第九部 第5話 目的発表後、食堂にて
「・・・ウテナ?アナタ、褒められてないわよ?」
ミシェルの指摘はごもっともだ。だが、ミシェルもツッコミはしたものの、こうしたやり取りがツッコミまで含めて日常だということを理解している。この流れに乗り遅れているのは、(元というべきかもしれないが)Noah’s-ArkとStarGazerの軍人たちだった。彼らは〝反物質〟の概要や本質、ウテナの語った全てを聞かされていない。人間にどうこうできるはずもない〝時間〟について、固定概念の外にあると言っていい理論を基にした計画なのだから、それもしかたない。
「まぁ、今日来てくれたヒトたちは後で説明するよ。・・・たぶん、クルーガンあたりが。ということで、本題に入りたいと思います」
ウテナは人差し指を立てて見せた。
「ということでじゃないっすよー!説明係、僕っすか?」
「いやいや、どーせヒュートとジェイクも巻き込まれるんだから、いいだろ?で、地球圏を離れるにしても、今のまま地球圏、放置しとくワケにはイカンしょ?」
指名を受けた3人に最早何かを抗議する気力もないことは表情から読み取れる。抗議しようにも、すでに話が次の段階の入り口に立っている。そしてここでそれを聞くほとんどの者は、入口の向こう側で入ってくるのを待っているのだから、これ以上話を遅らせらる雰囲気ではない。何より、3人もすでに入口の向こう側で待っている身だった。
「おい、ウテナ。反物質は諸刃だぜ?ヤーズ・エイトで見た以上、アレは誰もが欲しがる・・・もしかして、俺たちが闘う理由ってソレか?」
ナナクルが悟ったようにウテナの言葉尻を受けた。軍人たちはその様にも驚きを覚えている。
「うーん、最終的にはそうなんだけどね・・・少し整理しようか。まずはNoah’s-ArkとStarGazer。この2つとは正直、争う理由がないんだよ。けど、ディミトリーは違う」
おそらく、反物質のことを世界で最も理解しているのはウテナだ。その理解にマドカの言うところのブッ飛び具合が加わると、ウテナの話を聞かされる者は例外なく、異次元の旅へと誘われるようだ。
ウテナは反物質が、plurielが何を〝本当の目的〟としているのかに気付いていた。反物質は戦場に落とされたヒトの〝負の感情〟から生み出された。戦場で散った命は何を思うのだろう。それは千差万別あるだろうが、その中でも強い負を抱くのは「なぜ自分が死ななければならないのか」であり、その結果を招いたのは〝戦争〟という行為。その行為を実行させたのは〝人〟だいう結論にたどり着く。
plurielが世界を憂いているのは事実だろう。だが、その憂いの正体は地球環境という世界に対するもので、人類を憂いているのではない。人類はplurielが憎むべき存在であり、世界にとって敵だと認識している。要するに、地球からすれば人類こそが滅ぶべき存在だと言っている。これは、自分が人類の1人だということを除外して考えれば、真理でもある。
「なるほどね・・・ヤーズ・エイトでああは言ったけれど、消そうとしているのは2つの軍だけじゃなく、人類全てだってコトよね?可能なの?」
〝全人類の抹殺〟がplurielの本当の目的だと知らされたワリに、ローズは冷静だ。いや、ローズ1人だけではない。そこに居る者の誰1人にも、取り乱す様子は見えない。正直なところ、全人類の抹殺などとトンデモ話だと思うところだが、ADaMaSの者たちはどうやら真剣に受け止め、自らの内で熟考しているらしい。
「普通に考えればムリでしょう。しかし、反物質に限っては可能とも思えますね。まずは人工物を片っ端から全て消し去る」
「隠れる手段を失った人間の命を奪うことは、反物質でなくとも可能だろうさ。人間とそれ以外の生命体を区別することは容易い」
ポーネルやミハエルは、いわゆる外の世界の情報収集に長けている。これまでに耳にした情報の中には、そういった類の〝無差別攻撃兵器〟に関わるモノもあった。
「plurielの考えは地球環境の観点から見れば正しいわ。人類が存在しなければ、時間はかかっても地球は元の緑豊かな惑星に戻るもの」
「そうね、姉さん・・・けれどザンネンながら、私たちはその人類なのよね。ウテナが違う未来を示した以上、ディミトリーの案には乗れないわ」
