第九部 第1話 会談後、BABELにて
「何です?このバカげた数値は・・・故障ですか?」
ミリアーク、ボルドール、ロンの3人は、BABEL内にあるミリアークの部屋に集まって居た。それぞれがアルコールの入ったグラスを前に置き、手にしたタブレット端末に目を通しているようだ。
「ちょっとボルドール、ソレどういう意味よ?N3-systemのポータブル測定器はカンペキよ?まぁ、この数値には私も驚いてるけれど」
ミリアークたち3人がADaMaSを訪れた理由には、表向きのものと裏の目的があった。表向きはADaMaSそのもの(特にウテナ)をBABELに取り込むことであり、それはミリアークもホンキでそうしたいと考えていたことだが、その可能性が低いことも、むしろ敵対関係となる可能性があることも理解していた。だからこそ、そのADaMaS訪問には裏の目的が必須だった。
ミリアークの作り出したN3-systemは、そのシステムの設置場所でなければNEXT-Levelの測定はできない。NEXTをそこに連れて来ることができるのならば問題はないが、全体数からすればそれができる者は限られている。もちろん、NEXTに特有な意識レベルでの繋がりを辿ることで把握自体はできるが、それとて詳細な把握とまではいかない。
この課題をクリアすべく、ミリアークが開発に注力したものがある。それがポータブル測定器と呼称したモノであり、N3-systemからどれほど離れていようとも、ネットワークを通じてN3-systemと直結することでN3-systemが必要とする被験者のデータを取得し、送信する。しかもこのポータブル機はある程度の距離に相手が居れば、アンテナを被験者に向けるだけでいい上に、ポケットに収まるほど小型だ。
「まぁ、あそこが生み出すMhwは、ハッキリいってオーバーテクノロジーもいいとこだからな。普段はパイロットとしてNEXTをみてるが、製造に関することでADaMaSの何人かが高い数値を示すNEXTだったとしても、驚きはするが納得できる」
「ロンの言うとおりだわ。けどまさか、あそこに居た半数以上がカテゴリーレッドもしくはソレに近いだなんて、さすがに想像してなかったわよ・・・オマケにこの3人・・・」
カテゴリーレッドと言えば、Attisのパイロットであるヴォルフゲン・フロイトがそれに該当する。少なくないNEXTたちの中でもトップクラスの数値を誇る者であり、レッドに該当する者は多くない。
今3人が目にしているタブレットには、16人分のデータが表示されている。そのうち、NEXTと表示されている数は11。そのうち、一番数値の低い者でも、グリーンの文字で〝690〟という数値を示している。コレはミリアークのTranscendence№’sよりも高い数値だ。
どうやらデータは数値の高いものから順に並んでいるようで、上から5人目までの数値は赤い色をしている。あの場にカテゴリーレッドが5人居たということだが、問題は上から3つだ。
〝2122〟これが赤い数値で記されている。これまで「NEXT最強はセウ、NEXT-Level最強はアウラ」だと言われてきた。実際、セウを測定したときの数値は〝1012〟、アウラの方は自我を失った今でも〝1278〟を示している。数値上で言えば、このアウラを超える者はこれまで見つかっておらず、記録上、次いで数値の高い者はジェニス・ハントの数値〝1247〟だ。N3-system上、数値が1000を超えている者はこの2人しか居らず、そこに飛びぬけた数値を示して現れたのが、〝1978〟のアン・ハートレイだった。彼らの手にするタブレットには、それすらも超える数値が表示されていることになる。そしてもう1つ、〝unmeasurable(測定不能)〟と数値ではなく文字でそれは最上段に2つ表示されていた。
「2122って数値も意味が分からん領域だが、この〝測定不能〟ってナンだよ?数値化しようとしたら、バカでかい桁になり過ぎて解らないってことか?ソレこそ、存在としてあり得んぜ?」
「数値化に上限なんて無いわよ?あとはあくまで可能性の話だけど・・・値が全く出なければ、つまり、完全な〝0〟ならば、測定は出来ないわよね」
人間には必ず〝得意なコト〟がある。それは、他者と比較してどうかと言うことではなく、言い換えれば〝全く何もできない人間は居ない〟ということだ。
例えば、「身体を動かすことが得意」と言う人間が居たとしよう。ではこれに優劣をつけるとした場合、最も〝劣〟になるのは身体のどの部分であってもピクリとも動かせない人間・・・ではなく、動かそうと意識することを知らない人物ということになる。そして脳波を扱うN3-systemではこれが〝0〟という数値に成る。これに当てはめれば、N3-systemが〝0〟を弾き出すということは有り得ない。ミリアークは頭の中でそう結論を得ていたが、ボルドールとロンにソレを伝えることはしなかった。
ミリアークは何故そのことを2人に伝えなかったのだろう。答えは〝恐怖〟だ。これまでのミリアークの人生において、意外と思えるかもしれないが、分からないことは多々あった。しかし、理解するための糸口は必ず存在し、結果的に理解できなかったコトは無かった。今目の前の端末には事象として〝unmeasurable〟が表示されている。これを表示させた人物など存在し得ないと口にすることはカンタンであり、存在しないことを説明も出来る。しかし現実にソレは表示され、〝unmeasurable〟が表示される理由が推測することも出来ない。これは起きている事実に対して自身が無知であることを証明することとなる。
人が恐怖を抱くのは、ソレに対して〝無知〟であることで対象が〝未知〟であるためだ。ミリアークは今まさに〝無知〟であり、未知であるその人物に対して〝恐怖〟を抱いている。彼女にとってその人物は、すでに人間として認識できない対象として認識しているといって差し支えないのだろう。
その人物は、目の前で動いていた。喋ってもいたことを覚えている。
「まったく・・・一緒にお茶会してた2人が2人とも、まさかバケモノだったなんてね。私の乙女心を返して欲しいものだわ」
ミリアークの言葉が強がりだということにボルドールは気付いていた。そして同時に、驚きもする。彼女は強がる必要の無い女性だと思っていた。実際、強がるミリアークなど初めて見る。しかしそれよりも、ボルドールの目は最上段に並ぶunmeasurableと表示された2人のうちの1人、ウテナ・アカホシから離せずにいる。ミリアークの「乙女心」という冗談めかしたフレーズが、さらに視線を引き寄せる磁力を強めたかのようだ。
ミリアークがウテナ・アカホシという存在に執着していることは間違いない。冗談めかしているという言葉は、冗談に聞こえるように話しているという意味であり、それはつまり、言っているコトそのものはホンキだということだ。
「この2人、表示が上にあるということは、やはり強いNEXT-Levelを持っているのでしょう。ただ問題の本質は、ソレを分類できないことだと推測しますが?」
「・・・やるわね、ボルドール。その推測、合ってるかもしれないわ。敵になるかもしれない相手だもの、解析が必要になりそうね」
ミリアークの表情に変化が見て取れる。その変化はおそらく、ボルドールでなければ分からないほど微細なものだ。微細であったとしても、ミリアークの本心を動かすことができたという事実に、ボルドールは喜びを覚えていた。




