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第一部 Anti-Matter(反物質)
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第一部 終話 anti-matter

 「できるかどうかは、解りませんよ?保証しかねます」

1週間の間を開けて、再びADaMaS(アダマス)を訪れたディミトリーとフロイトは、今度は広さの十分にある部屋に通された。そこには応接室といった様子は無く、整然と並べられている机、椅子の種類や様子から、ここが会議室の類であることがうかがえた。

 その部屋には、ADaMaSの主要メンバーに加え、ミシェル・リーの姿もあった。給仕は全てローズが引き受けている。

「今日のハーブティーも各段に美味しいですね。可能ならば、定期的に仕入れたいほどだ」

ウテナの問いに答えるよりも先に、ディミトリーはローズにお礼を述べた。今日はローズヒップだ。改めてウテナの方へ視線を向けると言葉を続けた。

「それは承知していますよ。モノがモノですから。リーさんがいらっしゃると言うことは、スポンサーの件も了承済みということですね?」

「ええ。ミシェルから直接聞いています。彼女もADaMaSの一員ですからね。特に問題ということはありませんよ」

ウテナはミシェルの方を一瞥し、視線を合わせた2人は互いに頷いてみせる。

「ウテナさん、答えにくいとは思いますが、どれぐらいの期間が必要と考えていますか?」

「答えにくいですね・・・ですが、リミットは設けるべきかと・・・」

「・・・半年・・・見切りでいかがでしょう?」

 周囲には10人を超える人間が居る。その中には、ウテナと同じ技術屋と呼べる者も複数名居る。それでもディミトリーはウテナから視線を外すことが無く、ウテナもまた、これが2人だけの会話であるかのような素振りを見せている。

「・・・解った。それでいい。失敗したときは費用こっちで構わないよ」

「自信がおありの様で安心しました」

「ないよ、そんなもの。ウチのポリシーなだけさ」

 結局この日、本題について何かしらを口にしたのは、ディミトリーとウテナの2人だけだった。

 時間は常に一定の速度で流れる。それは世界において不変のものだ。しかし、人には体感時間というものが存在する。人が物事に集中している時、その者の内部で流れる時間は速い。ウテナが反物質の生成に成功したとき、気付けば2カ月という時間が過ぎていた。


 「驚きました・・・まさか2カ月でこの知らせを受けることになるとは・・・ところでウテナさん・・・なぜ濡れ髪なんです?」

「オホホホ・・・そのヘンはお気になさらず・・・ささ、今日はミントティーですよー」

半ば強引にローズが割って入った。そのローズの視線は、ウテナの後方に控えていたマドカに送られ、それが何かしらの合図だったのだろう、マドカは兄であるウテナの背後にそっと近づいた。目の下にソレとわかるほどのクマを作っているウテナは、眠気も手伝ってマドカの存在に全く気付いていないようだ。ウテナの背後で若干顔を突き出すようにして鼻をヒクヒクとさせた後、体制を元に戻したマドカはローズに力強く頷いて見せた。

 人は物事に集中すると、他のことを忘れがちだ。特にウテナのそれは顕著で、過去には周囲が気付かなければ生命の危機だったことすらある。ローズとマドカの行動は、これに起因するものだと推測できそうだ。

 「できるにはできたんですが・・・生成するための装置ではありません。とりあえず・・・見ますか?」

「ええ、ぜひ」

応接室に居た6名ほどは、ローズを先頭に工場区の方へ歩き出した。後方を歩くウテナの足取りはおぼつかない様子だったが、1人で歩くことはできるようだ。

 「これですか・・・想像していたよりも大きいな」

「全高、横幅共に1m、奥行きは70cmのT字型。縦の下部に制御デバイスが、横はそれぞれ、左からエネルギー抽出、右から反物質そのものを増幅して放出するね。で、肝心の反物質は、縦と横の交わるあの中央に内蔵されてる」

「直接見ることは可能ですか?」

「可能だよ。状態の確認用に窓が付いてる。ただね?僕が言うのもナンだけど・・・あんな光は初めて見たよ・・・ま、みんなも見たいだろうから、とりあえずどうぞ」

ウテナはその構造物に近付いた。T字型をしたソレは、Mhw(ミュー)とは異なり、特に外装もなく、カラーリングも施されていない。無骨な金属そのものを外見としているソレは、内蔵されている物質と相まって、威圧的な存在感を示している。