ウテナが外宇宙の話を持ち出さなければ人類抹殺計画を肯定していたのかと問われれば、もちろんそんなことは望まないが、だからとて代案があるわけでもない。昔、全人類をコロニーに上げるといった思想もあったようだが、やはり人は大地が恋しい。
「plurielを止めるのは、僕の役目で責任だよ。だけどもし、力を貸してくれるのなら借りたい。けど、返事は待ってくれ。問題はもう1つあるんだ」
「お兄ちゃん?何度も言わせないで。〝僕の〟じゃないでしょ?〝私たちの〟だよ。けど・・・もう1つって、ミリアーク?」
横からヒョッコリと顔を出したマドカの表情は、最初こそ若干怒って見えた。ADaMaSのメンバーとしては、全員同じ気持ちだったことがうかがえる。
「ゴメンごめん。そうだね。だから、今日ここに来てくれたみんなにも、少し考えてほしいんだよ。それと・・・そうだね、ミリアーク・・・彼女も止める必要があると思うんだ」
ミリアークについては、ウテナも理解できていないことが多い。だが、同じ技術者であり、その世界におけるトップ2、それも他を圧倒的に引き離した存在である2人という点においてのみ、理解できるコトもある。この部分がある以上、ミリアークのことを100%理解できる可能性を有しているのはウテナ以外に存在しない。
「ソレ、分かるかも。あのヒトって戦争を憎んでるくせに、戦争を利用してるよね?」
「違う違う。憎んでるから〝こそ〟でしょ」
驚いたことに、その言葉の主はアリスとマギーだった。互いに顔を合わせ、「ねー」という声が聞こえそうなほど互いに納得しあっている。
「驚いたな・・・結論的にはソレで合ってると思う」
ミリアークの根本はウテナと同じだ。〝未知〟を〝既知〟に変えたいという欲求だ。だが、よりこの欲求が強く、その欲求に素直なのはミリアークの方だ。それが彼女を歪めている。
この世の中で最大の〝謎〟とは何だろうか?個人や立場によってその答えは変わるのかもしれないが、そう言われれば「なるほど」と納得してしまう〝謎〟がある。〝NEXT-Level〟だ。この謎に対し、ウテナはヒトの内にある謎だからと、(想像や推測はしても)求めることはしなかった。だが、ミリアークは違う。彼女は長い間ソレを調べている。そして彼女自身が動き出した今、ソレの調査はある程度完了していると考えていい。
「そう思うには、何かしらの根拠があるのよね?」
「ああ。コレを見てくれ」
ウテナはテーブルの上にあったPCをスリープから解除した。食堂にあるはずもないソレは、このためにわざわざ用意したものだ。映し出されたのは映像だ。そこにはハートレイ兄妹が遭遇した〝NIGHT-Dale〟が映し出されていた。
「コレ・・・ナイトデールって言ってたよ?メチャメチャ強かったけど、コレが話にどう関係するの?」
セウ中佐のことが頭をよぎったのだろう。アンはそう聞きながらも若干体を強張らせ、その体を隣のマドカが優しく支えている。
「ああ、2人にはすまない。けれどこの機体、出所はStarGazerじゃないんだ」
ウテナを取り囲むように周囲がざわつく。世にあるMhwは機体外装の形状から、ある程度はそれがどちらの軍のものかが判る。NIGHT-DaleはMhwとしては異形だが、外装形状という意味ではStarGazerのものに近い。
「コイツはたぶん、ミリアークが差し向けた機体だよ。そしてパイロットはあのアレン・プロミネンス。けれど、一番の問題は、パイロットと言っていいのか?ということなんだ」
全員の顔に戸惑いが浮かぶ。パイロットがアレン・プロミネンスだと告げた直後に、パイロットかどうかが分からないと言う。それはパイロットが憶測だからと言ったのではなく、アレンが乗っているのは間違いなくとも、パイロットではないと言っているのだから無理もない。ウテナは奥にある時計を見上げた。
「ちょっと長くなってきたね。一度休憩にしようか。幸いここは食堂だ。小腹を満たすことも、喉を潤すこともできるからね」
思っていた以上に時間が経過していた。かれこれ2時間弱といったところだろうか。気付けば食堂にある人の気配は数えるほどになっていた。




