第九部 第3話 救出後、knee-Socksにて
「あ~・・・knee-Socksってマドカちゃんがつけたんだ」
アンとユウがADaMaSに保護された後も、乗艦した船内は慌ただしかった。マドカは一度Snow-Whiteを降りたものの、パイロットの待機室から出ることはなく、30分ほどして再び乗り込むと、再び発進していった。
アンがマドカとゆっくり会話することが出来たのは、2度目の出撃から戻った数時間後だった。それまでの間、何よりも先にメディカルチェックを受けた後、マギーに3つの船について説明と案内を受けていた。
1番艦knee-Socksは戦闘艦だ。一般的な宇宙戦艦と比較して平な印象のある本体の左側には艦の全長ほどもあるバレル部を持つ主砲があり、その反対側には船体全てを包み込むために大型化されたAnti-Beam-Field-Generator(ABFG)が装備されている。これはその出力も相まって、戦艦の主砲であっても直撃するビームを飛散させることができる。そしてこのknee-Socks最大の特徴は、船体下部に十字にぶら下がるように配置されているMhw格納コンテナだ。それぞれ両端には前方に伸びるカタパルトが存在する。knee-Socksは彼らの旗艦であり、艦長を務めるのはミシェル・リーだ。
2番艦はknee-highと名付けられた住環境を主眼に置いた戦艦だ。上部が9つのブロックから構成される厚みのある円盤の形状をしており、非戦闘時は前後、左右、そして対角と8つのブロックが中央部を主軸に展開する。そして中央部を基点に8つが回転することで、疑似重力を生み出している。8つのブロックには、居室が3ブロックの他、それぞれに食堂や娯楽などの生活に必要と成る要素が割り振られている。そして下部には、艦首を挟むようにして前部にMhw格納庫、後部にエンジンなどの推力部で構成される構造体が、円盤からすれば後方に伸びるように配置されている。こちらの艦長はローズ・ブルーメルが務めている。
最後の3番艦の名称はthigh-high。ナナクル・ダーマットが艦長を務める戦艦であり、Mhwの整備はもちろん、修理、改修、果ては製造すらも行える、言ってみればADaMaSという会社を詰め込んだような機能を有する。巨大な三角形の形状をしており、前方頂点から後方にそれぞれ向かう辺の中央辺りからは、巨大なマニュピレーターが生えている。このマニュピレーターならば、戦艦ですらも掴むことができそうなほど巨大だ。内部にはブリッジ以外がほとんどなく、他はエンジンなどの推力部を除けばほとんど全てが〝工場〟だと言える。ウテナを筆頭にADaMaS技術チームはこの艦に居ることが多い。
思いのほか(特にknee-highで)時間を浪費した案内が終わるころ、Snow-Whiteが戻って来る様子が見えた。少し離れて飛行していたthigh-highの方には、5つのMhwが着艦したようだ。アンは急いでパイロット待機ルームへと向かい、マドカを出迎えた。
「マドカちゃんおつ~。連続出撃だったから疲れたでしょ~?」
「アンちゃん!お迎えごくろ~!特別何かしたってことも無いから、ヨユー。むしろ、アンちゃんたちの時の方が・・・」
待機ルームに入るなりアンを見つけたマドカが、一目散に駆け寄る。会話内容が若々しい。むしろ女子高生かとツッコミたくなるほどだ。マドカは最後のくだりで悪戯な笑みを浮かべて見せた。
「うへぇ、その節はゴメイワクを・・・って、イジワルだな。ところで話かわるけどさ?この3隻の名称センス、ヤバくない?マドカちゃんたちだからいいものの、ウテナさんたち男性陣だったら通報モンよ?」
「センスいいっしょ?ニーソックスは私、ニーハイはマギーちゃん、サイハイはアリスちゃんの命名で~す!」
「あ~・・・2人とも?特にマドカちゃん?元気なんだったら、とっとと上がって来なさい!もちろん、アンちゃんも一緒によ?」