 「セシル、明けてくれ」

ソレは台座のようなものに設置されていた。そこからいくつかのケーブルが伸びている先にはディスクがあり、2つの装置を介して、その上に置かれているパソコンと接続されている。その前に立っているセシルは、ディスプレイに表示されている〝hatch(ハッチ)-open(オープン)〟のボタンをクリックした。

 ソレから小さく機械音が聞こえてくる。やがて、ウテナ側のT字中央部外装が、四角くわずかに浮き上がり、上方へスライドした。透明な素材の奥で、黒く光る、物質と言うにはあまりにも不定形な反物質がそこにあった。ブラックライトとはまるで違う光は、光と認識できるにも関わらず、明るさを有しているようには感じられない。正しく〝怪しい〟という言葉がピタリと当てはまる。

 「コレが唯一生成に成功した反物質だよ。コイツから放出された同様の物体に触れたモノは、例外なく存在そのものが消失したよ。そしてコレは、テストの結果、エネルギー源としては無限に供給される」

「論じられている反物質そのもの。ということですかな?」

「結論的にはそうだね。今のところはだけど、安定性、エネルギー供給量、もちろん、兵器としての運用にも支障は見つかってないよ」

 ウテナが反物質の生成に成功したことはある意味で偶然だった。反物質の生成にあたり、まずウテナが取り掛かったのは、今目の前にT字型で存在している保管器だった。理論上、生成に成功したとしても、途端に〝空気〟という物質と接触することで消滅してしまうからだ。これの製造はそれほど難しいものではなかった。

そして難関が始まった。何度も試行錯誤を繰り返すうち、疲労と眠気で朦朧とした状態に陥ったウテナは、わずかな仮眠を取った。その直前に施した作業はハッキリと覚えていない。そして目覚めたとき、装置を作動させたウテナは、反物質が生成される様を目の当たりにした。生成されたソレは安定した状態でそこにあった。

 生成された反物質は、同様の物質が放出されることはなかったが、内在するエネルギーは逆流を起こし、反物質からすれば生みの親と言える装置そのものを内部的に破壊する結果を招いてしまった。これが、今目の前にある反物質が唯一のものとなった原因である。

「素晴らしい・・・コレを引き取ることで、依頼の完了で構いません。お譲りいただけますかな?」

「それについては、出資者である私から言わせてちょうだい」

マドカの隣に立っていたミシェルが前に出た。他の誰を、何を見ることもなく、ただ真っすぐにディミトリーを正面に見据える。

「私の出資はここまで。ウテナの関わりもそうよ。アナタはコレをどう扱うのかしら?」

「どうもなにも、コレを持つということは最大の抑止力です。誇示するだけで十分・・・と、言いたいところですが、私はコレを兵器として運用しますよ。相手の出方次第ですがね」

「相手とは?」

「相手が誰かは重要ではない。なにせ、戦争の継続となる全てなのですから・・・」

少しと言うには長く、長いと言うには短い間が訪れた。そこに居るディミトリー以外の者全員が、ディミトリーの言葉を理解するために用いられた時間だ。おそらく、その間を最も必要としなかったのはミシェルだったのだろう。誰よりも早く、視線を動かした。仲間たちの理解を待つように、周囲の、個々人が持つ雰囲気を計った。やがて、全員の理解を見て取ったミシェルが、訪れた間を過ぎ去ったものへと変えた。

「解りました。コレを貴方に託しましょう」

「ありがとうございます」


 ADaMaSの手によってソレが積み込まれたトラックの運転席側のドアに手をかけたディミトリーは、振り向くことをせずに言葉を発した。

「願わくば、貴方方が私の言う〝相手〟とならないことを願っていますよ」

それは、別れの言葉であると同時に、警告のようにも聞こえる。決して大きくはない声量のそれを聞き取ったのは、ウテナ、ローズ、ナナクル、ミシェルの4人だ。

ディミトリーの乗り込んだ運転席の窓が下り、右腕の肘から先がサヨナラを告げている。

 トラックを発進させたディミトリーは、ADaMaSの面々をサイドミラーに見ていた。ディミトリーの耳に直接届きはしなかったが、ウテナが何か言葉を発していた。

「アンタが・・・いや、オマエたちが道を間違えれば、そこに僕は立っているさ・・・」

トラックの音にかき消されたそのウテナの意志が、誰かの耳に届くことはなかった。


 後日、ADaMaSに1つの知らせが届いた。発信者はヴォルフゲン・フロイト。その知らせは、ディミトリーが消息を絶ったと告げていた。


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