーヒーが、驚くほどの勢いでストローを駆け上がっていく。吸い上げるものが無くなったと同時に、フロイトの表情が赤くなった。
「あ、アリガトウっ!もう死んでもいい・・・」
「死なれちゃ困ります!それより少佐・・・〝知らせた〟人物・・・分かりますか?」
見ればベルルーイの方も頬が染まっているように見える。自分から言ったものの、時間の経過とともに恥ずかしさが込み上げてきたのだろう。
「〝それより〟って・・・まぁいいか。ああ、想像が正しければ、IHCだね。たぶん、あそこの責任者、ミリアーク・ローエングラム」
「ですよね?あのヒトの権力、表も大きいですけど、裏はもっと大きいでしょう。彼女の介入で得た結果が両軍ほぼ全滅・・・こんなこと、普通は起こりえませんよ?」
ベルルーイの〝普通〟という感覚は正しい。戦争が命を奪い合う行為なのは間違いないが、両軍が全滅するまでやり合うことなどあり得ない。その結果が成された理由はただ1つ、意図的にそう仕向けたということだ。
2人の推測では、そう仕向けた首謀者はValahllaだった。そしてそれを利用した者がミリアークであり、その状況に乗った者が両軍の上層部に居る。基本的にその3者それぞれの思惑は、その思惑に沿う形で、何も知らない兵士たちを犠牲にしながら成就する直前まで達したはずだ。しかし、最後の最後、彼らの思惑をわずかに狂わす者が現れたのだ。
「ADaMaS。彼らはこの戦争のカギとなる存在かもしれんな」
恥ずかしさや嬉しさという感情がある程度治まったのだろう。フロイトは、今度は自分の意志でストローを口に咥えた。
「ズゴゴグゴーーーーっ」
すでにカラになったグラスの中で、溶けた氷の間にあるわずかな水分と空気が、シリアスな会話をブチ壊すに十分な音を発した。