当然だが、待機ルームはブリッジと映像、音声ともに繋がっている。2人のはしゃぐ様子や盛り上がっている会話は全てブリッジに筒抜けだ。
「ありゃ、怒られちゃったい。んじゃ、上がろっか、アンちゃん」
「ねぇ、マドカちゃん・・・ホント、ありがとうね」
直前と比べて随分とテンションが下がったように見える。発した言葉が恥ずかしかったという類でないことは、マドカにも容易に察しが付いた。
「うん・・・心配だろうけどさ、私たちはセウさんを見捨てたりしない。合ってるか分かんないけど、必ず救ってみせるから」
「うん・・・私も手伝わせてね・・・」
2人は手を取り合い、待機ルームを後にした。おそらく、アンの「ありがとう」以降の会話は、2人だけの秘密だとでもいうように小さくか細い声だったことでブリッジには聞かれていないだろう。結果的にはやはり、2人だけの〝約束〟であり〝秘密〟なのかもしれないと、マドカはふと思った。
「ミシェルおねえちゃん、おっまた~。で、ナニナニ?」
「コラ、マドカちゃん。私、この船の艦長よ?〝ミシェル艦長〟と呼びなさいな」
ブリッジにはADaMaSの主要メンバーに加えて、ユウ・ハートレイの姿があった。
「2人とも、少しは落ち着いたかしら?」
ミシェルは視線をユウの方へ向けて質問を放っていた。マドカと一緒に居るアンを見る限り、アンに不安は見えない。それはたぶん不安が消え去ったわけではない。一緒に来ることが出来なかったセウ中佐のことや、これからの自分たちのこと、ADaMaSがこれから何をしようとしているのかといった〝分からない未来〟について、考えなければならないことの方が多いからだろう。それでも、「この人たちと一緒なら大丈夫」という、ある意味なんの根拠もないはずの〝安心〟が彼女の大半を占めていた。
アンはその感情が何なのかを、これまでの人生で知ることがなかった。知る機会はあった。だが、NEXTだということを自覚するあまり、その機会を自ら放棄していた。人間はどうあっても他者と比較してしまう生き物だ。それはNEXTだからといって違えるものではない。過去、どんなコミュニティに属していた時でも、アンは自分をさらけ出したことが無い。それは誰に言われたわけでもなく、他者の真実を受け取ってしまう自分を、他者と、人間とは異なる醜悪な生き物だと、自分で自分を定義していたに他ならない。
「皆さんは私がNEXTだとご存知ですよね?けど誰もそんなことを気にもしていない。私は言葉にしていなくても、皆さんの心内が分かってしまいます。なのに、どうしてですか?」
それまでのアンの表情とは打って変わった真剣な眼差しを見せている。言葉の途中、そっとユウがアンに近付き、その肩に手を置いていた。それは自然な流れに思えた。
「どうしてって・・・慣れっこだから?」
ミシェルは半分疑問形になっている自分の言葉に困りながら、ローズの方へ伺うような視線を向ける。
「う~ん、そう言っちゃえばそうなんでしょうけど・・・ねぇ?」
視線を受けたローズもまた、アンの質問に明確に答えることができないまま、ナナクルへ視線のバトンを受け渡す。
「まぁ、ウチってNEXT多いもんな。でもなぁ・・・それが理由かと言われると・・・どうよ?ウテナ?」
やはりアンカーはこの男らしい。ナナクルはウテナへそのバトンを受け渡した。
「どうって・・・NEXTだろうがそうでなかろうが、絆が培われてれば、そんなの無くても大体のことは解るだろ?そういう意味なら、ここに居る全員NEXTと違わないじゃないの・・・」
ウテナはそこで言葉を切ると、視線を落とし考え込む仕草を見せた。そしてほどなく、不思議そうな表情をアンに見せた。
「・・・と言うか、ゴメン、アンちゃん。ここに居る全員、考えたうえで一緒に居ることを選択したってヤツ、1人も居ないと思うぞ?気が合うから一緒に居る。居たいと思うから一緒に居る。そんだけのコトだろ?」
ウテナの言葉に誰もが静かにうなずいて見せた。




